保険化する「卵子凍結」ビジネス、透明性向上が不可欠
将来子どもを持ちたいと考える女性の一部が、自身の卵子を凍結保存する道を選んでいる。だが、卵子凍結の成功率は多くの女性が考えているよりも低く、正確な情報を得るのは簡単ではない。 by Jessica Hamzelou2023.03.01
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
卵子凍結が気になっている。私は現在36歳で、この年齢になると、多くの友人がすでに出産を経験している。数少ない出産未経験の友人は選択肢を天秤にかけている。将来、子どもを持つことを計画しているなら、今のうちに卵子を凍結した方が良いのだろうか?
これは極めて個人的な決断であり、必ずしも簡単なことではない。卵子凍結は不妊治療保険「エッグシュアランス(eggsurance)」として販売されていることが多いが、この処置がどの程度成功する可能性があるのか、あるいは成功率が年齢によってどのように異なるかはまだ完全にはわかっていない。
ホルモン治療や採卵処置、さらには何年にもわたる凍結保存に、数万ドルという多額のお金がかかる可能性があることはわかっている。また、リスクがないわけではないことも知っている。
そして、卵子を凍結した女性の約16%が、自らの決断を後悔している。研究者たちは現在、卵子凍結を検討している人の正しい決断を手助けするツールの開発に取り組んでいる。
人はさまざまな理由から卵子の凍結を選択する。しかし、社会的な理由でそうする女性は、2つのグループのいずれかに属する傾向があると、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで女性の健康について研究している社会学者、ゼイネップ・グルティン講師は言う。
1つ目のグループは、20代から30代前半の女性で構成されている。このグループの女性は近い将来、おそらく5年以内に子どもを持ちたいと思っているが、まだその準備ができていない。彼女らは、キャリアのための勉強やトレーニング、あるいは旅をしている可能性があると、グルティン講師は話す。そして、「先を見越した対策で卵子を凍結している」と言う。
2つ目のグループには、30代後半から40代の女性が含まれる。このグループの女性は、子どもを持ちたいと思っているが、大抵はその相手の準備ができていないと感じており、子どもを持てる状況にはないと考えている。グルティン講師は、「このグループの女性の多くは、現時点までに母親になっていたかったと話します」と言う。彼女いわく、この女性たちは受胎可能期間が終わりに近づいていることをわかっており、近い将来に妊娠する最良の機会を持ちたいと思っている。
グルティン講師は、卵子凍結の決断にあたっては、成功率、リスク、副作用、費用という4つの問題について、本人に十分な情報を与えることが不可欠だと考えている。
これらの情報を見つけることは、必ずしも簡単ではない。成功率がどの程度になるかを完全にはわかっていないから、なおのことだ。多くの女性が卵子を凍結するが、卵子を使うときに戻ってくるのはごく一部だとグルティン講師は話す。その理由の1つは、この技術がまだ比較的新しいからだ。卵子凍結から「実験用」というラベルがなくなったのは、わずか10年ほど前のことだ。5年前に卵子を凍結した人は、まだ妊娠の準備ができていないか、凍結させた卵子を使わずに身ごもった可能性がある。
手元にあるデータでは、卵子を凍結した女性の約21%が、結果的に凍結した卵子を使って母親になると示されている。この数字には、たとえば健康な卵子を傷つける可能性のある化学療法の前の安全対策としてなど、医学的な理由から卵子を凍結した女性も含まれる。医学的理由ではなく社会的理由で卵子凍結を選択した女性に目を向けると、その数字は17%に減少する。
ある研究によると、預けられた卵子が赤ちゃんになる確率は平均で約5.9%だ。では、なぜ女性の中には(この研究に参加した6%のボランティアを含む)、卵子凍結後に赤ちゃんが生まれる可能性を100%だと考える人がいるのだろうか?
問題の一端は誤った情報である。卵子凍結は大きなビジネスであり、不妊治療クリニックは、治療の成功率を説明する際に数字を多少ごまかすことがわかっている。昨年発表された研究で、グルティン講師とその同僚のエミリー・ティーマンは、クリニックのWebサイトが、情報提供というよりも説得を目的とした言い回しになっている傾向があることを発見した。
不妊治療クリニックは、リスクとコストの情報を最低限に抑えつつ、卵子凍結のメリットを強調する傾向があることがわかった。結局のところ、クリニックは売り込もうとしているのだ。この研究結果は、米国とオーストラリアで実施された同様の研究結果とも通じている。
ゆえに、研究者がより偏りのないアプローチに取り組んでいると聞き、私は喜んだ。メルボルン大学のミシェル・ピート准教授とその同僚は、卵子凍結を検討している人に向けた意思決定支援ツールを開発した。
このオンライン・ツールは、卵子凍結の仕組み、結果とリスクについてわかっていること、プロセス中とその後の両方で芽生えるであろう感情など、まず卵子凍結に関する事実を提供することから始まる。採卵のために過剰な排卵を起こさせるホルモン療法は、気分変動、膨満感、頭痛などを引き起こす可能性がある。また、わずかではあるが、卵巣過剰刺激症候群のリスクが伴う。危険なものになり得る合併症で、呼吸困難のほか、まれに肺や脚部の血栓を引き起こす可能性がある。
次に、このツールは、ユーザーに潜在的なメリットとデメリットに対する重要度を割り当てるよう促す。たとえば、メリットの1つは、「将来への備えを感じられること」である。そして、デメリットの1つは、「卵子凍結が赤ちゃんの誕生を保証するものではないこと」である。
これら回答は、ユーザーが卵子凍結に気持ちが傾いているのか、あるいはその反対なのかを示す尺度を示す、総合的なスコアの生成に使われる。またユーザーには、総合診療医、不妊治療の専門家、カウンセラーなど、より詳しい情報を入手できる場所についての助言も提供される。
このツールは現在、研究ボランティア・グループが試用しているところで、まだ広く利用できるようにはなっていない。しかし、これが卵子凍結の実際のコストとメリットに関する、より透明でオープンな情報提供に向けた動きの象徴となると期待している。卵子凍結が、人が親になる手助けをできるすばらしい技術であることは間違いない。しかし、誰にとっても最良の選択肢ということではないかもしれない。
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アナ・ルイ・サスマンは、ニューヨークの卵子凍結サービスが高額すぎるため、イタリアとスペインで自身の卵子を凍結した。幸いにも、凍結生殖細胞を海外に輸送できる専門業者が存在すると書いている。
預けた卵子を残して、人が亡くなったらどうなるか?凍結させた卵子と精子を使って新しい生命を誕生させることは可能だ。しかし、以前の記事で書いたように、誰が決定を下すことができるかを判断するのは難しい。
一方、研究室で卵子と精子を作り出す競争が続いている。人の血液や皮膚細胞から作られるかもしれないこれらの細胞は、不妊治療に関する多くの問題を解決できる可能性がある。この記事に書いたように、安全性が証明されればの話だが。
研究者たちは、トランスジェンダーの男性の卵子を成熟させる方法についても、研究室で取り組んでいる。これにより、昨年紹介したとおり、身体を自身の性自認に近づける治療を一時停止したり、その他苦痛を伴う可能性のある治療を受けたりする必要なく、卵子を保存して使うことが可能になる。
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- 生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。