宇宙ローバーといえば東北大学──「はやぶさ」「はやぶさ2」「HAKUTO-R」と多様なローバーの開発をリードした宇宙ロボット研究室がある。その研究室で博士号を取得した最高経営責任者(CEO)、タミル・ブルームの下、宇宙ロボットの技術を生かしてリンゴ果樹園を支援する仙台のベンチャー企業が輝翠テックだ。
タミルは2018年に米国から来日、東北大学で月面ローバー走行のための画像認識と制御を専門に博士号を取得した。月面の環境は、大小のクレーターだらけの凹凸の激しい地形であるのはもちろん、地上と異なりGPS衛星に代表される測位システムはない。未踏の月面を走行するには、強化学習と画像認識を用いた制御が必要で、ローバー開発の必須技術は宇宙工学の中でも熱い分野だ。この高い専門性と宇宙開発強国でのチャンスを生む立場から、タミルは日本の果樹園の作業ロボットという地域の課題にフォーカスした分野へと飛び込んだ。
「在学中に日本のあちこちを旅行して、地方の人手不足の課題と高齢化について農家から聞きました。人手不足や農作業の身体への負担を軽減する技術があれば、世界の農家を支援することができると考えました。それまで宇宙の分野にいたし、スペースX(SpaceX)での経験もありましたが、『本当に宇宙業界に戻りたいか?』とよく考えた結果、目の前の人を助けたいという気持ちがわき上がり、宇宙から農業へシフトすることにしたのです」
果樹園で人を助けるロボットがもたらす経済的なメリット
地方の農業における人手不足は待ったなしの課題だが、特に果樹園の作業の中で宇宙ローバーの技術が活躍する部分はどこにあるのだろうか。
「私たちが今目指しているのは、収穫時期に人間の作業負担をできるだけ減らして収穫に専念できるようにすることです。1年間のリンゴの栽培サイクルの中で、実は運搬作業というものがかなりの負担になっています。収穫したリンゴは選別作業場へ移動しなくてはならないのですが、リンゴのカゴは小さいもので8キログラム、大きいと20キログラムあって、これを運ぶために専任の人が必要でした。自動運搬ロボットが収穫場所と選別場所を自動往復すれば、運搬作業に当たっていた人を収穫や選別に割り振ることができます」
物を運んで人を助ける、という乗り物の基本的な役割が求められる状況が果樹園にあったわけだ。輝翠テックの描く将来像では、複数のローバー型ロボットが常に人のかたわらにあり、リンゴの収穫作業を支援するのだという。
「収穫する人のそばにロボットがいて、リンゴがカゴいっぱいになれば、選別場へと移動を開始します。次のロボットと交代して、常に収穫者の周囲にロボットがいるようにします。選別場へリンゴを運ぶだけでなく、チェックを通ったリンゴをトラックまで運ぶ作業もありますし、カゴを持ち上げる負担も少ないようにカゴの高さを変える機能を付けて、選別テーブルにスライドできるようにもしたいですね。
また、スタートは収穫したリンゴの自動運搬ですが、収穫期だけでなく1年中使えるロボットにしたいと考えています。収穫期以外でも、たとえば枝を剪定する作業があって、切った枝を収集して運搬することにも使えるロボットです」
果樹園で人の身体的負担を軽減することは、果樹園経営の支援にもなりうる。
「比較的大きな規模の農家であれば、現在の栽培サイクルの中で20パーセントの収穫作業の効率アップが可能で、同じ人数でより大きな果樹園を管理できます。農家の収益アップになりますし、活性化につながります」
現在は、青森県でもかなり大規模な15ヘクタールの果樹園を持つリンゴ農 …