ワニの遺伝子を組み込んだ「CRISPRナマズ」が米国で誕生
遺伝子編集によってワニの遺伝子を組み込んだ「CRISPRナマズ」が米国で誕生した。病気への抵抗力が高く、養殖における死亡率を下げ、廃棄量を減らせる可能性があるという。 by Jessica Hamzelou2023.01.20
米国では年間何百万匹もの魚が養殖されているが、その多くは感染症で死亡している。理論的には、魚を病気から守る遺伝子を組み込むことができれば、養殖漁業による廃棄物を減らし、環境への影響を抑えることができるはずだ。ある科学者チームは、まさにそれを実現しようと試みている。ナマズのゲノムにワニの遺伝子を挿入したのだ。
米国人はナマズを大量に消費する。2021年、米国のナマズ養殖場はおよそ14万トンのナマズを生産した。アラバマ州にあるオーバーン大学でナマズの遺伝子改良に取り組むレックス・ダナム教授は、「重量ベースで見ると、米国の水産養殖の60~70%程度はナマズの生産が占めています」と話す。
だが、ナマズの養殖は感染症の温床でもある。ダナム教授によると、養殖魚が孵化してから水揚げされるまでの間に、その約40%がさまざまな病気によって死亡するという。
この新しい遺伝子組換えは助けになるのだろうか。
ダナム教授の研究によって、潜在的な解決策として導き出されたワニの遺伝子は、「カテリシジン」というタンパク質をコードしている。ダナム教授によると、このタンパク質には抗菌性があり、ワニ同士の激しい戦いの際に、受けた傷が感染症に発展するのを防ぐ手助けをすると考えられている。そこでダナム教授は、この遺伝子を人工的にゲノムに組み込んだ動物には、病気に対してより抵抗力があるのではないかと考えた。
ダナム教授らはそこからさらに一歩踏み込んで、誕生する遺伝子組換え魚が繁殖できないようにしたいと考えた。遺伝子組換えされた魚が養殖場から逃げ出した場合、野生の環境を荒し、餌と生息地をめぐって在来魚を駆逐してしまう可能性があるからだ。
遺伝子組み換えの生き残り
ダナム教授とバオフェン・スー博士研究員らの研究チームは、遺伝子編集ツールのCRISPR(クリスパー)を使って、重要な生殖ホルモンをコードするゲノムの一部に、ワニのカテリシジンの遺伝子を組み込んだ。「一石二鳥を狙ったものです」とダナム教授は言う。このホルモンがなければ、魚は産卵できない。
誕生した魚は、感染症に対する抵抗力が高まったようだ。研究チームが2種類の病原菌を水槽に入れたところ、遺伝子編集された魚は、遺伝子編集を受けていない同種の魚よりも、はるかに生き残る可能性が高いことが分かった。感染症にもよるが、「カテリシジン遺伝子組換え魚の生存率は2倍から5倍高くなりました」とダナム教授は説明する。
また、この遺伝子組換え魚は、生殖ホルモンを注射しない限り、産卵して繁殖することはできないという。この論文はまだ査読を受けていないが、プレプリント・サーバーのバイアーカイブ(bioRxiv)で公開されている。
「この研究を初めて耳にしたとき、私は誰がこんなことを考えたんだろう、なぜそんなことをするのだろうと驚きました」。水産養殖における遺伝学の役割について長らく研究してきたルイジアナ州立大学のグレッグ・ルッツ教授は語る。一方でルッツ教授は、この研究は有望と考えている。そして、病気への抵抗力は、養魚場で発生する廃棄物の量に大きな影響を与える可能性があり、この廃棄物を減らすことは、養殖動物の遺伝子編集における長年の目標だったと話す。
病気に強い魚を養殖することで、養殖に必要な資源が減り、廃棄物が全体的に少なくなる。同氏はこの研究に肯定的であるが、CRISPRナマズが水産養殖の未来を表しているとは確信していない。ダナム教授のチームが採用する遺伝子編集手順は手間がかかり、養殖で広く使われている雑種ナマズの産卵期ごとに、その手順を実行する必要があると思われる。 「このような遺伝子組換え魚を十分に生産して、生存能力があり、遺伝的に健康な系統を維持するのは非常に困難です」とルッツ教授は話す。
食べれるのか?
オーバーン大学の研究チームは、最終的にはこの遺伝子組み換えナマズの食用販売許可を得たい考えだ。だが、それは長いプロセスになる可能性がある。
現在ところ、米国で食用販売が許可された遺伝子組換え魚は、1種類しかない。2022年4月、米国食品医薬局(FDA)にようやく承認された「アクアドバンテージ・サーモン」である。開発企業であるアクアバウンティ(AquaBounty)が最初に許可を申請してから、実に26年後のことだった。このサーモンには、サケ科の別の種類のサーモンのゲノムから取り出した遺伝子が追加されており、他のサーモンよりもはるかに大きく成長する。
今回のナマズの販売が最終的に承認されたとしよう。このナマズを食べたい人はいるのだろうか。スー研究員とダナム教授は「いる」と考えている。遺伝子組換え魚は調理されてしまえば、ワニの遺伝子によって作られたタンパク質はその生物学的活性を失うため、食べた人に影響を与える可能性は低いとスー研究員は言う。それに、すでに多くの人がワニの肉を食べている、と付け加えた。「私なら迷うことなく食べますね」(ダナム教授)。
一方、ルイジアナ州立大学のルッツ教授は、ワニの遺伝子を持つナマズを食べることに不安を覚える人もいるかもしれないと指摘する。「大きく長い口と尖った歯で、人に噛みつくナマズを想像する人が間違いなくいるでしょうね」。
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- ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
- 生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。