「待てない」は通用するか? 性急な地球工学がはらむ危うい論理
深刻化する気候変動に対し、科学的検証を待たず独自に太陽地球工学の実験に踏み切る企業が現れている。だが、「待てない」という論理には重大な欠陥が潜む。 by James Temple2025.01.03
- この記事の3つのポイント
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- 気候変動対策の一環として太陽地球工学の研究が進められている
- 営利企業が許可なく気球を飛ばし物質を散布する事例が発生している
- 太陽地球工学の研究を巡り科学者の間でも意見が分かれている
2022年初頭、起業家のルーク・アイゼマンが、メキシコのバハ・カリフォルニア半島から、二酸化硫黄を充填した2つの気象観測気球を飛ばしたと発表した。地球から数キロメートル上空で破裂すること期待していたという。
それ自体は取るに足らない行為であり、充填された二酸化硫黄の量は民間旅客機1機が排出する量よりもはるかに少ない。しかし、この気球放出には意図があり、極端な気候変動対策をめぐる煮え切らない議論を新たな領域へ押し上げた。
アイゼマンは事実上、DIYで小規模な「太陽地球工学(ソーラー・ジオエンジニアリング)」を実行しようと試みたのだ。太陽地球工学とは、反射性の粒子を宇宙空間に放出し、より多くの太陽光を反射させ気候変動に対処するという、物議を醸す提案だ。彼は成層圏での実験を企てることで、(全員ではないかもしれないが)多くの研究者が避けてきた一線を越えたのだ。研究者が成層圏での実験を避けてきた大きな理由は、以前提案した大気圏での小規模な研究活動が世論の猛反発を受けたためだ。
アイゼマンは、このような気球を飛ばすために、「冷却クレジット」を販売するメイク・サンセッツ(Make Sunsets)を共同創業した。彼は計画を公表したり、誰かの許可を得たりせず、ただ単に実行することで議論を回避した。
2022年12月下旬、ズーム(Zoom)によるインタビューで、アイゼマン共同創業者に「なぜ、社会に参画を求めたり、科学的な精査をしたりせずに、気球を飛ばしたのですか」と質問した。
アイゼマン共同創業者は、気候変動の危険性が高まっていること、排出量と死者数の関連性、そして、地球工学に頼らずに温暖化を産業革命以前の水準からの上昇を2℃未満に抑えるための方策がますます減っていることを強調した。
「抽象的なことではありません」とアイゼマン共同創業者は話した。「ちゃんと研究したのに、将来、姪っ子や甥っ子たちに、解決のための最大限の努力を怠ったと言うのは不快なことです」。
また、「現状で治験審査委員会のような判断を待つのは現実的ではないと思います」と、医学研究で慣例的に行なわれる審査プロセスを比喩として述べた。
アイゼマン共同創業者の回答は、ここ数カ月、単に排出量を削減するだけではない気候変動対策を取材する中で耳にする機会が増えてきた考え方に通じる。増え続ける気候変動対策には、より多くの太陽光を宇宙空間に跳ね返したり、大気中の温室効果ガスを除去したり、あるいは気候に適応するための過激な手段によって重要な生態系を守ったりするテクノロジーが増えている。
こうした分野の起業家たちは、テクノロジーの介入による効果や環境への影響の規模が不明であっても、気候変動の明らかな危険性や世界の対応の遅れを理由に、テクノロジーを進める用意があると説明する。また、彼らは一般市民を代表して行動していると主張するが、一般市民がその考え方に納得していない、あるいは(何をしているのかに)まだ気づいていない場合であってもだ。
人類やあらゆる種、生態系全体の運命が危機に瀕している状況では、副次的な悪影響やトレードオフの議論を拒み、苦しみや破壊を減らすことを約束するあらゆる対策を正当化し、道徳的優位性を主張できるのだ。
気候変動に立ち向かうために、世界はさらに多くのことを、はるかに迅速に実施する必要がある。そして、排出量を削減するだけでは、高まる危険を抑制するのに十分ではないというエビデンスがますます明らかになっている。しかし、この数週間、インタビューした多くの学者や研究者は、そのような緊急性が、科学的プロセスを省略したり、危険な副次的影響を無視したり、一般市民に直接影響を与えるテクノロジーの使用について人々が発言する権利をないがしろにしたりすることに対して、社会的な容認を生み出すものではないと警告している。
さらに、あまりに急ぐと、将来的に必要になる可能性のある手段への研究支援が損なわれる恐れがあると警告する。
それでも、なぜこのような現象が起きているのだろうか。
高まる気候変動の危険性
気候変動に対する危機感の高まり、気候変動が人類に壊滅的な影響を及ぼす可能性への懸念が、さまざまな形で人類の対応を加速させている。例えば、公共政策の厳格化または緩和、クリーン・テクノロジーへの投資促進、そして企業に対してより意義のある排出量削減対策を求める動きなどである。
さらに、この差し迫る脅威に対処する上で、どのような行動が適切で許容されるかについて、社会的な議論が避けられなくなっている。例えば、ゴッホの名画にスープを投げつける行為は許されるのか。代替手段がないまま化石燃料の発電所を停止させても良いのか。貧しい国々に経済発展を止めるよう求めることは正当化できるのか。電池材料を採掘するために海底を掘削したり、海底を生物由来の物質で覆ったりする行為は許容されるのか、といった議論である。
ここ数カ月で特に注目を浴び、議論を巻き起こしている分野が太陽地球工学である。
アイゼマン共同創業者の取り組みに加え、英国の研究者が低コストで回収可能な気球を2つひっそりと飛ばし、そのうち少なくとも1つが二酸化硫黄を成層圏に放出したとみられている。さらに、その研究者はこの気球を「成層圏エアロゾル輸送・核生成(Stratospheric Aerosol Transport and Nucleation)」、略称SATANと命名し、一部の関係者を困惑させた。
太陽地球工学手法の幅広い可能性を探る研究は、多くの国で始まっている。熱を吸収する巻雲を消散する、沿岸の雲を明るくして反射率を高める、あるいは月の塵を宇宙にばらまくといった手法の研究だ。
米国では、ホワイトハウスが正式な研究プログラムを立ち上げ、米国海洋大気庁(NOAA)は成層圏での測定のために気球を飛ばじ始めた(ただし、物質の放出はしない)。
公的な研究の進行スピードに苛立ちを感じたメイク・サンセッツは、気球を飛ばし続けている。最近では、一般市民を募ってサンフランシスコの公園付近で気球を放った。
他の民間市場での開拓も進んでいる。ロサンゼルスに拠点を置くスタートアップ「イーソス・スペース(Ethos Space)」は、自社のWebサイトに「地球を守るために宇宙で地球を覆うサンシェードを作る」ことをミッションとして掲げている。同社は、太陽光が地球に到達するのを遮断するため、宇宙に設置するサンシェードの材料源と発射台の両方として月を利用する計画だ。
イーソス・スペースのロス・センターズ最高責任者は、同社の手法を太陽地球工学のプラトン哲学の理想形だと表現している。地球の大気を変化させることなく温暖化を緩和できるからである。
シカゴ大学で気候システム工学研究を率いるデビッド・キース教授も、ベンチャー投資家数名から太陽地球工学への投資機会を探っていると聞いたと話している。彼は投資家たちを思いとどまらせるために最善を尽くした(理由は後述)。
今年2月、鉄塩粒子を海上に噴霧する野外実験を進めるために、資金調達に取り組んでいる企業が数社あることを紹介した。この方法は、温室効果ガスの除去と太陽地球工学の両方の分野をまたぐもので、大気中のメタンを分解すると同時に雲を明るくして太陽光を反射できる可能性がある。
野外実験の提案は、気球を実際に飛ばす行為とは大きく異なる。しかし、一部の気候科学者は、この手法が提案通りの成果を達成できるのか、あるいは安全に達成できるのかが明らかになる前に商業化を始めるべきではないと警告している。一方で、鉄塩粒子の噴霧実験を進めるために資金調達中のスイス企業AMRのオズワルド・ピーターセン創業者は、気候学者の懸念を一蹴している。
批判について質問するとピーターセン創 …
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