「魔法の薬」は効くか? バブル化する幻覚剤研究への期待と批判
幻覚剤の研究が注目を浴びている。うつ病や不安症などの精神疾患に加えて、最近では「肥満の治療に効く」との論文も発表された。期待の一方で、過剰な「宣伝バブル」との批判も多い。 by Jessica Hamzelou2023.03.25
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
ここ5年ほど、ほぼ毎週のように、私のメールの受信箱には、幻覚剤の潜在的なメリットについての研究、コメント、プレスリリースが届いている。
感覚を変容させ、幻覚を引き起こす作用を持つ幻覚剤は、私たちの世界の体験を変えてしまう薬剤だ。だが、「新たな考えを受け入れやすい状態」や「意識の拡張」など、より定義の難しい体験を引き起こす作用もある。
シロシビンやLSDなどの幻覚剤の評価は過去70年ほどの間に、ジェットコースターのように大きく上下してきた。メディアによる報道内容をたどると、登場時には興奮を呼びつつも、その後恐ろしく信用できないものと捉えられるようになっている。だが、最近になって、幻覚剤が再び注目を浴びている。
少し挙げるだけでも、うつ病、不安症、心的外傷後ストレス障害(PTSD:Post-Traumatic Stress Disorder)、薬物依存症など、精神疾患の治療に幻覚剤を使用できるのではないかと関心を寄せる学術研究者、セラピスト、企業が増えている。
直近では、幻覚剤が肥満の治療に有用である可能性があると主張する論文がある。この論文は、デンマークのコペンハーゲン大学のニコール・ファダフンシ博士研究員が共同研究者らと取りまとめたもので、幻覚剤にヒトの行動を変える作用があり、潜在的には中毒性のある物質への依存をなくす作用もあるなら、健康的ではない食生活を変えるのに役立つ可能性があると論じるものだ。ファダフンシ博士研究員らは、幻覚剤によって、生活習慣の変更など、その他の減量方法が受け入れやすくなる可能性もあると考えている。
この「肥満に効く」という主張を支持する十分な証拠は、まだ一切見つかっていない。一方で、幻覚剤がうつ病やPTSDに一部有効である可能性を示す証拠はいくつかある。たとえば、複数の臨床試験ににおいて、MDMA(「エクスタシー」とも呼ばれる)には、重度のPTSDの症状を緩和する効果がある可能性が示されている。2021年に結果が発表されたある臨床試験からは、シロシビンには一般的に使用される抗うつ剤と同程度に、うつ病の治療に効果があることが示唆されている。
だが、これらの臨床試験に対しては批判もある。たとえば、上述のシロシビンの臨床試験では、シロシビンにうつ病を患う被験者の症状を一定程度緩和する効果があるかを測定するために、質問票を使用した。測定結果は、目標には届かなかった。この論文の著者らは、「このデータからは何の結論も導き出せない」と書き残している。
しかし、この論文の筆頭著者で、当時は英国のインペリアル・カレッジ・ロンドンの教授だったロビン・カーハート=ハリス(現在はカリフォルニア大学サンフランシスコ校の教授)は、この論文の公開のわずか5日後に、ガーディアン紙の記事で、「シロシビンは一般的な抗うつ剤よりうつ病の治療に奏効するようだ」と主張した。
カーハート=ハリス教授は同じ記事で、現在「うつ病の原因について、そしてその最も効果的な治療法について、より理解が深まっていることで、精神医療の世界でパラダイムシフトが起きようとしている」との考えをも表明している。
他の研究者からは、この臨床試験の結果をそもそも論文として公開すべきだったかどうかを疑う声が上がっている。「我々は、何の臨床的結論にもつながらない小規模かつ短期間の第2相臨床試験の結果を編集者たちがなぜ掲載したのか、理解に苦しんでいる」。オーストラリア・クイーンズランド大学のウェイン・ホール名誉教授とスタンフォード大学のキース・ハンフリーズ教授は数カ月前に別の学術誌にこう書いている。
「残念ながら、幻覚剤に最近注目が集まっているのは、いくつかの著名な医学学会誌が、愚かなことに研究水準の低い論文でも掲載するようになっているからだ。そして一般向けのメディアにおいて科学者たちが研究の結果を不適切に誇張しているからでもある」。ホール名誉教授とハンフリーズ教授はこう主張している。グサッと刺さる批判だ。
私は幻覚剤の研究を過去10年にわたって追い続けてきており、この意見にある程度同意せざるを得ない。どうも、違法薬物である幻覚剤を好ましくないとする考えから、魔法の医薬品として歓迎するように、あまりにも急激に雰囲気が変わってしまったように感じられる。実際のところ、幻覚剤が本当に医療を変えることを示す証拠はまだないにもかかわらずだ。
幻覚剤の研究は、「過剰な宣伝バブルに包まれて、そこから抜け出せない状態」だと考えている人もいる。ジョンズ・ホプキンス大学の3人の研究者は、幻覚剤にあらゆる精神疾患を治す効果があると考えて研究リソースを割くムードは、すでにピークを迎えていると考えている。ちなみに、この3人のうち2人は、ジョンズ・ホプキンス大学の幻覚剤・意識研究センター所属だ。バブルはもうすぐはじけそうだと、3人は2022年8月に発表した論文に記している。
私もそうなってほしいと考えている。過剰な宣伝などなくても、それ自体で価値あるすばらしい研究が、この分野には数多く存在している。幻覚剤が具体的に私たちの脳にどのような作用を与えるか、その解明はまだ終わっていない。しかし、複数の研究から、一部の幻覚剤には可塑性を高める効果があることが示唆されている。可塑性とは、神経回路を作り変えて、新たな接続を形成する力を指す。可塑性は学習に重要なものであるため、幻覚剤、または少なくとも幻覚剤から単離されたいくつかの化合物には、一部の状況下で一部の人々に恩恵をもたらす可能性がある。
肥満に効くというのは、少し期待しすぎかもしれない。しかし、説得力があるしっかりとしたデータがあるなら、私は幻覚剤がなくとも新たな考えを受け入れる用意はある。
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ネイサン・マギーは、臨床試験でMDMAの投与を受けた。どうやら、効果があったようだ。マギーが私の同僚のシャーロット・ジーに語ったところによれば、「今では喜びとは何なのかを理解」できるとのことだ。
幻覚剤を摂取した際の体験を実質現実(Virtual Reality)で再現しようとしている研究者たちがいる。ハナ・キロも試してみた。
別の研究者たちは、人工知能(AI)を利用して「トリップの報告」を分析することで、幻覚剤が具体的に私たちの脳にどのように作用するのかを解明しようとしている。それについては私が3月に報じている。
個人の話に基づくものではあるが、参考になるデータはたくさんある。テイラー・マイェフスキが今年これまでに報じている通り、多くの人が、幻覚剤を摂取した際の体験をオンラインで共有しているのだ。
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遠隔医療サイトが、ユーザーの機微な医療情報をテック企業に漏らしている。個人を特定できるデータとともにメンタル・ヘルスに関する情報がフェイスブックと共有されていることが、調査によって明らかになった。(スタット)
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- ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
- 生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。