特報:オープンAIのCEO
長寿企業に1.8億ドル投資
——その狙いは?
チャットGPTの大ヒットで話題のオープンAIのサム・アルトマンCEOが、アンチエイジング(抗老化)企業に個人で1億8000万ドルを投じていたことが本誌の独自取材で分かった。ユーリ・ミルナー、ジェフ・ベゾス、サウジアラビア王室など世界の名だたる大富豪が熱心に投資している分野に、注目の起業家が参戦する。 by Antonio Regalado2023.03.14
密かに事業を進めてきたスタートアップ「レトロ・バイオサイエンシズ(Retro Biosciences)」が情報を公にしたのは、2022年半ばのことだった。「人間の健康寿命を10年延ばす」という野心的なミッションのために、1億8000万ドルを確保したと発表したのだ。そのちょうど1年前、同社はサンフランシスコ近郊の倉庫に本社を構え、コンクリートの床に輸送用コンテナをボルトで固定して、スカウトした科学者のための研究室を手早く用意していた。
レトロ・バイオサイエンシズは、老化を遅らせる、さらには逆行させるという「挑戦的なミッション」の一環として、「スピードを重視」し、「フィードバックループを強化」すると説明した。だが、その資金の出所ははっきりしなかった。当時のメディアの報道によると、同社は「謎のスタートアップ企業」であり、「出資者は匿名のまま」だった。
MITテクノロジーレビューは今回、その全額を出資したのが、オープンAI(OpenAI)のサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)であることを明らかにする。アルトマンは今話題のスタートアップ企業のリーダーであり、37歳の投資家だ。
アルトマンは持てる時間すべてを人工知能(AI)企業のオープンAIに費やしている。同社のチャットボットとデジタル・アート・プログラムは、あたかも人間であるかのような能力を発揮してテック界を震撼させている。
だが、アルトマンの財産の使い道はオープンAIとはまた別の話だ。無限のエネルギーと寿命の延伸という、まったく異質ながら同じくらい壮大な2つの目標を達成するため、銀行口座を空にしたとアルトマンは言う。
アルトマンの投資先の1つは、核融合発電のスタートアップ企業ヘリオン・エナジー(Helion Energy)。3億7500万ドル以上をつぎ込んだと2021年にCNBCで語っている。そして、もう1つの投資先が、レトロ・バイオサイエンシズだ。アルトマンは同じ年に総額1億8000万ドルの小切手を切った。
「大金です。基本的には流動的な純資産はすべてこの2社に投資しました」(アルトマン)。
アルトマンのレトロ・バイオサイエンシズへの投資はこれまで報道されていない。人間の長寿を追求するスタートアップ企業への個人の投資額としては、過去最高規模である。
アルトマンは、サンフランシスコでスタートアップ・インキュベーターの「ワイ・コンビネーター(Y Combinator)」を経営していたこともあり、シリコンバレー界隈では以前からの有名人だ。だが、オープンAIが、詩を書いたり、質問に答えたりできるソフトウェア「チャットGPT(ChatGPT)」を公開したのを機に、その名は全世界的に知られるようになった。
フォーチュン誌の記述を借りれば、このAIのブレークスルーによって創業7年のオープンAIは「超有名テック企業クラブに思いもよらず仲間入り」を果たした。マイクロソフトは100億ドルの投資を約束し、ツイッターで150万人のフォロワーを持つアルトマンは、社会に大きな変化をもたらすこと間違いなしの人物だという評判を着々と固めている。
アルトマンはフォーブス誌の億万長者リストにはランクインしていないものの、その事実は彼が大富豪ではないことを意味してはいない。投資対象は幅広く、ストライプ(Stripe)やエアビーアンドビー(Airbnb)などには創業当初から出資している。
「史上最大の強気相場において、私はアーリーステージのテック投資家を続けてきました」とアルトマンは言う。
ハードテック
今、アルトマンは、ワイ・コンビネーター時代と比べて「桁違い」と呼ぶレベルで自身の資本を投入し、働かせている。それも、人類の課題に最もプラスの影響を与えると彼が考えるテクノロジー分野、つまりAI、エネルギー、アンチエイジング(抗老化)のバイオテクノロジーに集中的に賭けてきた。
ワシントン州エバレットに本社を置くヘリオン・エナジーは、原子の衝突を制御して「無限のクリーン・エネルギー源」を生み出すことを目指している。レトロ・バイオサイエンシズの目的は、同社の最高経営責任者(CEO)兼共同創業者で起業家のジョー・ベッツ-ラクロワによると、人体を若返らせる方法を発見し、人間の寿命を延ばすことだという。
オープンAIも含めたこれらの企業を、アルトマンは「ハード」スタートアップ企業と呼ぶ。科学を進歩させ、困難なテクノロジーを極めるために多額の資金を必要とする企業だ。アルトマンの投資は、Web2.0ブームで急成長したアプリやその創業者の支援から、長期的な研究に取り組む科学者の支援へとシフトした。
ハード・サイエンス企業は金がかかる。だがアルトマンは、掲げる目標が壮大な企業ほど、優秀な技術者を集められると考えている。先日はヴィクトリアン様式の建築家、ダニエル・バーナムの言葉をツイートした。「小さな計画を立ててはいけない。そこには血をたぎらせるような魔法はないからだ」。
核融合と延命は、どちらも非現実的なプロジェクトに終わる可能性もある(夢物語に過ぎないと指摘する研究者もいる)。ただ、2023年にAIが医学部入試に合格できることを予想した人はほとんどいなかったにもかかわらず、オープンAIのチャットボットであるチャットGPTがそれを成し遂げたのも事実である。アルトマンは、事実として、ハードなスタートアップは手ごろなスタートアップよりも成功する可能性が高いと述べている。写真共有アプリが売り物のスタートアップは1000社あっても、核融合実験炉を建造できる企業は数えるほどしかないからだ。
スケールアップ
アルトマンは、今日は無理に見える技術でも、比較的近いうちに実現できそうだと思われる分野に投資しているという。まさに、2015年創業のオープンAIで起きたことだ。同社は、トランスフォーマー(Transformer)と呼ばれる機械学習プログラムを取り入れ、着実にスケール・アップし、コンピューターの計算時間に10億ドル以上の費用を投じて製品を構築した。
その結果生まれたプログラムは、人間の仕事と見紛うような絵や複雑なテキストをほんの数秒で作成できるものだ。アルトマンは、「オープンAIには学習できるアルゴリズムがあり、計算量が増えるほどますますスケール・アップできるようです」とリスケール(Rescale)のイベントで語った。
核融合発電については、磁石を大きく強力にしようとするトレンドがあるとアルトマンは見ている。磁石は、原子炉の炉心で渦を巻いている1億度の超高温プラズマを閉じ込めるために必要なものだ。アルトマンは当初、ヘリオ …
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