2022年12月16日のある瞬間、ビギー・スモールズがステージに1人で立っていた。スポットライトに照らし出された赤いベルベットスーツ姿のビギーが、事前に録音された歓声の中で「モー・マネー・モー・プロブレムス(Mo Money Mo Problems)」の歌詞をラップすると、オレンジ色のスニーカーがビートに合わせてくるくると舞った。
混乱するのも無理はないだろう。スモールズは24歳だった1997年に銃で撃たれ、史上最高のラッパーの1人として音楽的にも文化的にも大きな遺産を残し、この世を去っている。だが、スモールズ(本名はクリストファー・ウォレス)は12月16日、メタのメタバース・プラットフォームである「ホライゾンワールド(Horizon Worlds)」に完全な姿で登場した。歌詞の合間に息をついたり、リズミカルに拳を突き上げたりしている姿は、まるで生きているかのように見えた。パフォーマンスはここから視聴できる(フェイスブックへのログインが必要)。
https://www.youtube.com/watch?v=2rphmwqk5vs
スモールズの超リアルなアバターは、見事な技術的偉業というだけのものではない。メタバース・プラットフォームが普及すればすぐに直面することになる、2つの大きな疑問に対する重要なテストでもある。その疑問とは、亡くなったアーティストのアバターのパフォーマンスを人々がお金を払って見るか、そして、そのビジネスは倫理的か、ということだ。
亡くなったアーティストを復活させた例は、スモールズが初めてではない。ホログラムによるパフォーマンスは、今は亡きミュージシャンを蘇らせる方法として、ずっと以前から物議を醸しつつも人気があった。バディ・ホリー、ホイットニー・ヒューストン、マイケル・ジャクソン、エイミー・ワインハウスなどは全員、死後にホログラム化され、ライブが開かれている。最も有名なホログラムショーの1つは、1996年に亡くなったスモールズのライバル、トゥパック・シャクールが、2012年のコーチェラ(日本版注:米国の野外音楽フェスティバル)で「パフォーマンスした」ものだ。
https://www.youtube.com/watch?v=TGbrFmPBV0Y&ab_channel=SnoopDoggTV
しかし、ホログラムには本質的に限界がある。パフォーマンスしているアーティストが3Dに見えるような錯覚を得るために、観客は特定の角度で座らなければならない。メタバースは、人々がより実物そっくりのアバターを見ることができる方法を提供し、さらには、アバターとやり取りできるようになるかもしれない。スモールズのライブを企画したチームは、まさにその可能性を近い将来実現できることに期待しているのだ。
12月16日のスモールズのパフォーマンスで注目されるのは、そのリアルさである。その動きや独特の癖、顔の表情は驚くほどリアルで、生きているかのようだった。
だが、スモールズがアバターであることを観客に思い出させるハプニングも、いくつかあった。生きているラッパーたちが登場するシーンでは、スモールズが共演者とぶつかっているように見えた。他のラッパーが歌詞をサポートする時には、スモールズがパフォーマンスしている中央の円からふらふらと外に出てしまい、仲間のラッパーに対する反応が生きているパフォーマーのようにはいかないこともあった。
スモールズのアバターは、スクリーンの外のデジタルな録画場面ではより「自然」だった。そこではスモールズの分身が90年代のブルックリンを歩き回っていた。その動きに不自然さはなく、服はしわくちゃで、デジタルで作られたものだとは言い難いほど自然に首を回したり手を動かしたりした。
この視覚的な偉業を支えるテクノロジーは何年もかけて作られたものだと、スモールズのアバター制作を担当したVFXディレクターのレミントン・スコットは言う。スコットは、映画『ロード・オブ・ザ・リング』でアンディ・サーキス演じるゴラムに命を与えたモーションキャプチャーのスタジオ、ハイパーリアル(Hyperreal,)の創業者である(この時は俳優が使われたが、スモールズのアバターにも同じ手法が取り …