「社会を動かすイノベーション」に必要な視点
ビジネス・インパクト

We discussed the perspectives needed for innovation that moves society 「社会を動かすイノベーション」に必要な視点

社会を動かすようなイノベーションにはどのような視点が必要なのか。「Innovators Under 35 Japan」に過去に選ばれた安田クリスチーナ氏、宇井吉美氏、審査員の江守正多氏が語った。 by Yasuhiro Hatabe2023.03.21

3回目の開催となったMITテクノロジーレビュー主催の「Innovators Under 35 Japan 2022」。この発表を記念して、35歳未満のイノベーターが集う「Innovators Under 35 Japan Summit 2022 in Nihonbashi」が2022年12月15日に東京・日本橋で開催された。授賞セレモニー、受賞者ショートプレゼンに続くクロージング・トークセッションでは、IU35 Japanの過去受賞者と審査員らが「社会を動かすイノベーション」をテーマに語り合った。

パネラーは、国際NGO InternetBar.orgの安田クリスチーナ氏(2020年のIU35受賞者)、aba代表取締役CEOの宇井吉美氏(2021年のIU35受賞者)、そして東京大学未来ビジョン研究センター 教授/国立環境研究所地球システム領域 上級主席研究員の江守正多氏(2022年の審査員)の3名だ。モデレーターはMITテクノロジーレビュー[日本版]の小林 久編集長が務めた。

「社会をどう変えるか」に焦点を当てる

小林編集長は冒頭、2022年のイノベーターの顔ぶれに対する感想を尋ねた。

「エネルギー/持続可能性」分野の審査員を務めた江守氏は、「世界レベルの研究成果を出している日本の若い人が、こんなに多くいるんだというのが非常に印象的でした」と述べた上で、「学術の最先端ではないながらも、社会を変えるビジョンや新しいアイデアを持つ人も多くいて、面白く感じながら審査をしました」と続けた。

これを受けて小林編集長は、「IU35はテクノロジーや研究の水準だけでなく、社会変革へ向けた活動そのものを評価することも特徴です」と意図を説明した。

「毎年、いろいろな分野の人が選ばれていて、このアワードを見るたびにイノベーションという言葉が含む意味の広さ、深さを思い知らされます」と話したのは、2021年にイノベーターに選出された宇井氏だ。自身が選出された際のカテゴリーが「博愛家」だったことにも触れ、「必ずしも技術的に尖ったものだけでなく、『社会をどう変えていくか』がもっとフォーカスされるべきだと思います」と述べた。「私のキャリアから、エンジニアやサイエンティストとして見られることが多いですが、その先にある『社会を変えたい』という思いに光を当ててくれたことが、IU35という賞自体のユニークさではないでしょうか」。

2020年にIU35に選ばれた安田氏は「受賞内容のトピックを見ると、びっくりするようなものはあまりない」としながらも、「個人的にこの賞が好きな理由は、自信をくれるからです」だと話した。現在は海外を拠点に活動し、この日もロンドンからオンラインで参加した安田氏は、日本にはポテンシャルがある人が多くいるにもかかわらず、業績に対するアピールが控えめだと指摘する。「この賞が、日本にもこんなに素晴らしい、先進的なことをしている若い人たちがいるんだということを世界へアピールするものになっていることは、本当に嬉しく、ありがたいです」と語った。

「鳥の目」で社会課題を認識する

小林編集長は、IU35の評価項目の1つに「重要な社会課題の解決に取り組んでいるか」があると話し、宇井氏と安田氏それぞれが取り組んでいる社会課題は何か、どのようなアプローチをしているかを聞いた。

宇井氏は、もともと千葉工業大学で介護ロボットの研究開発をしていた。在学中の2011年に起業して以来、介護現場において負担感が大きい「排泄ケア」にテクノロジーを用いて負担を軽減することに取り組んでいる。センシング技術とAI技術を使い、便や尿の「におい」で排泄を検知する機器を開発し医療・介護施設などへ展開する(関連記事)。

このテーマに宇井氏が取り組み始めたきっかけは、中学生の時に祖母が病気になり、介護が必要になったことだった。「介護者と被介護者の何ともいえないすれ違いをなくしたいという気持ちから始まりました」。しかしある時、ふと「他の家族介護者たちもみんな大変な思いをしているのだとしたら、これは社会課題として大きいのではないか」と気づいた瞬間があったのだという。「社会課題を発見するためには、虫の目と鳥の目を意識的に行き来することが、もっと必要なのではないでしょうか」。

一方、安田氏がIU35を2020年に受賞したのは、分散型IDサービスのインフラを構築する取り組みに対してだ。貧困や紛争、迫害などを理由に公的な身分証明書を持てず医療や教育、金融などのサービスにアクセスできない人々に、身分証明手段を提供することを目指して活動している(関連記事)。

「課題のブラッシュアップはここ6〜7年ずっと続いています。だから今私に『どんな課題を解決しているか』を質問されたら、『デジタル世界でデータ流通が起こる際に、大企業が間に入らないと信用が生まれないという問題を解決している』と答えると思います」。長い時間と紆余曲折を経て、デジタル社会におけるトラストの再構築というテーマに至った経緯を話した。

安田氏がこの問題に関心を持った背景には、自身が日本とロシアのミックスであることが関係していたという。「自分は日本人だと思って育ったのに、特に日本で会った人には必ず最初に『どことのミックスなのか』と質問される」ことに対してもやもやした気持ちがあったのだという。加えて生来、人に強く共感する性質の持ち主であることが、1つのテーマに長く取り組み続ける原動力になっていると話した。

イノベーションと倫理

専門家として気候変動問題に取り組んでいる江守氏は、「気候変動によって起こること自体が倫理的に大きな課題になっている」として、「『倫理』について考えていることがあるかお聞きしたい」と2人に質問した。

「先進国の裕福な人たちが二酸化炭素をたくさん排出することによって異常気象が発生し、二酸化炭素を排出していない人たちが被害に遭うという理不尽がなことが起きています。世界的に温暖化を止めようとする動きになり、それに対応するために再生可能エネルギーを増やそうとすると、例えばメガソーラー発電のために乱開発が起き、生態系破壊につながってしまう。将来、ソーラーパネルの寿命が来た後の廃棄の問題もあります」(江守氏)。

江守氏は現在、脱炭素化技術の開発に際してELSI(倫理的・法的・社会的な課題)の視点を織り込むための研究プロジェクトに参加している。

宇井氏らが開発するセンシング技術は、高齢者のプライバシーを「見える化」する技術だ。そのため、「15年くらい前は、介護施設にセンサーやカメラを入れることに強い嫌悪感があった」という。しかし最近は人手不足などから、センサーやカメラが普及が進んでいる。「『見える化』への抵抗感が、良くも悪くも薄れている認識があります」。

安田氏は、「ELSIについて『いつ』考えるかが大事だと思う」と話した。安田氏が取り組む分散型IDの技術は、「まさにマスプロダクションの一歩手前」の段階。「政策立案者とお話しするときには、『ヘルプが必要です』というメッセージを打ち出しています。技術でできること・できないことをある程度理解してもらった上で、政策に反映してもらう必要があります」。

小林編集長は、「イノベーションで何かが変化するときに生じる嫌悪感、例えば倫理もその1つだと思いますが、今までの価値観と違うものへの嫌悪感を納得感に変えていくようなことが、イノベーションを起こして広げていくために必要なことなのではないでしょうか」と指摘した。

こうしたやり取りを受けて江守氏は、「リフレキシビリティ(Reflexivity)とよく言われますが、自分の内側に向ける目線を持っているかどうか。自分がやっていることは、自分の周囲や業界では当たり前のことであっても、そこにバイアスがあるかもしれない。外から見るとどう見えるかをいつも気にしながら考えていくことが重要なことだと思っています」と話した。