健康改善のヒントは便の微生物から?
ヒトが食べたものは腸内のマイクロバイオームの状態を変化させる。便から採取したマイクロバイオームを分析することで、その人に合わせた健康改善へのアドバイスを作れるかもしれない。 by Jessica Hamzelou2023.06.26
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
糞便はトイレに流すほかにも、いろいろと使い道がある。
ご存知のように、人間の排泄物には通常、体が排除しようとしているものが含まれている。しかし排泄物からは、腸内マイクロバイオームとそれが私たちの健康にどのような影響を与えるかについての洞察を得ることもできる。そして、個々の食物が与える影響についても解明されつつある。
腸内マイクロバイオームとは、ヒトの腸内に生息する微生物叢と、その遺伝情報のことである。マイクロバイオームを構成する微生物は、最終的に私たちの便に行き着くことになる。微生物が生成する多くの化学物質も同様だ。
このようなデータを収集し、そこに何らかの意味を見いだす点において科学者の能力は向上している。4月末、興味深い研究を見つけた。アボカド、クルミ、ブロッコリーなど、特定の食品を食べたかどうかを、その人の便を分析するだけで見分けようとする研究だ。食品によっては、その正解率は80パーセントを超えていた。
この研究を手掛けた科学者は、この手法を研究に役立てたいと考えている。しかし、同じ手法を健康増進のために利用できるかもしれない。例えば、便を分析して、一人一人に合った、マイクロバイオームに基づく食事アドバイスを提供したいと考えている研究者もいる。
私たちの腸内には何十億もの微生物が生息しており、マイクロバイオームの構成は食事と関連している。例えば、菜食主義者と肉類をたくさん食べる人では、腸内に生息する微生物が異なる。それは、微生物がエサのあるところに住み着くためだろう。また、特定の食品やその分解産物で繁殖する微生物もいる。
しかし、その詳細に目を向けると、食生活、マイクロバイオーム、そして健康の関係は、まだ正確には解明されていない。マイクロバイオームの変化は、過敏性腸症候群、パーキンソン病、関節炎など、さまざまな病気と関連していることが分かっている。
昨年、イスラエルのワイツマン科学研究所のエラン・エリナフ教授のチームは、甘味料が人間のマイクロバイオームに影響を与え、その変化が体の糖に対する反応を変化させることを示した。この変化したマイクロバイオームをマウスに糞便移植すると、そのマウスにも同じ問題が起きることがわかった。
このような研究は、私たちがマイクロバイオームを良い方向へ変化させることができる可能性を示している、と語るのは、キングス・カレッジ・ロンドンで食事が代謝に与える影響を研究しているサラ・ベリー主任だ。遺伝子や食事を摂る時間などの要因も、食生活の健康への作用に影響を与えるが、マイクロバイオームは「解明する上で非常に重要な鍵」だとベリー主任はいう。
ベリー主任の研究チームは、食生活がマイクロバイオームにどのように影響し、ひいては人々の健康にどのように影響するかを正確に解明しようと試みている。そして、それを調べるために、ベリー主任の研究チームは便に注目している。チームは現在進行中の研究の一環として、1000人を超えるボランティアから糞便サンプルを、食生活情報や健康データと合わせて収集している。
2年ほど前、同研究チームは、マイクロバイオームを調べることで、その人が食べたものが分かる可能性があることを示した研究論文を発表した。その研究では、研究チームは糞便中の微生物の存在を調査した。次にその微生物と、その人の食生活における果物、豆類、「健康な植物」など特定の食品群の有無との関連づけが試みた。
特定の食品に関連する特定の微生物を見つけるのは大変だったが、ある特定の微生物の存在は、その人がコーヒーを飲んでいたかどうかを示す強力な指標であると分かった。基本的に、コーヒーを飲む人であれば、糞便に含まれる微生物から分かってしまうということだ。
イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のハンナ・ホルシャー准教授のチームによる新しい研究は、やや異なる方法を採った。ホルシャー准教授の研究チームは、毎日特定の食品を一定量ずつ食べたボランティアから採取した糞便サンプルを調べた。そして、微生物の存在そのものを調べるのではなく、微生物が食物を分解するときに生成する化学物質である代謝産物の存在を調べた。
研究チームは、アーモンド、アボカド、ブロッコリー、クルミ、大麦、オート麦の6つの特定食品が及ぼす影響について調べた。まず、便の中にある代謝産物と、特定の人がこの6つの食品のいずれかを摂取したか否かとの間に、何らかの関連があるか調べた。そして、特定できたパターンをもとに、他の人が同じ食品を摂取したか否かを推測した。
これも大変な作業だったが、研究チームは人々がアーモンド、ブロッコリー、またはクルミを食べたか否かを、80~87パーセント(食品によって異なる)の正確さで判別できた。この研究は、査読前論文(プレプリント)サーバーのバイオアーカイブ(bioRxiv)でオンライン公開されたが、まだ未査読である。ただしこの研究は、同研究チームが昨年発表した同様の研究の結果に基づいて実施したものだ。
この種の研究は、糞便分析の将来の可能性を垣間見せてくれる。まだ始まったばかりで、検査の正確さは今後数年で向上していく可能性が高い。そして、個々の食品が私たちのマイクロバイオームや健康に与える影響を理解できるようになれば、研究や栄養学に革命をもたらすかもしれない。「これは本当に次なるフロンティアです」と、ベリー主任の研究論文の共著者で、その人に合った栄養改善アドバイスを提供するアプリ「ゾーイ(Zoe)」の栄養科学者、エミリー・リーミング主任は言う。
ホルシャー准教授の研究チームは、栄養学の研究を改善したいと考えている。特定の食品が私たちの健康に及ぼす影響を解明しようとする研究では、ボランティアに食事日記をつけてもらうことが多い。しかし、食事日記を毎日つけるのは面倒で、不正確だったり、不完全だったりすることが多い。代わりに便の分析が、いつの日か面倒がかからない代替手段となる可能性がある。
それだけでなく、糞便分析の活用で、人の健康をより直接的に改善できるようになるかもしれない。ベリー主任の研究チームは、便サンプルの分析から推定できるマイクロバイオームの状態から、その人に合った食事アドバイスを作成する方法を研究している。
理論的にはいつの日か、特定の微生物をターゲットにした食事アドバイスを提供し、食欲や代謝、さらには気分にさえ影響を与えるような特定の代謝産物の生成を導くことが可能になるかもしれない、とリーミング主任は言う。
「ヒトの便から学べることは、とてもたくさんあります」
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- ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
- 生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。