VR睡眠ルームは眠れない孤独な夜を救ってくれる
VRの世界に設けられた睡眠ルームが、不眠症で悩む人や孤独を和らげたい人の間で人気になっている。ただし、子どもたちが邪魔をしてくることがなければ、だが。 by Tanya Basu2023.04.13
遠くからローファイ・チル(ヒップホップの影響を受けたゆったりとしたBGM)が聞こえる。頭上では、きらめく銀河を流れ星が横切っていく。私は物理法則に背き、仰向けで宇宙空間を漂う。くつろいであくびをし、伸びをすると、こぶしが突き当たって、そういえば枕があったと思い出す。
もちろん、私が浮かんでいるのは宇宙ではない。身体は自宅の寝椅子の上にある。しかしバーチャルの世界では、実質現実(VR)のプラットフォーム「VRチャット(VRChat)」にいくつもある「睡眠ルーム」の中にいた。ヘッドセットを装着してリラックスしたり、眠ったりできるバーチャル空間である。VRの睡眠ルームは不眠症や孤独に悩む人たちの間で人気が高まっている。例外はあるが、基本的には見知らぬ人同士が安全にリラックスして仲間を見つけられる居心地のよい場所だ。
どの睡眠ルームも落ち着きをもたらすことを目的に作られている。ビーチや、たき火の燃えるキャンプ場を模した場所もあれば、ホテルの部屋やキャビンを再現したものもある。サウンドトラックは穏やかなビートから自然の音、完全な静寂までさまざまで、照明もネオンのディスコ風から漆黒の暗闇など多様だ。グループでの睡眠は、寂しさを和らげたいと考える孤立した人や孤独な人には特に魅力的となる。
1年ほど前にソーシャル睡眠を始めたミディア・ガルシアもその一人だ。「VRで朝の3時まで踊って疲れても、VRから出たくない、友人と別れたくないと思ったのです」。ガルシアとその仲間は異世界を訪れて寄り添い合っては、癒しと絆を見い出している。
同様に、ジェフ・シュワードはパンデミックのさなかに睡眠ルームを発見し、孤独対策になることに気づいた。知らない人とくっついてゴロゴロするのが好きなので、アバターがVRの身体と同期して動くフルボディ・トラッキングをよく使う。寄り添われたり抱きしめられたりする感覚を再現できるからだ。守られていると感じられてよく眠れるのだとシュワードは言う。睡眠ルームの雰囲気もくつろげる。
「一人でくつろげる場所で気に入っているのは、キャンプファイヤーのあるこの芝生の丘です」とシュワードは話した。「火の音が聞こえるのが好きなのです」。
VRの中で眠る理由は仲間だけではない。スコット・デイヴィスは、不眠症と闘うために週に何度もVRチャットの睡眠ルームを利用している。「私にはVRの中のほうがずっと眠りやすいです。睡眠をとれる確率が上がります」とデイヴィスは説明する。「普段、現実世界ではよほど疲れがたまっていない限り寝つけません。でもVRの中では、疲れていなくても横になれば比較的すぐに眠れます」。
それがデイヴィスが睡眠ルームに通うようになった理由だ。「私は不眠症ですが、睡眠をコントロールしているという自信を持つことができます」。
非営利団体であるSRIインターナショナル(SRI International)で睡眠を研究する神経科学者マッシミリアーノ・デ・ザンボッティ博士によると、睡眠をコントロールできるという感覚が、VRが不眠症の治療に効果を上げる大きな理由だという。
「不眠症の人はベッドに入ると脳が回転し始めて、心配や思いわずらいで心臓がドキドキします。リラックスしておらず、神経が高ぶっているため、眠りにつくことができないのです」とザンボッティ博士は説明する。「神経科学的に言えば、VRが役立つのは、自分の置かれた環境を調節できる一方で現実につなぎとめられていて、入眠に欠かせない安心が得られるからです」。
問題は、そのように感じることができない場合である。
自宅のベッドに一人のときでも、リラックスして眠るためには安心感が絶対に必要だ。
ところが、ある日睡眠ルームに入ると、耳元で子どもの声が聞こえてきた。ロボットのアバターをかぶったその子どもは、私と中世の騎士を会話に引き込もうとしたが思いどおりにならなかった(私のアバターはちっちゃな帽子をかぶったバターの塊だ。悪くないと思っている)。腹を立てたロボットは、7人ほどのアバターが安らかに横たわり眠っているらしい一角の上に飛んでいった。やじを飛ばす子どもの声が聞こえた。「殺してやる。本当に殺してやるからな」。
メタバースが未成年のユーザーであふれていることはよく知られている。睡眠ルームをめぐってみると、しょっちゅう子どもが現れては大人の空間をかき乱していることがわかった。ある睡眠ルームでは、スペイン語やフランス語を話す子どものような声が飛び交っていた。エレベーターで「屋上」に上ると、赤いライトに照らされたコーナーがあり、ビロード張りらしい贅沢なソファが置かれていた。背後で「やあ、君のアバターいいね」と子どもの声がした。振り向くと、別のロボットのアバターがカカシらしきものに話しかけている。「君のもいいね」と男性の声がした。「添い寝しようか」。子どもは飛び去り、私も慌ててその場を離れた。
シュワードも、睡眠ルームで子どもたちを見かけることがあると語った。「未成年者の迷惑行為は確かにあります」という。だが、大半の睡眠ルームは静かで「尊重し合う」空間だとシュワードは断言した。
あちこち回ってみて、それはほぼ事実だと言える。たまたま入ったいくつかの睡眠ルームは誰もいなくて静かだった。アバター同士がくっついてぐっすり眠っているところもあった。ある部屋では、アバターが目を覚ましたまま静かに身を寄せ合い、ささやいたり、くつろいだりしていた。アバターでいっぱいの部屋でバターの塊が漂っていても誰も気にしないはずなのに、つい忍び足になって「失礼します」とつぶやいてしまうこともしばしばだった。
私はVRの中で眠ることはできなかった。周囲が気になってしかたなく、ヘッドセットが顔の上にあるのも不快だった。だが、落ち着かない部屋にぶつかった一方で、静かで安らぎのある、ただ座っていられる睡眠ルームも確かにあった。現実世界では、静がでくつろげる所を見つけるのも一苦労だ。バーチャル睡眠ルームでは、少なくとも横になって星を眺める空間と時間を持つことができた。
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- ターニャ・バス [Tanya Basu]米国版 「人間とテクノロジー」担当上級記者
- 人間とテクノロジーの交差点を取材する上級記者。前職は、デイリー・ビースト(The Daily Beast)とインバース(Inverse)の科学編集者。健康と心理学に関する報道に従事していた。