KADOKAWA Technology Review
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トルコ・シリア大地震の被災者救出で活躍するAIシステム
Maxar Technologies (left); UC Berkeley/Defense Innovation Unit/Microsoft (right)
How AI can actually be helpful in disaster response

トルコ・シリア大地震の被災者救出で活躍するAIシステム

トルコとシリアで発生した大地震で、AIを利用したシステムが被災者救助に活用されている。被災地を映した衛星写真から、短時間で被害の度合いを判別するシステムだ。 by Tate Ryan-Mosley2023.03.06

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

人工知能(AI)が世界の苦しみを解決する可能性について、気前の良い(そして非現実的な)約束を耳にすることがよくある。そして、トルコとシリアを壊滅させた地震の後など、AIが災害対応の支援を始めつつあることを最初に知ったとき、私は疑いを抱いた。

ところが、米国防総省のビジュアル・コンピューティング・プロジェクトである「xView2」という取り組みは、うまくいっているようだ。xView2はまだ展開の初期段階にあるが、トルコでの災害物流や現場での救助活動に役立っているという。

xView2は、2019年にペンタゴン(米国防総省)の国防イノベーション・ユニット(Defense Innovation Unit)とカーネギー・メロン大学のソフトウェア・エンジニアリング研究所が出資して開発したオープンソース・プロジェクトで、マイクロソフトやカリフォルニア大学バークレー校など、多くの研究パートナーが協力してきた。xView2は、機械学習アルゴリズムを他のプロバイダーから提供された衛星画像と組み合わせて使い、被災した地域の建物やインフラの損傷を特定し、現在の方法よりもはるかに迅速にその深刻度を分類する。

国防イノベーション・ユニットの主任AI科学者で、カリフォルニア大学バークレー校の研究者でもあるリトウィク・グプタは、被災現場にいる緊急対応要員が生存者を発見し、復旧専門家が長い年月に及ぶ復興作業を調整する上で、被災度合いの評価が助けになる。この評価の取得に、プログラムが直接役に立つと話す。

グプタ主任AI科学者は、このプロセスにおいて、米国州兵組織、国連(United Nations)、世界銀行(World Bank)といった大規模な国際機関と協力することがよくある。過去5年間、xView2は、カリフォルニア州兵組織とオーストラリア地理空間情報機構(Australian Geospatial-Intelligence Organisation)が過去5年間、山林火災への対応のために利用していたことがあるほか、直近ではネパールでの洪水後の復旧作業時に使われ、洪水後の地滑りによって生じた被害の特定に役立った。

トルコでは、国連の国際捜索・救助諮問グループから捜索救助チームが同国アドゥヤマンの現場に派遣された。そのうちの少なくとも2つのチームがxView2を使用しているとグプタ主任AI科学者はいう。アドゥヤマンは地震で壊滅的な被害を受け、住民は捜索と救助の遅れに不満を感じていた。xView2は、被災した地域の別の場所でも利用されており、現場の作業員が「損害を受けたことに気づいていないエリアを見つける」助けになっていることをグプタ主任AI科学者は明かした。さらに、トルコの防災危機管理庁、世界銀行、国際赤十字連盟、国連世界食糧計画(WFP)が、地震への対応でこのプラットフォームを使用していることに言及した。

「1人の命を救うことができれば、それは技術の有効活用になります」とグプタ主任AI科学者は言う。

AIがどのように役立つか

このアルゴリズムは、「セマンティック・セグメンテーション」と呼ばれる物体認識に似た手法を採用しており、画像の個々のピクセルと、隣接するピクセルとの関係を評価して結論を導き出す。

下の画像で、プラットフォーム上での表示例を確認できる。左側が被害の様子を写した衛星画像で、右側がモデルの評価だ。赤色が濃いほど被害が大きい。世界銀行の災害リスク管理スペシャリストであるアティシェイ・アッビは、これと同程度の評価には通常数週間かかっていたが、今は数時間または数分でできると話す。

トルコのマラシュ:地球画像会社プラネット・ラボPBCの衛星画像(左)とxView2のアウトプット(右)。
(画像:カリフォルニア大学バークレー校、国防イノベーション・ユニット、マイクロソフト)

これで、救助隊や緊急対応要員が目撃者の報告や通報に頼って助けが必要な場所を素早く特定するという、従来の災害評価システムが改善された。最近では、ドローンなどの固定翼機がカメラとセンサーを搭載して被災地の上空を飛行し、人間によって確認されたデータが提供されるようになっているが、それでも少なくとも数日かかる可能性がある。また、対応に当たるさまざまな組織が、他の組織と共有されていない独自のデータ・カタログを持っていることが多く、どのエリアが支援を必要としているのかを示す標準化された全体像の作成と共有を困難にしているため、実際の対応はさらに遅くなる。xView2は、被災地の共有マップを数分で作成できる。これにより、組織が対応の調整と優先順位付けをする際の助けとなり、人命の救助と時間の節約が可能になる。

ハードル

もちろん、この技術は災害対応の万能薬にはほど遠い。xView2にはいくつかの大きな課題があり、グプタ主任AI科学者の研究では現在、そこに注目している。

最初の課題であり、最も重要な課題は、このモデルが衛星画像に依存していることだ。衛星は、日中、雲がなく、衛星がそこにあるときにだけ鮮明な写真を提供する。xView2で利用可能なトルコの画像が最初に届いたのは、1回目の揺れから3日後の2月9日だった。また、たとえばシリアとの国境付近など、辺境の経済的に発展していない地域を撮影した衛星画像は少ない。この問題に対処するためにグプタ主任AI科学者は、光波ではなくマイクロ波パルスで画像を作成する、合成開口レーダー(SAR)などの新しい画像作成手法を研究している。

2つ目の課題は、建物の側面の被害を実際に特定できないことだ。xView2モデルは最大85~90%の精度で被害と深刻度を正確に評価できるが、衛星画像は航空写真の視点であるため、建物の側面が見えないのだ。

そして最後の課題は、グプタ主任AI科学者曰く、現場の組織にAIソリューションを使ってもらい、信用してもらうのが難しいということだ。「緊急対応要員はとても保守的です」と言う。「この魅力的なAIモデルが、地上ではなく、上空200キロの宇宙から画像を捉えていると話し始めても、彼らはそれをまったく信用しません」。

今後の展開

xView2は、被害を受けた地域の迅速な区分けから、安全な一時避難所の場所の評価や長期的な復興領域の決定まで、災害対応をさまざまな段階で支援する。世界銀行のアッビ災害リスク管理スペシャリストは、今後xView2が世界銀行の「被害評価ツールの中で本当に重要な存在になる」ことを個人的に望んでいると話す。

コードはオープンソースであり、プログラムは無料であるため、xView2は誰でも使える。そして、グプタ主任AI科学者はこの形を維持するつもりだ。「企業がやって来て、xView2を商品化できると言い始めても、そんな話を聞くつもりはありません。これは、すべての人の利益のために運用される公共サービスであるべきです」。グプタ主任AI科学者は、あらゆるユーザーが評価を実行できるよう、Webアプリケーションの開発に取り組んでいる。現在は、xView2の研究者にさまざまな組織から分析依頼が届いている。

研究者は新しい技術が、大きな問題の解決で果たせる役割を無視したり、あるいは大げさに宣伝したりするのではなく、最大の人道的影響を与えることができるAIのようなものに焦点を当てるべきだとグプタ主任AI科学者は言う。「AI研究分野の焦点は、どうしたら災害評価のようなとても難しい問題へと移るのでしょうか? 私が思うに、たとえば新しいテキストや新しい画像を生成するよりも、それははるかに難しいものです」。

他の気になるニュース

大丈夫ではない10代の少女たち。米国疾病予防管理センター(CDC)の新たな調査によると、最近、米国の女子高生のメンタル・ヘルスが大幅に悪化している。専門家は、ソーシャル・メディアとパンデミックによって危機が増大したと考えている。

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イェール大学公衆衛生大学院の人道研究所が実施したオープンソース・インテリジェンス(オシント)に基づく新しい調査によると、ロシアはウクライナから何千人の子どもたちを連れ去った。

最近分かったこと

ロシアといえば、私は最近、「メイン無線周波数センター(Main Radio Frequency Center)」というあまり知られていない政府機関の存在を知った。この機関は、同国内とその占領地域におけるインターネットの使用に関する統制を試みている。また、ロシア政府がデジタル空間の検閲や監視を目的とした広範囲の取り組みを実行する際に依存している機関であり、驚くほど手のかかる、最新技術とは無縁のツールを使っている。

2月初めに公表された調査で、ラジオ・フリー・ヨーロッパ/ラジオ・リバティ(Radio Free Europe/Radio Liberty)のロシア調査部門に属するダニール・ベロヴォディエフとアントン・バイエフは、2022年11月にベラルーシのハッカー組織が手に入れた、メイン無線周波数センターの70万通を超える書簡と200万件を超える内部文書を確認した。2人は、この機関が「VK」や「アドナクラースニキ(Odnoklassniki)」といったロシアのソーシャル・ネットワーク、さらにはユーチューブ(YouTube)やテレグラム(Telegram)を調べて、ユーザーが作成したコンテンツに関する日次レポートを作成し、ロシア国民の中の反政府思想の兆候(メイン無線周波数センターはこれを「抗議ムード」と気味悪く呼ぶ)を探す方法を明らかにしている。

メイン無線周波数センターは、ウクライナ侵攻が始まって以降、こうした取り組みを強化してきた。同センターは、検閲を自動化しようとボットに投資する一方で、ヤンデックス(Yandex)をはじめとする、ロシアに拠点を置くWebホスティング会社や検索エンジンのエンジニアとも直接連携し、問題があると思われるサイトにフラグを立てている。この調査では、ロシアが強力なファイアウォールを構築しようとどれだけの努力を払っているか、そしてその戦術がいかに荒削りで不完全であるかが明らかにされている。

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新しいテクノロジーが政治機構、人権、世界の民主主義国家の健全性に与える影響について取材するほか、ポッドキャストやデータ・ジャーナリズムのプロジェクトにも多く参加している。記者になる以前は、MITテクノロジーレビューの研究員としてニュース・ルームで特別調査プロジェクトを担当した。 前職は大企業の新興技術戦略に関するコンサルタント。2012年には、ケロッグ国際問題研究所のフェローとして、紛争と戦後復興を専門に研究していた。
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