2020年のことを思い出してほしい。新型コロナウイルスの影響が次第に広がっていった時期のことだ。命に関わる可能性のあるこの病気から身を守るために、私たちはマスクを着用し、触れたものすべてを消毒し、他人との距離を置くしかないと警告されていた。
だが、ありがたいことに、その裏ではもっと効果的な予防法の準備が進んでいた。科学者たちは、まったく新しいワクチンを異例の速さで開発していたのだ。1月には新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の塩基配列解読が終わり、3月にはメッセンジャーRNA(mRNA)を使ったワクチンの臨床試験が始まった。年末までには米国食品医薬品局(FDA)がワクチンの緊急使用許可を出し、ワクチン接種が本格的に始まった。
米国ではこれまでに6億7000万回分以上のワクチンが人々に行き渡っている。
新薬としては驚異的なスピードだ。実現できたのは、長年にわたる中核技術の研究があったからだ。科学者や企業は、何十年も前からmRNAを利用した治療法やワクチンの開発に取り組んでいた。最初に実験的な治療法が試されたのは1990年代のことだ。げっ歯類を対象とした実験で、糖尿病やがんなどの病気を治療しようとするものだった。
mRNAワクチンは、ウイルスの一部を人体に注射するという方法に依存しない。その代わりに遺伝子コードを注射し、人体がそのコードを使って関連するウイルスのタンパク質片を自分で作れるようにする。この方法は全工程において、ウイルスの一部を使用する方法よりもはるかに迅速かつ簡潔なものだ。例えば、実験室でウイルスを培養する必要はなく、それらのウイルスが作るタンパク質の精製も必要ない。最初に承認されたmRNAワクチンは新型コロナウイルスに対するものだったが、他の多くの病気に対しても同様のワクチンの開発を模索する動きがある。マラリア、HIV、結核、ジカ熱などは、その可能性のあるほんの一部だ。
mRNAワクチンは、個々の患者に合わせたオーダーメイドのがん治療にも使えるかもしれない。がん治療の場合、体内の腫瘍細胞を攻撃するように設計された特定の免疫反応を誘発する手法が考えられている。
承認された2種類の新型コロナワクチンのうちの1つを開発したバイオテクノロジー企業であるモデルナは、RSV(RSウイルス)、HIV、ジカ熱、EBV(エプスタイン・バー・ウイルス)などをターゲットとするmRNAワクチンの開発を進めている。もう1つの新型コロナワクチンをファイザーと共同で開発したバイオンテック(BioNTech)は、結核、マラリア、HIV、帯状疱疹、インフルエンザのワクチン開発に向けて研究を進めている。両社ともに、がんの治療法開発にも取り組んでいる。そして、他の多くの企業や大学の研究室も、この動きに同調し始めた。
自家製ワクチン
メッセンジャーRNA自体は、人体に入るとDNAによって読み込まれ、タンパク質を作り出すのに使われるらせん構造の遺伝子コードである。実験室で作られるワクチン用のmRNAは、特定のタンパク質をコードする(特定のタンパク質を作るための情報を持たせる)ことができる。免疫系に認識させるように訓練したいタンパク質だ。新型コロナウイルス・ワクチンの場合、病気の原因となるSARS-CoV-2ウイルスの外殻に存在するスパイク・タンパク質がコードされている。このmRNAは、脂質ナノ粒子という小さな粒子状の膜の中に収められる。体内に無事に送り届けるためだ。
mRNAを使ったワクチンの研究にいち早く取り組んできたペンシルベニア大学のカタリン・カリコ非常勤教授によれば、このワクチンは安価かつすばやく、簡単に作れるという。また、非常に効率的でもある。「mRNAを細胞に入れると、30分後にはもうタンパク質が生成されています」と、カリコ教授は言う。
そのようなタンパク質に一度 …