「ゴールド」にも期待の水素、気候変動対策にいつ役立つのか?
水素は気候変動対策のヒーローとして取り上げられることが多い。だが、製造方法によっては温室効果ガスが発生するため、すべてがクリーンなわけではない。 by Casey Crownhart2023.04.10
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
「水素の虹」という言葉を耳にしたことはあるだろうか?
水素自体は無色の気体だが、水素産業では、どのような方法を用いて製造されたものかが一目でわかるように、色分けして呼ぶことがある。グレー、グリーン、ブルーの水素もあれば、鮮やかなピンクのような色まであり、虹の色を(おおむね)網羅している。
水素はしばしば、気候変動対策のヒーローとして取り上げられている。バスの運行や鋼鉄の生産で燃料として使用しても、直接的には二酸化炭素を排出(またはそれに関連する地球温暖化)について心配する必要がないからだ。世界では、化石燃料の使用量を減らす試みが進んでいる。その中で、二酸化炭素を排出しないエネルギー源である水素には、今後大きな需要が生まれる可能性がある。
しかし、水素が気候変動対策に実際どれほど貢献できるかは、その水素がどのように作られたかで決まる。そこで、「虹」なのだ(それぞれの色の意味がわかるように、早見表を下に掲載している)。
欧州委員会は最近、どの水素が「再生可能な」と認められるのか、つまり水素がグリーンであるとはどのような意味なのかを決める規則を公開した。また、サイエンス誌には最近、自然に発生するゴールド水素について、とても興味深い記事が掲載された。
というわけで、今回は水素の虹について解説し、未来の燃料である水素がどこから来る可能性があるのかを探ってみよう。
水素はなぜ必要なのだろうか?
現在でもすでに、私たちは多くの水素を使用している。2021年の世界の需要は、9400万トンにのぼっていた。そのほとんどは、石油精製や、(肥料用の)アンモニアの生産、そして(化学製造業用の)メタノールの生産に使用されている。
こうした用途は、今後変わっていく可能性が高い。なぜなら、水素は、交通機関、重工業やその他の分野においても、化石燃料の代替として優れているからだ。各国が気候変動対策の目標を守るなら、水素の需要は2030年までには1億3000トンに達する可能性があり、その約4分の1が新しい用途に使われることになるだろう。
しかし、問題がある。現在、水素を作ろうとすると、圧倒的な量の化石燃料が必要なのだ。通常は天然ガスが使われている。「グレー」に色分けされている水素の生産では、天然ガスを水と反応させて水素ガスを得る。この工程では二酸化炭素を排出する。
二酸化炭素を排出しない作り方もある。例えば、化石燃料を用いた水素の生産時に、排出された二酸化炭素を回収する方法だ(この手法で作られた水素はブルーに色分けされる)。これはかなり賛否が分かれるアプローチだ。なぜなら、二酸化炭素回収には高額の費用がかかり、常に効率的というわけではないからだ。
生産方法全体を見直して、電力を利用した水素の生産に切り替えることもできる。この方法では、電気分解が用いられる。水に電気を通して、水素と酸素を得るのだ。電気分解に使用する電力が再生可能エネルギー源からのものであれば、その水素は公式に「グリーン」の称号を得られる。
では、具体的に、グリーンの水素はどのように定義されるのだろうか。
欧州委員会は、まさにその問いに答えようと、新たな規則を公開した。どの水素プロジェクトが気候変動対策の目標に貢献するものであり、特別な補助金の対象となるかを提示することが狙いだ(この補助金は重要だ。なぜなら、現在、グリーンの水素は、化石燃料から得るグレーの水素と比較して、著しく高価だからだ)。
新たな規則には、重要な点が2つある。まず、グリーンの水素と認められるのは、再生可能電力を使用して作られた水素のみだ。生産者は、直接太陽光発電所または風力発電所まで送電線を設置して電力を得るか、再生可能エネルギーによる電力を供給する会社と契約して、送電網から電力を得る必要がある。
つまり、再生可能電力が大きなポイントになるわけだ。欧州連合(EU)は、二酸化炭素排出量を削減すること、そしてロシア産の化石燃料への依存度を減らすことを目的とした計画の一環として、2030年までに域内で生産する水素を年間1000万トンまで増やし、さらに1000万トンを輸入しようとしている。
域内で年間1000万トン生産という目標を達成するには、500テラワット時(TWh)の再生可能電力が必要となる。これは、EU域内の合計の電力消費量の15%に迫る値だ。
水素の需要に応えるには、これほどの電力が必要とされる。そのため、規制当局は、水素生産が単に今ある量の再生可能エネルギーによる電力を全て吸い取ってしまうだけというシナリオを回避しようとしている。
そのための策として、欧州委員会は、水素生産者に対して、追加性の原則を守るよう義務付けることになる。簡単にいえば水素生産者は、既存の再生可能エネルギーによる電力を使用するのではなく、再生可能エネルギーによる電力を新たに送電網に加えなければならないということだ。そのため、新たな要件においては、水素生産者は最近(直近3年以内に)建設された再生可能エネルギー・プロジェクトからの電力を使用しなければならないと規定されている。
この規則はまだ承認されておらず、承認には数カ月かかるかもしれない。米国では、インフレ抑制法で規定されている水素の税額控除について、バイデン政権が類似の規則を作っている最中だ。米国市場におけるグリーン水素の定義については、もうすぐ詳細が判明するはずだ。
水素がそこらじゅうの木から豊富に採取できれば?
それは無理だ。でも、木ではなくても、地下から採取できるとしたらどうだろうか? サイエンス誌に掲載されたこの記事では、自然発生する水素の可能性を探っている。
水素は、自然界に広く存在しているものとは考えられていない(だからこそ、水素を作ろうと、大掛かりな方法が色々と考え出されているのだ!)。しかし、一部の研究者は、実は水素は豊富に存在しているのではないかと、考えを改め始めている。
いくつかの坑井を試掘してみたところ、水素がかなりはっきりと流れ出していることが確認され、今ではオーストラリアやアフリカ、欧州で、水素が地下に眠っている場所を探す試みが始まっている。これまで水素が地下から見つかっていなかったのは、水素は石油や天然ガスとは同じ場所からは産出しないため、これまで水素を探した人がほとんどいなかったせいだ(天然の水素は、しばしば「ゴールド」に色分けされる)。
さらにうれしいことに、この地下から産出する水素は、再生可能な資源の可能性がある。なぜなら、この水素は、水が地下で岩石と反応することで自然に発生している可能性があるからだ。さらに、地下から取り出すのも、かなり少ない費用で可能になるかもしれない。電気分解による水素から、地下から採取する水素に舵を切るにはまだ多くの疑問が残っているが、水素の虹に新たな色が加わることはとても興味深い。
どの色がどの水素を指すのか分からなくなってしまっても、無理はない。結局のところ、知るべき最重要事項は、どの水素にどの色が割り当てられているかではなく、結果として発生する二酸化炭素排出量がどれほどであるかだ。それでも、水素の虹の早見表が必要なら、こちらの表を確認してみてほしい。
注:一部の色には別の定義が存在する可能性もある。
グリーンの水素は、本誌が選んだ2021年の「ブレークスルー・テクノロジー10」の1つでもある。グリーンの水素の何が問題になっているのか、そして実現には何が必要なのか。詳しくはこちらの特集記事をお読みいただきたい。
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フォードが米国にバッテリー工場を新設
米国に新たな電池がやってくる。フォードはミシガン州に工場を建設し、現在は主に中国で作られている種類のリチウムイオン電池を製造する計画だと発表した。北米でより耐久性のある電自動車をより安く作れるようになる可能性がある。この技術について、そしてこの工場の次なる展開について、詳しくはこちらの記事をお読みいただきたい。
だが、この工場をめぐって交錯している思惑が多く、不確定要素も残されている。フォードは、電池の製造のために、中国の電池大手であるCATL(寧徳時代新能源科技)から技術ライセンスを取得する計画であるからだ。
本誌のヤン・ズェイ記者は、中国がいかにしてその電気自動車産業を成功に導いたのかについての記事を執筆している。ぜひこの記事もお読みいただきたい。
気候変動関連の最近の話題
- ウクライナでの戦争が始まってから1年になる。それからというもの、欧州のエネルギー事情は一変した。各国がロシア産の化石燃料への依存度を減らそうとすることで、再生可能エネルギーへの転換が加速しているのだ。(ブルームバーグ)
- あの電動トラックは、一体どれほど地球に優しいのだろうか。それは、何と比較するかによって変わる。車種の違いによる二酸化炭素排出量の違いを示している図がお気に入りだ。(ニューヨーク・タイムズ紙)
→ 大型の電気自動車について、さらに詳しくはこちらの記事をお読みいただきたい。(MITテクノロジーレビュー) - 「15分都市」は、集中型の都市計画構想だ。二酸化炭素排出量を削減できる可能性、そして毎日をより少し楽しく生きられるようになる可能性がある(通勤が短くなって嬉しくない人はいないはずだ)。しかし、この構想に関して、ネット上では陰謀論が囁かれている。(ワイアード)
- テスラは、自社の電気自動車向けの充電スポットの一部を、全ての電気自動車のドライバーに開放する。バイデン政権からの積極的な働きかけに応じた形だ。(ワシントンポスト紙)
- 暗号通貨のマイニングをする人々は、気候によくないというイメージの払拭を試みている。しかし、環境保護団体や研究者は、当然ながら懐疑的だ。(グリスト)
- ユナイテッド航空は、新規燃料分野に投資している。新規および既存の「持続可能航空燃料」プロジェクトへの投資を目的に、1億ドルの基金を立ち上げた。(キャナリー・メディア)
→ ユナイテッド航空は、以前から持続可能航空燃料分野に取り組む姿勢を見せていた。2022年にはユナイテッド航空の投資先の1つである、微生物を利用して燃料を製造する企業について記事にしている。(MITテクノロジーレビュー) - インドネシアでは、電気自動車の電池に使用される金属であるニッケルの生産が、2020年から2022年にかけて倍増した。その代償として、ラボタという都市では、汚染が発生し、作業員は危険な条件での労働を強いられている。(ワイアード)
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- ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
- MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。