「永遠に生きたいのは誰だ?」
フレディ・マーキュリーの不朽の名台詞がスピーカーから流れ、青いライトが会場を包み込み、目の前のステージから煙のような霧が立ち込める。ここに集まっている人々から判断すると、フレディの問いに対する答えは「メガリッチ(超富裕層)」ということになりそうだ。
2022年9月末、私はスイス・アルプスのスキーリゾート地であるグシュタードを訪れていた。「長寿投資家会議(Longevity Investors Conference)」に参加するためだ。2日間にわたるこのイベントでは、科学者やバイオテック企業の創業者らが、健康でいられる年数を延ばすためのさまざまな手法について発表した。大半は、裕福な投資家を取り込もうとしていた。
主催者によると、このカンファレンスには150人が集まったが、そのうちの120人は数百万ドル、あるいは数十億ドルを自由に使える投資家で、少なくとも100万ドルを長寿プロジェクトにつぎ込む用意がある人たちだそうだ。この基準を満たさなかったために、4500ドルのチケットの購入を拒否された参加希望者がたくさんいたと、イベントの共同主催者が教えてくれた。
このカンファレンスは、私が今まで参加してきたどの学術会議とも異なっていた。すばらしいロケーション。絶品の料理。逸話付きのシャンパン——。カンファレンスは、世界的に裕福な国にある最高級のホテルで開催されたというだけでなく、誇大広告と自己実験の温床でもあった。
科学者がプレゼンテーションの前に「長寿トレーニング」で汗を流すのも、参加者がセッションの合間に腕立て伏せをするのも、私には初めて目にする光景だった。多くの参加者は、毎日何袋もの錠剤を飲んでいる人たちであった。すべて、健康寿命を延ばしたいという願いからだ。カンファレンスの冒頭でホテルの共同経営者がこう言った。「数百歳まで美味しくワインを飲み続けることに乾杯!」
問題は、そこに富裕層向けホテル経営者による乾杯の音頭以上の意味があるのか? ということだ。この分野では科学的なエビデンスを提示しようとする試みが続く中、実際に人間に効果があるという根拠に乏しい「アンチエイジング(抗老化)治療」が続々と市場に登場している。何十億ドルという投資家の資金(その一部は倫理的に疑わしい資金源からのものだ)は、あらゆる人にとって有益となり、しかもエビデンスがある延命策への具体的な道筋を示せるのだろうか?
長生きすること
美しく飾られた食卓で「若返りディナー」のメニューに目を通す。メインディッシュは地元の仔牛のステーキとキノコのパイから選べる。ここで、私は隣のテーブルが騒がしいことに気づく。立ち上がって様子を窺うと、ナプキンのようなものに身を寄せている男たちが見えた。一人は自分の手を切り、血の滴を絞り出しているところだった。
私の隣に座っているゴーディアン・バイオテクノロジー(Gordian Biotechnology)の最高科学責任者(CSO)であるマーティン・ボルヒ・イェンセンによると、彼はおそらく自分の生物学的年齢を推定するための何らかの検査をしているのだそうだ。典型的な夕食の席での振る舞いとは言えない行為だ。このような高級店では特にそうだろう。しかし、気にしている様子の人はほとんどいない。高級ホテルのレストランで食事をしている最中でも、セルフ検査や実験をするのは、このグループの中ではごく普通のことなのだ。
ここ数十年の間に、科学者は研究所で酵母やミミズ、さらにはマウスやその他の動物の寿命を確実に延ばす方法を多く発見してきた。例えば、「ラパマイシン」という薬はもともと臓器移植を受ける人の免疫を抑制するために使われていたものだが、実験用マウスの平均寿命をおよそ25%延ばすことができる。古くなって消耗した細胞を取り除く治療法にも同様の効果がある。また、老いたマウスに10代の人間の血液を注射しても、若返りを起こせるようだ。
これらの手法は、マウスの死をただ遅らせるだけではない。健康寿命を延ばし、老化に伴う病気を未然に防ぐのに役立つのだ。「老化生物学は、複数の疾患を抑制するための手段です(中略)その場しのぎの医療よりもはるかに効果があるでしょう」。前出のボルヒ・イェンセンCSOは言う。彼の会社が注力しているのは、老化に伴う疾患の治療薬の開発だ。
この場にいる誰かに若さを保つためにしていることを尋ねると、冷水浴や高強度運動から、処方箋が必要な医薬品とサプリメントの組み合わせにいたるまで、誰もが長いリストを挙げて回答するだろう。
中には、低酸素の空気の吸引を試している人もいる。私は会場でそのデバイスの1つを試させてもらった。たまたま交流やドリンクの注文に使われる部屋の真ん中に設置されていたものだ。シャンパン・グラスを片手に、顔にマスクをつけて寝そべっている人たちの周りを歩くのは、少し変な感じがした。「何かの宇宙船のようですね」とボルヒ・イェンセンCSOは言った。
カンファレンスの共同主催者であるトバイアス・ライトムートにも、若さを保つための独自のリストがある。ライトムートは、友人であり長年の協力者であるマーク・バーネガーと共同で、長寿バイオテック企業を支援する組織「マキシモン(Maximon)」を2020年に設立した。
ライトムートの会社は、今後4年半で1億スイス・フラン(約1億600万ドル)を投資する予定だ。ライトムートには、120歳まで生きるという個人的な目標がある。2016年以降にかなり体重を落としたのだという。ライトムートが実践しているのは、植物性食品を中心とした食事、十分な運動、断続的な断食だ。私は午前のハードな長寿トレーニングの際にライトムートを見かけた。このトレーニングの後には、私は足に力が入らなくなっていた。私が足を引きずりながらホテルへと戻る間、朝のランニング中だった彼は笑顔で手を振りながら軽やかに私の横を通り過ぎた。
ライトムートはサプリメントも飲んでいる。彼が毎日摂取しているものの中には、細胞にエネルギーを供給するのに役立つNAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)のレベルを上げるサプリメント、NMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)が含まれている。また、彼は自身が「ブースター」と称するサプリメントも摂取している。このブースターにはレスベラトロール(ポリフォノールの一種)が含まれている。ベリー類や、よく知られているように昔からアンチエイジング効果があると言われている赤ワインに含まれる化学物質である。どちらも長寿のためのサプリメントとして販売されているが、人間を長生きさせるという決定的なエビデンスはない。
サプリメントは医薬品と同じようには規制 …