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老化研究の歩みから考える
「永遠の命」の意味
Beth Hoeckel
生物工学/医療 Insider Online限定
The bird is fine, the bird is fine, the bird is fine, it’s dead

老化研究の歩みから考える
「永遠の命」の意味

人間の寿命を延ばす研究が花盛りだ。才能ある研究者が続々と参入し、億万長者が熱心に資金を提供している。だが、まだ日陰の存在だった頃からこの分野に取り組んでいた研究者の人生をたどると、永遠の命にどれほどの意味があるのか考えてしまう。 by Jonathan Weiner2023.11.02

私が初めてオーブリー・デ・グレイ博士と出会ったのは20年前のことだ。グレイ博士はメトセラのような顎ひげを生やしている。メトセラとは旧約聖書に出てくる人物で、ノアの祖父であり969歳まで生きたとされる。私が初めて会った当時から、グレイ博士は永遠の命を実現する方法が見つかると盲信していた。しかし、当時グレイ博士はまだ良くも悪くも名が知られておらず、「あのオーブリー」ではなかった。その後まもなくすると、抗老化(アンチエイジング)に熱心な集団からファンが現れ、「あのオーブリー」と認知されるようになった。そして彼は、当時はまだ世間からひんしゅくを買う存在ではなかった。

その当時、グレイ博士は英国ケンブリッジ大学遺伝学部でコンピューター・プログラマーとして働いていた。本業の片手間に、グレイ博士は当時はまだマイナーだった老化分野に足を突っ込もうとしていた。老化分野の研究者の多くはグレイ博士がいなくなることを願っていた。研究者たちは、健康寿命を数年伸ばすことしか頭になかったのだ。彼らはメトセラや怪僧ラスプーチンのような風貌をした弁舌巧みな部外者が学術会議に現れ、朝から晩までビールをあおり、人間は1000年以上生きられる可能性があると主張するのが耐えられなかった。そして、長寿科学は当時まったく信用のない分野だった。

私にとって最近の著作である『寿命1000年―長命科学の最先端(原題:Long for This World )』(早川書房刊)のページをパラパラめぐりながら、グレイ博士との出会いを描写した箇所を探している。2002年3月の太陽が明るく輝く朝のことだった。私は車でフィラデルフィア国際空港までオーブリーを迎えに行き、当時私が住んでいたペンシルベニア州の町まで連れて行った。その後数日は、書斎でインタビュー漬けの日々を送った。科学は老化を止めることが可能であり、そうすべきだとオーブリーが私を納得させようとしていた間、私たちは階段を下りて台所に入ることがよくあった。オーブリーが気付け薬のようにビールを飲んで元気を出していたからだ。冷蔵庫のそばで息子2人が私たちと鉢合わせると、オーブリーは息子たちを相手に大演説を始め、「君たちには数百年、数千年、運が良ければもしかするとそれ以上生きられるチャンスが十分あるんだよ」と語りかけていた。息子たちは当時、14歳と17歳だった。大演説を聞いた二人はすでに不死身になった気がしていた。息子たちは永遠の命が実現すると信じるオーブリーの話を喜んで聞いていた。

すっかり夢中になったのだ。少年だった2人の息子たちはもう30代になり、私はあっという間に70歳になってしまった。

『寿命1000年』のページをパラパラめくるだけで、私はイライラしてくる。(印刷から12年が経ち、劣化している。明らかに長持ちする中性紙ではない)ページにざっと目を通すだけでも、年を取ってひどく怒りっぽくなったような気がする。当時は永遠の命など信じていなかった。現在も信じてなどいない。しかしオーブリーのような筋金入りの信者は、もう一度説得すれば相手は必ず納得すると常に信じている。本を読むと、何度も何度も私を納得させようとするオーブリーの様子が書かれている。平凡な作家としていろいろと後悔はあるが、特に不老長寿学のくだりを読み返すと自分が年を取ったと感じてしまう。

高度な知性なるものが、相反する2つの考えを同時に頭の中に保持する能力だとすれば、老化に関してはほとんどの人は何度でも「天才」と言えることになるだろう。私たちは、老化は自分には訪れないと思う。訪れるかもしれないが、止まると思う。そして、確実に訪れるだろうが、自分にはどうすることもできないとも思う。

老化を先延ばしするというアイデアに私が興味を抱くようになったきっかけは、偉大な分子生物学者シーモア・ベンザー博士と出会ったことだ。ベンザー博士は夜型人間だった。その当時私はベンザー博士に関する本を執筆中だった。1990年代後期に、カリフォルニア工科大学の自身の「ハエ部屋」で声を潜めて秘密めいた口調で、老化について語ってくれた。夜中の3時にハエの入った瓶1000個に囲まれた部屋で我々2人だけの会話だった。ベンザー博士が真剣な表情で、ひょっとすると老化を食い止めることができるかもしれないと言うのを聞いた時、仰天したのをよく覚えている。

老化を食い止める可能性に言及したのはベンザー博士だけではなかった。カリフォルニア大学サンフランシスコ校のシンシア・ケニヨン教授は、線虫カエノラブディティス・エレガンス(Caenorhabditis elegans)の老化に関する研究に没頭していた。1993年にケニヨン教授は平均的なカエノラブディティス・エレガンスの2倍長生きする突然変異体を発見したと発表した。この変異体は見た目が若く、死ぬまでつやがあった。マサチューセッツ工科大学(MIT)では、レニー・グアレンテ教授が酵母が老化する原因となる遺伝的特徴の研究に没頭していた。彼も何らかの発見をすると思われた。ベンザー博士は77歳を迎えた1998年に、ミバエの突然変異体を見つけ出したと発表し、メトセラと名付けた。このミバエの変異体メトセラは100日間生きることもあった。ベンザー博士が瓶に入れて飼育していたミバエの平均寿命は約60日だった。

突然変異したハエ・線虫・酵母の遺伝子と共通点の多い異形が、ヒトを含め地上で暮らすあらゆる生物から発見されている。こうして当初発見されたいわゆる長寿遺伝子から研究を始め、それらの遺伝子の関連を解明すれば、分子生物学者たちは言ってみれば生物時計の仕組みを研究できる可能性がある。分子生物学者たちが生物時計の針の動きを遅らせようと望む日が来るかもしれない。

そうした希望または仮説(現在はまだ仮説にすぎない)を基盤として、老化分野の研究が爆発的に増えた。ベンザー博士がメトセラを発表した1年後の1999年にグアレンテ教授とケニヨン教授がエリクサー・ファーマシューティカルズ(Elixir Pharmaceuticals)を共同で創業した。2人はとりわけ長寿遺伝子(老化のプロセスに関係するタンパク質)を研究・活用する計画を抱いていた。2004年にはグアレンテ教授の教え子でハーバード大学医学大学院の教授であるデイヴィッド・シンクレアがサートリス・ファーマシューティカルズ(Sirtris Pharmaceuticals)を共同創業し、エリクサー・ファーマシューティカルズと競合することになった。2013年にはグーグルが研究開発企業のカリコ(Calico)を発足させ、数億ドルの予算を有するとされた。ケニヨン教授はカリコで老化研究担当の副社長を務めている。

頭脳明晰で才能ある人物たちが、新たに老化分野に押し寄せたが、その中に天才ローラ・デミングがいる。デミングは8歳の時、老年生物学に魅了された。彼女はニュージーランドで生まれ育ったが、通学せずに親から教育を受けていた。祖母が訪ねてきたとき、関節炎でひどく苦しんでいる様子を見て悲しくなった。12歳の時、ローラはカリフォルニア大学サンフランシスコ校のケニヨン教授率いる研究所の一員となり、14歳でマサチューセ …

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