15年余り前、京都大学の研究チームが驚くべき発見をした。皮膚細胞にわずか4種類のタンパク質を加えて2週間ほど置くと、細胞の一部が予想もしなかった驚くべき変化を遂げた。そう、若返ったのだ。これらの細胞は、生命の旅を歩み始めたばかりの数日齢の胚と同一に近い、幹細胞へと変化したのである。
研究者たちはこの手法を用いることで、少なくともシャーレ内では、101歳の老人から採取した枯れ果てた皮膚細胞を、全く老化していなかったかのように若返らせることができるのだ。
そして現在、このいわゆる細胞リプログラミングの研究や実験が10年以上にわたり繰り返されてきた。その結果、いくつかのバイオテック企業や研究機関は、このプロセスこそ若返りへの画期的な新テクノロジーを切り開く糸口となり得るものだ、と主張している。科学者たちが言うには、実験動物に一定量のリプログラム化タンパク質を投与することによって、その動物、あるいは少なくとも臓器の一部が若返るという証拠が得られつつあるという。
このアイデアを支持する中心的存在のひとりであるリチャード・クラウスナー博士は、2022年6月にサンディエゴで開催されたチケット1枚が4000ドルもする豪華なリトリート会議に登壇し、病気のマウスが実験的治療を受けて回復したという未発表の実験データを一部披露した。
クラウスナー博士はまさに、老いた動物を「若返らせる」手法である「医学的若返り」を売り込んでいたのだ。彼は、シリコンバレーの超富裕層とペルシャ湾のオイルマネーから30億ドル以上の資金を調達して作られた、新たな研究会社アルトス・ラボ(Altos Labs)の創業者であり主任研究員だ。クラウスナー博士と出資者らは、100万ドル以上の給与を提示してトップ科学者を数十人も集め、同社が目下「若返りプログラミング」と称しているテクノロジーの研究に従事させた。
この手法は、少なくとも部分的にはエピゲノムと呼ばれるものを初期化することで成り立っているようだ。エピゲノムとはDNA上にある化学的なマーカーで、細胞内でどの遺伝子をオンにするか、あるいはオフにするかを制御するものだ。老化に伴い、こうしたマーカーの一部は誤った位置に移動してしまう。そして、リプログラミングとは、このエピゲノムを元に戻すことができるテクノロジーだ。しかし、リプログラミングは細胞を危険な状態に変化させたり、ひいてはがんを引き起こしたりする可能性もある。
アルトス・ラボの目的は、この現象を制御・解明することにあり、最終的には治療法として応用し、さまざまな病気を元通りに治すことにある。クラウスナー博士によれば、それは実現可能かもしれない。なぜなら、若い細胞には古い細胞にはない回復力があり、生物学的ストレスを跳ね返すことができるからだ。そしてクラウスナー博士は、この手法がすでに成功しつつあることを示唆するデータも持っている。講演の中で、彼は「極秘」と記されたスライドを示し、太ったマウスが治療後に糖尿病から回復したこと、別のマウスは通常なら致死量レベルの鎮痛剤に耐えることができたこと、などを訴えた。これらはすべて、医学的若返り薬を適量与えたことによるものだという。
「時間は巻き戻せるものだと思ってます」とクラウスナー博士は会場に呼びかけた。
クラウスナー博士は、米国国立がん研究所の元所長で、ゲイツ財団のグローバルヘルス担当責任者も務めてきた。がん専用血液検査会社のグレイル(Grail)など、現在注目されている数々のバイオベンチャーを立ち上げてきたやり手でもある。しかし、同博士にとってすら、若返りは途方もなく野心的なテーマだ。というのも、細胞をより若く、健康的に、回復力の高い状態にすることができれば、多くの病気を一挙に予防できる汎用的な方法を得られるかもしれないからだ。「これは適確医療とは対極にあるアプローチです」とクラウスナー博士は説明する。
若返りの泉
確かに、「若返り」という言葉には、かつての侵略者たちが追い求めた伝説や高級フェイスクリームのボトルに書かれたキャッチコピーのように、どこか怪しげな響きがある。しかし若返りという現象は、よく見れば私たちの身近に溢れ返っている。両親の年月を重ねた精子と卵細胞から毎年何百万人もの赤ん坊が誕生している。動物のクローンもその一例だ。バーブラ・ストライサンドが14歳の愛犬のクローンを作らせたところ、その口と胃の細胞が元気な2匹の子犬として生まれ変わった。これらの例は、細胞が老化から若返りへとリプログラミングされたものであり、まさにアルトス・ラボのような企業が、手中に納めて瓶詰めにし、いずれは販売までしたいと考えている現象なのだ。
現在のところ、このような未来の治療法がどのようなものとなるか、はっきりとしたイメージを抱けている者は誰もいない。ある者はDNAに組み込む形の遺伝子療法になると言い、またある者は同様の働きをする薬剤の発明が可能であると言う。このテクノロジーを支持する科学者のひとりで、ハーバード大学で老化研究室を率いているデイビット・シンクレア教授は、このテクノロジーによって人類は今よりずっと長く生きられるようになると言う。同教授は前述のカリフォルニア州で開かれたイベントで、「いつの日か、病院に行って10年前に戻る薬を処方してもらうことが普通になるだろうと予想しています」と語っている。「人間が200歳まで生きられない訳がありません」。
このような主張には懐疑的な意見が多い。批判する者たちは、膨れ上がった誇大広告、暴走するエゴ、根拠の不確かな科学であると見ている。しかし2022年には、そのような疑念の声は殺到する投資家たちの足音によってかき消された。投資の対象となったのは、スタートアップ企業としてはおそらくバイオテック史上最高額となる30億ドルもの資金を調達したアルトス・ラボだけはない。暗号通貨長者でコインベースの共同創業者であるブライアン・アームストロングは、自身のリプログラミング企業であるニューリミット(NewLimit)に1億500万ドルを出資した。彼によると、同企業のミッションは「人間の健康寿命を極限まで延ばす」ことにあるという。また、「人間の健康寿命を10年延ばす」ことを目標に掲げるレトロ・バイオサイエンシズ(Retro Biosciences)は、1億8000万ドルを調達した。
こうした巨額の投資は、老化の原因について科学者の間でまだ意見が分かれている状況にもかかわらず、進められている。実際、老化がどの時点から始まるかについてさえ、いまだ統一した見解は得られていない。受精時から始まるという者もいれば、出生時や思春期以降に始まるという者もいる。
しかし、このような未知の部分は、リプログラミング現象をなおさら魅力的なものにしている。クラウスナー博士は、リプログラミングがどのように機能するのか、その詳細は依然として「全くの謎」であることを認めている。だが、そのこともまた、このアイデアに対する唐突な投資ラッシュの一因となっているようだ。もし、ゲノムの中に「若さの泉」があるとすれば、それを最初に発見した者は、医学を根本から変え、老齢期特有の様々な病気 …