10 Breakthrough Technologies 2017: Practical Quantum Computing 実用的な量子コンピューティング
グーグルやインテルなどの研究グループの成果が、これまでにない力を秘めたコンピューターの開発に王手をかけている。
by Russ Juskalian 2017.02.23- 実現時期
- 4~5年後
オランダの研究機関キューテック(QuTech)には、量子コンピューティング分野で世界をリードしている研究所がある。外見は冷暖房システムのテスト施設にそっくりで、デルフト工科大学にある応用科学棟の閑静な一角にひっそりと立っており、人影はない。内部に鳴り響く共振波の音はまるで電気仕掛けのキリギリスを詰めこんだようだ。内部は断熱加工されたチューブの束やワイヤー、制御装置だらけ。制御装置は青い巨大なシリンダーに取り付けられており、シリンダーは3、4本の脚で支えられている。
青いシリンダー内は、加圧された冷凍庫のような状態だ。ナノワイヤーや半導体、超伝導体が絶対零度すれすれまで冷却されており、通常とは異なる量子力学的現象が起きている。物理学の限界点といえる温度で固体の物質が変化した「準粒子」の特有な振る舞いは、量子コンピューターの重要な構成要素としての素質を秘めている。キューテックが実現に向けてまい進している量子コンピューターは、数年のうちに暗号化や物質科学、医薬品研究、人工知能分野を一新させる可能性を秘めている。
量子コンピューティングはブレークスルー・テクノロジーの候補に毎年選ばれてきたが、毎年「まだ実現はしない」との結論を下してきた。確かに何年間も、キュービットや量子コンピューターについては論文の発表と、実現可能性を探るための、ちまちました実験がされるばかりだった(カナダのD-Waveは一時、特殊なテクノロジー「量子焼きなまし法」による機械を「量子コンピューター」として販売していた。懐疑論者によれば、量子焼きなまし法を計算に活用できる場合はごく限られており、古典的なコンピューターと速度面での優位性はない)。しかし今年は、理論上の設計をもとに多くの装置が実際に開発されている。さらに以前と違うのは、企業からの資金提供が増えていることだ。グーグルやIBM、インテル、マイクロソフトなどの企業が、研究だけではなく、量子コンピューター開発に必要なマイクロエレクトロニクスや複合回路、制御ソフトウェアといった関連技術の開発に資金を提供するようになった。
デルフト工科大学のプロジェクトは、最近マイクロソフトに雇われたレオ・カオウェンホーヘン教授が主導しており、その狙いは量子コンピューター開発に長らく立ちはだかってきた壁を越えることにある。量子情報の基礎単位であるキュービットはノイズに非常に弱く、エラーを起こしやすい性質があるのだ。キュービットが使いものになるには量子重ね合わせ(ふたつの物理的状態が同時に存在している状態)と量子もつれ(1組のキュービットがリンクしており、物理的に離れていても一方に起きた変化が瞬時に他方に影響する状態)が両方とも起きていなければならない。しかしこの状態は非常にデリケートなので、振動や電界の変動といったごく些細な出来事で簡単に乱されてしまう。
量子コンピューターを開発で、研究者は長らくこの問題に取り組んできた。量子コンピューターが実現すれば、今ある最高のコンピューターでもかなわないほどの複雑な問題を解けるようになる。カオウェンホーヘン教授のチームがいま作ろうとしているキュービットには、自らを保護する機能が本来的に備わるという。ちょうどロープの結び目のようなもので、カオウェンホーヘン教授は「ロープを曲げても引っ張っても何をしても」結び目はそのままで「情報に変化はない」という。そのような安定性が実現すれば、エラーの修正に割かれていた計算能力を大幅に削減できるため、量子コンピューターの規模を拡大できる。
カオウェンホーヘン教授の研究の基礎は、2012年に発見されたばかりのあるユニークな準粒子を操作することだ。他にも目覚ましい成果がもたらされようとしている。同じ研究所に所属するリーフェン・フォンドーシャイペン研究員はインテルの支援のもと、従来のシリコンウェーハ上に量子回路を作り出す研究をしている。
- 実用的な量子コンピューティング
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- ブレークスルー 量子コンピューターの基本単位「キュービック」の安定化。
- なぜ重要か 量子コンピューターは人工知能プログラムの実行、複雑なシミュレーションやスケジューリング問題の処理速度を指数関数的に高速化できる。さらに解読不可能な暗号の生成すらできるようになる。
- キー・プレーヤー キューテック、インテル、マイクロソフト、グーグル、IBM
- 実現時期 4~5年後
量子コンピューターが力を発揮する分野は、大きな数の因数分解(現在の暗号テクノロジーで生成された暗号の多くを解読でき、さらに解読不可能な暗号を生成できる可能性さえある)、複雑な最適化問題の解決、機械学習アルゴリズムの処理だ。誰もまだ想像もしていない活用法もあるだろう。
とはいえ、よりよい活用法はすぐに見つかるだろう。これまでに、完全にプログラム可能な5キュービットの量子コンピューター、比較的脆い10~20キュービットの試作型が製作されてきたが、どちらもできることは限られる。ただしグーグルの量子コンピューティング研究のリーダー、ハーマット・ネベンは1年以内に49キュービットの量子コンピューターの開発を目指しているという。50キュービットに近いこの数字が選ばれたのは意味がある。「量子超越性(quantum supremacy)」と呼ばれるある種の区切りを超える、量子コンピューターの演算能力を従来のなスーパー・コンピューターで再現しようとしても、メモリー量や通信帯域幅の指数関数的増加を処理しきれず、量子コンピュータだけが可能な域に達するのだ。つまり、今ある最高のスーパーコンピューターは5~20キュービットの量子コンピューターには追いつけるが、約50キュービットとなると物理的に追いつけなくなるのだ。
これまでに話を聞いた研究期間と企業の研究者の全員が合意したのは、キュービット数が30~100の間、とりわけ十分安定して長時間の計算を幅広くできるキュービット数に至れば、量子コンピューターに商業的価値が出てくるという。早くも2~5年後には、そのようなコンピューターが市販されている可能性が高い。最終的に10万キュービットもの量子コンピューターが出現すれば、物質科学や化学、医薬品業界は新素材や新薬研究の際に正確な分子スケールのモデルを活用できるようになり、業界は激変することだろう。さらに100万キュービットという、活用分野を探すのも難しいほどのものは現れるだろうか? ネベンは考えられることであり「10年以内には実現するでしょう」と述べた。