核融合、「悲願のブレークスルー」の読み解き方
2022年12月、米ローレンス・リバモア国立研究所は核融合の実験で、投入量を超えるエネルギーを得ることに成功した。大きなブレークスルーだが、商用核融合発電にはまだまだ超えなければならない壁がたくさんある。 by Casey Crownhart2023.01.06
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
今度こそ、核融合の本当のブレークスルーだ。
核融合発電については、いろいろ皮肉る声があるが、このテクノロジーが「オオカミ少年」と呼ばれるのには理由がある。研究者は何十年も前から、この技術を使ってクリーン・エネルギーを無限に作り出すと語り、商用発電所がわずか数年後にできるという大きな約束をしてきたのだ。だが今のところ、そうはなっていない。
だから、核融合に関するニュースで「ブレークスルー」なんて言い出したら、多くの人が疑心暗鬼になるのも無理はない。米国の国立研究所が、投入されたエネルギー量を上回る量のエネルギーを放出するという、研究上の重要なマイルストーンに達した。このニュースを受けて、再び核融合に関するさまざまな情報が流れている。そこで、今回の記事では、直近の核融合ブームの発端となった発表の中身と その意味、そこから読み取るべきことについて紹介しよう。
核融合発電とは何か、そしてその誇大広告/大げさな宣伝とは?
核融合反応とは一言で言えば、原子を互いに衝突させ融合させる過程で、エネルギーを放出させる反応だ(太陽のエネルギーが核融合によるものだと考えると、ある意味、太陽光発電は間接的な核融合発電の一形態と言えるかもしれない)。
核融合発電は、二酸化炭素を排出しない新しい電力源として送電網に電力を供給するようになる可能性がある。核融合反応はあまりにも強力であり、簡単に入手できる燃料をごく少量だけ使用し、危険な廃棄物を出すことなく莫大な量の電力を発電できる。その魅力は明確だ。
この新しい電力源に向かう第一歩は、実験室内で制御された方法で核融合反応を起こすことだ。重要なのは、核融合反応を起こすために投入したエネルギーを超える量のエネルギーを核融合反応によって放出させることだ。それが、企業や公的研究機関などすべての研究者が目指している目標だが、これまで誰も達成できていなかった。
カリフォルニア州にあるローレンス・リバモア国立研究所の国立点火施設(NIF:National Ignition Facility)は、2010年に実験を開始して以来、エネルギー純増獲得競争において先頭集団の一角を占めている。近年、NIFはじりじりとその目標に近づきつつあり、2021年には70%のエネルギー・リターンに成功している。
「NIFの研究者がついに純増に成功した」という噂が流れ始め、フィナンシャル・タイムズが最初に報じた時、エネルギー業界関係者は、ほぼ2つのうちいずれかの反応を示した。
- 大きなニュースだ
- またもや誇大広告/大げさな宣伝か
このニュースを耳にした時、私は休日のショッピング・センターで試着室の前に座っていた。スマートフォンで記事をすばやくスクロールし、詳細に目を通した。1億℃、192本のレーザー、放出されたのは数メガジュールのエネルギー。私はこの記事を同僚記者にメッセージで送り、シンプルなコメントを添えた。「もし本当なら一大事です」。
そして、それは真実だった。数日後、米国エネルギー省が記者会見でこのニュースを認めたのだ。
1950年代に研究者が夢見て以来、この分野が目指してきた基本的な試験であり、核融合発電にとって大きな瞬間である。 祝福すべきことであるのは間違いないし、興奮してもいいと思う。真のマイルストーンなのだ。
だが、ここではっきりさせておかなければならないことがある。今回の成果は、主に科学的な成果である。核融合が、日常生活で本当に使えるテクノロジーになるには、まだまだ長い道のりがある。
核融合の今後に対してどのような意味があるのか?
ニュース記事で指摘したように、ローレンス・リバモア国立研究所は世界で最も強力なレーザーを保有している。つまり、今回の快挙はすぐに世界中で再現できるものではない。そのように設計されてもいない。
実際、NIFが採用している核融合の手法は、多く研究者が商業化の可能性が最も高いと考えているものではない(部分的には、世界最大のレーザーを使用したから実現できたとも言える) 。
NIFは、強力なレーザーをバーストさせてX線を発生させる「慣性閉じ込め」方式について研究している。このX線は、重水素と三重水素(水素の同位体)からなる燃料を高温高圧に圧縮・加熱する。その結果、プラズマが形成され、原子核の融合が始まり、エネルギーを発生させる。
核融合を研究する科学者の間では、「磁場閉じ込め」と呼ぶ核融合の別の方式、特に「トカマク型」と呼ぶ磁場閉じ込め方式が、商業的な取り組みとして最も有望なアプローチであるという点で意見が一致している。ドーナツ型の核融合炉で、強力な磁石で燃料を固定し、電流と電波で核融合に必要な激しい条件を作り出す。
磁場閉じ込め方式は、マサチューセッツ工科大学(MIT)からスピンアウトしたスタートアップ企業のコモンウェルス・フュージョン・システム(Commonwealth Fusion Systems)が採用している。同社は、核融合分野で最も資金力のある民間企業でもある。本誌のジェームス・テンプル編集者は、2022年にこの企業を詳しく取材している。また、MITテクノロジーレビューは、2022年の「ブレークスルー・テクノロジー10」の1つに実用的な核融合炉を選出した。
コモンウェルス・フュージョン・システムは、数億ドルで建設できるコンパクトで比較的安価な核融合炉の開発に取り組んでいる。超伝導材料を利用して超強力な磁場を作り、核融合に必要なプラズマを核融合炉の中に保持する方式だ(その際の温度は高すぎて、燃料を保持する材料として従来の材料は使えない)。 ちなみに、ローレンス・リバモア国立研究所のNIFは、先述の快挙を達成した実験施設の建設に数十億ドルを費やしている。
核融合の専門家の中には、大量の電力を発生させられる実用的な原子炉は、まだ数十年先だと言う人もいる。しかし、コモンウェルスをはじめとするスタートアップ企業は、もっと野心的なスケジュールを想定しており、数年以内に実証実験を、およそ10年以内に発電所を建設する計画を立てている。コモンウェルスは2021年、その計画の実現のためにベンチャー・キャピタルから18億ドルの資金を調達したと発表した。
NIFが快挙を達成したというニュースは、核融合分野全般にとって大きな恩恵となり、より多くの関心を集め、投資を引き寄せることになるだろう。しかし、慣性閉じ込めやその他の核融合の方式が商業的に成功することを保証するものではない。 ある方式の核融合炉で純増を達成しても、ほかの方式の核融合炉で必ずしも実現できるわけではない。トカマク型など他の核融合炉は、核融合発電の実現に向けた道筋で、それぞれ独自にブレークスルーの瞬間を迎える必要がある。
ニュースの詳細については、こちらの記事をお読みいただきたい。
核融合に関する誇大広告の歴史については、アトランティック誌のこの記事もおすすめする。コモンウェルスなどの核融合に取り組む企業については、ジェームス・テンプル編集者によるこちらの記事を参照してほしい。
◆
気候変動関連の最近の話題
- 新しい報告によると、早ければ2025年に再生可能エネルギーが石炭を抜いて世界最大のエネルギー源になると予測している。(ワシントンポスト紙)
- 太陽光パネルを地面に敷くだけで、設置費用を節約できる。大胆な新発想だ。(キャナリー・メディア)
→太陽光パネル関連の他のニュースでは、研究者らは、表裏どちらからでもエネルギーを取り込める「両面」太陽電池の開発に取り組んでいる。(ネイチャー・エネルギー) - 電気自動車(EV) に必要な材料の供給網を強化するため、米国が海外の鉱山採掘に資金を提供する可能性がある。(アクシオス)
→ 米国での新たなEV税額控除は、材料不足のために壁に当たる可能性がある。(MITテクノロジーレビュー) - 新しい地図は、地域によって気候変動の影響がどのように変わるのかを示している。推定では、密集した都市が最も気候に優しい傾向にあり、郊外や裕福な地域は排出量がより多いことが分かった。(ニューヨーク・タイムズ紙)
- 小型自動車はアジアで人気を集めており、気候変動対策にも適している。米国に持ち込むために何が必要か? こちらの記事にまとまっている。(ブルームバーグ)
- ジェットブルー航空(JetBlue Airways)はカーボン・オフセットを止め、代わりに持続可能な航空燃料に目を向けている。(ザ・ヴァージ)
→ 代替燃料はまだ難しい課題を抱えているが、航空産業は気候目標達成のために代替燃料に移行しつつある。(MITテクノロジーレビュー)
- 人気の記事ランキング
-
- Who’s to blame for climate change? It’s surprisingly complicated. CO2排出「責任論」、単一指標では語れない複雑な現実
- Promotion MITTR Emerging Technology Nite #31 MITTR主催「再考ゲーミフィケーション」開催のご案内
- Exosomes are touted as a trendy cure-all. We don’t know if they work. 「奇跡の薬」エクソソーム、 効果不明も高額治療が横行
- Who’s to blame for climate change? It’s surprisingly complicated. CO2排出「責任論」、単一指標では語れない複雑な現実
- Exosomes are touted as a trendy cure-all. We don’t know if they work. 「奇跡の薬」エクソソーム、 効果不明も高額治療が横行
- ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
- MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。