EVに後ろ向きだった米国郵便公社、重い腰を上げて本格導入へ
米国郵便公社は配達用車両としてかなり古いガソリン車を使用していることで、多くの批判を浴びてきた。大統領が電動車両の導入を促しても、後ろ向きなままだった。さまざまな支援策や、地域自治体からの圧力などを受けて、ようやく電気自動車の本格導入に向けて一歩踏み出した。 by Casey Crownhart2023.02.27
米国郵便公社(USPS:United States Postal Service)がついに電動車両への切り替えに踏み切ろうとしている。発表によれば、USPSは現時点から2028年までの間に、少なくとも6万6000台の電動配達車の導入を計画している。2026年以降に購入する車両はすべて電気自動車(EV)になるという。合計でおよそ100億ドルを投じ、保有車両の電動化を進める。
ここに至るまでの道のりは長かった。絶えず浴びせられる批判、米国環境保護庁(EPA)からの手厳しい書簡、大統領の嘆願、および16州からの訴訟。USPSに新しいガソリン・エンジン配達車の購入中止を約束させるためには、こうした多くの動きが必要だった。
保有車両をEVに切り替えるUSPSの計画の中身を覗き、ここに至るまでに必要だったことを振り返ってみよう。また、今回は2022年に公開されたMITテクノロジーレビューの気候関連記事の中から、記者のお気に入りの記事をいくつかまとめて紹介したい。
当然の選択
2020年の時点で、輸送部門は米国における単独で最大の気候変動要因であり、その温室効果ガス排出量は全体の27%を占めている。米国連邦政府は65万台という世界最多の台数の車両を運用しており、その約3分の1がUSPSの車両だ。
ジョー・バイデン大統領が掲げるEV化計画は、連邦政府の保有車両をターゲットの1つとしており、連邦政府が2035年以降に新規購入する車両はすべてEVにするとの目標を設定している。小型車については2027年までにこの目標を達成するという。
だが、USPSは歩調を合わせようとしてこなかった。バイデン政権がEVへの移行と排出量削減の計画をアピールしているにもかかわらず、USPSは化石燃料車の購入に固執しているように見えた。USPSが2021年に発表した最初のトラック買い替え契約では、EV比率はわずか10%だった。
郵便用のトラックは、なんとしてもアップグレードする必要があった。現在、道路を走っている多くのトラックが30年近く前のものである。それらをEVに置き換えるのは、当然の動きだ。
EVは温室効果ガスの生涯排出量がガソリン車の半分以下に抑えられることに加え、多くの場合、生涯コストもガソリン車に比べて安い。メンテナンスもより簡単だ。長距離トラック輸送など、バッテリー駆動のEVが苦手とする用途もあるものの、郵便配達の場合は夜間に中心拠点に戻って充電できるため、EVにぴったりだと言える。
USPSがそのことを理解するには時間がかかった。この物語を始めから振り返ってみよう。
- 2021年1月:ジョー・バイデン米大統領が、連邦政府の保有車両のEV化を計画するよう求める大統領令に署名。
- 2021年2月:USPSがオシュコシュ・ディフェンス(Oshkosh Defense)に「次世代配達車」の製造契約を発注。USPSのルイス・デジョイ総裁が議会証言で、契約車両のうちEVはわずか10%であることを明かし、その理由としてコストが高いことを挙げる。
- 2021年3月:USPSとその計画に対し、批判が起こり始める。その後数カ月にわたり、USPSに対するEV化支援のための追加資金提供について、議員たちの議論が続く。
- 2021年10月:バイデン大統領が1兆7500億ドルの支出法案を提出。その中にはUSPSに対するEV購入支援のための60億ドルが含まれていた。この資金支援に関する協議が膠着状態に陥る。
- 2022年2月:連邦政府保有車両のEV化に関する別の大統領令が出されたことを受け、米国環境保護庁とホワイトハウス環境品質会議が共にUSPSへ書簡を送り、計画を再考して将来の保有車両にもっとEVを組み入れることを強く促す。
- 2022年3月:USPSが新たな配達車両の第1弾を発注。USPSの発表では5万台のうち20%以上がEVになるとされ、以前に目安として示されていた10%を上回る。
- 2022年4月:カリフォルニア州のロブ・ボンタ司法長官が、郵便車両が運行地域の空気を汚染しているとして、USPSに対し訴訟を起こす。ほかにも15の州といくつかの主要都市がこの訴訟を支持する。
- 2022年7月:USPSが再び計画を修正。オシュコシュ・ディフェンスから購入する5万台の車両のうち、少なくとも50%がEVになる。USPSは、ほかの新規車両購入計画も含め、新たな車両全体の少なくとも40%がEVになるとの「見込み」を示す。
- 2022年8月:インフレ抑制法が可決されて成立し、USPSに対するゼロエミッション車の購入と充電インフラ構築のための資金30億ドルが確保される 。
- 2022年12月:USPSが、契約する6万台のうち、2026年以降のすべての納車分を含め4万5000台以上をEVにするという声明を発表。EVの勝利。
記事の都合上、年表はごく短い要約にまとめているが、これまでの道のりがいかに長いものだったかが分かるだろう。
なお、このコミットメントは新規車両の購入に対してのみである。USPSが今後数年間で購入する予定のガソリン車が何年も走り続けるだろうから、USPSの保有車両がすぐに完全なゼロエミッションになるわけではない。
とはいえ、USPSがEVに移行することは、大きな勝利とみなすことができるだろう。
2022年の振り返り
2022年は、MITテクノロジーレビューの気候関連の報道でも、気候分野全般にとっても、とても忙しい一年だった。いくつか簡単に振り返ってみよう。
まず挙げられるのが、イノベーションが健在だったことだ。MITテクノロジーレビューでは毎年、「ブレークスルー・テクノロジー10」のリストを発表しており、これは常に私のお気に入りの仕事の1つである。2月に発表された2022年のリストには、気候に関連する項目が3つ(!)入っていた。
- 送電網向け「長持ち」蓄電池: 安価な蓄電池は、太陽光発電や風力発電のような間欠的に動作する発電源が動作していない時間帯に、送電網で需給バランスを調節するのに役立つ。
- 実用的な核融合炉:複数のスタートアップ企業が、新世代の小型で(比較的)安価な核融合炉の実現に向けて前進している(彼らが開発を進めている核融合炉は、最近の核融合炉の報道に登場する類のものとは異なる)。
- 二酸化炭素除去工場 :直接空気捕捉は、すでに排出されてしまった二酸化炭素の一部を浄化するのに役立てることができる。
気候関連スタートアップやベンチャー・キャピタルにとって、2022年は確かにすばらしい年だった。だが、一部のテクノロジーについての見通しはそれほど楽観的ではいられないかもしれない。
- 安価な合成燃料の話は出来すぎていて、真実ではないように聞こえる。だが、真実かもしれない。
- 同様に、気候変動対策としてコンブを活用しようとするスタートアップ企業もある。
- 電気飛行機もなかなか軌道に乗らない可能性がある。
ポジティブな面としては、インフレ抑制法が可決され、気候およびエネルギー関連の支出に3700億ドルという前例のない予算が確保された。
2022年の夏から秋にかけては、世界各地で未曾有の気候災害が発生した。パキスタンで発生した洪水では1000人以上の死者が出て、何百万人もの人々が移住を余儀なくされた。中国を襲った熱波は、EV充電インフラの弱点を明白に見せつけた。
しかし、災害と並行して気候変動対策も勢いを増した。例えば国連の気候会議において、気候変動に対して脆弱な国への資金支援に関して合意が得られた。
最後に、MITテクノロジーレビュー(米国版)がいくつか取り上げてきた、気候テクノロジーにおける刺激的な進歩についても触れておこう。蓄電池の新しいリサイクル手法を取り上げて以来、非常に多くの出来事があったように感じる。溶融塩電池から、国連の気候変動会議、遺伝子改変によってより多くの二酸化炭素を吸収するようになった農作物、そしてプラスチックの新しいリサイクル法など、さまざまな話題を提供してきた。2023年はどんなニュースを取り上げることになるか、期待してほしい。
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気候変動関連の最近の話題
- スタートアップのコダマ・システムズは、山火事の燃料となるバイオマスを集めて地下に埋め、二酸化炭素を閉じ込めることを計画している。同社はビル・ゲイツのブレークスルー・エナジー・ベンチャーズ(Breakthrough Energy Ventures)などから660万ドルを調達した。(MITテクノロジーレビュー)
- 生物多様性に関する国連会議が2022年の年末に合意に達した。各国代表者らは、2030年までに生物多様性にとって最も重要な陸地および海洋の30%を保護する目標に同意した。条約への参加国はおよそ200カ国に上る。注目すべきは非参加国は?米国だ。(AP通信)
→ 資金支援が盛り込まれたことも、この会議の重要な成果の1つである。(カーボンブリーフ) - ある洋上風力発電の開発会社が、コストの上昇を理由にマサチューセッツ州でのプロジェクトを延期している。この動きが、同州最大の洋上風力発電所の1つに影響を与える可能性がある。(ボストン・グローブ)
- → 最近入札が行われたカリフォルニア州の洋上風力発電プロジェクトは、タービンを浮かせる必要性があるため、さらにコストが高くなるかもしれない。(MITテクノロジーレビュー)
- スープ投げ、走行距離不安症、そしてもちろん、IRA(Inflation Reduction Act:インフレ抑制法)。これらのキーワードと、2022年の気候関連ワードをチェックしよう。(グリスト)
- ワシントン州の重要なアルミニウム工場を再開するための交渉が失敗に終わろうとしている。その原因は?十分な量の安価な再生可能エネルギーがないからだ。(ワシントンポスト紙)
- NPR(米国の非営利のラジオ・ネットワーク)の調査で、アラバマ州およびフロリダ州の電力会社と、それらの会社に好意的な記事を載せるニュースサイトとの関係が明らかになった。このニュースサイトは、クリーン・エネルギー政策の批判もしていた。(NPR)
- カリフォルニア州で、住宅の屋根の上で太陽光発電によって発電した電力に対して家主が受け取れる金額を制限する、新たな規則が可決された。太陽光発電擁護派は、この極端な変更によって太陽光発電業界の成長が鈍化すると主張している。(カナリー・メディア)
- → カリフォルニア州は太陽光発電に関してすでに厄介な問題に直面している。作れば作るほど、追加される発電容量が送電網にとって有益なものではなくなる傾向があるのだ。(MITテクノロジーレビュー)
- スウェーデンの新しい施設が、電気、水素、および捕捉した二酸化炭素を使用して、代替船舶用燃料であるメタノールを製造する。(ブルームバーグ)
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- ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
- MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。