コンピューターは、これからの私たちをどこに導くのだろうか。それが今回のMITテクノロジーレビューのテーマだ。コンピューターは私たちの暮らしを大きく変えてきた。あらゆる仕事は機械化・デジタル化され、工業社会から情報社会への移行は新たな産業と職業を生み出した。インターネットによって物理的な制約に縛られないコミュニケーションが可能となり、スマートフォンの登場と普及はそれをさらに押し進めた。さらに人工知能(AI)は、知的労働の自動化をも強力に促している。
次に社会を大きく変える可能性があるコンピューティング技術として、今最も期待されているのは、「量子コンピューター」だろう。従来のコンピューターでは難しかった特定の超高速な計算が可能となり、医薬品や素材・材料の開発への応用が有望視されている。米国では関連ベンチャーの上場が相次ぎ、日本政府も重点投資分野に量子技術を組み込むなど、「QX」への産業界の期待も大きい。
量子コンピューターの価値はどこにあるのか。日本の量子コンピューター研究を牽引する理研の中村泰信RQCセンター長へのインタビューでは、量子コンピューターの現状に対する冷静な見解と、将来展望を伺っている。また、2019年に収録したグーグルのサンダー・ピチャイCEOのインタビューからは、同社が「ライト兄弟の初飛行」になぞらえた第一歩を踏み出した意義と、長期的な投資を続ける狙いを伺い知ることができる。
一方で、量子コンピューターはすべてのコンピューターを置き換えるものではない。従来型のコンピューターも進歩を続ける必要がある。コンピューター産業の発展を牽引してきた「ムーアの法則」と呼ばれる経験則の限界は、シリコン半導体に代わる新たなテクノロジーの登場を長らく求めてきた。特集後半では、その現状を整理すると共に、パンデミックによる混乱や米中対立がコンピューターのサプライチェーンに与える影響について考察している。
未来を考えるには歴史を知ることが役立つ。「コンピューティングの歴史は米国近代史のミニュチュア版である」というワシントン大学のマーガレット・オマラ教授(歴史学)は、冷戦時代の国家主導型の開発競争から新世代の若者たちによるシリコンバレーの誕生、インターネットとのちのクラウドの勃興までの70年間を振り返り、未来を紐解くための3つの視点を提示する。作家のクリス・ターナーによる別の記事では、ピクサーの共同創業者アルヴィ・レイ・スミスが「デジタル・ライト」と呼ぶ概念によって人類のコミュニケーションをいかに変えたかを分析し、ジャーナリストのクライブ・トンプソンは25年前、初めてAIに負けたチェス王者が得たコンピューターと人間の関係を巡る重要な洞察について検証している。いずれも冒頭の問いに対する答えを探る上での手がかりとなるだろう。
(MITテクノロジーレビュー[日本版]編集部)
MITテクノロジーレビュー[日本版] Vol.9
量子時代のコンピューティング
- 定価:2,420円(本体2,200円+税)
- 発売日:2022年12月13日(印刷版)/12月20日(電子版)
- 判型:A4判/128ページ
- 形態:ムック(雑誌扱い)
- 発行:株式会社角川アスキー総合研究所
- 発売:株式会社KADOKAWA
- 雑誌コード:63693-16/ISBN:978-4-04-911152-1
Vol.9の主な収録記事
■超伝導量子ビットの生みの親が語る量子コンピューター研究の未来
「まだ本当の量子コンピューターのパワーは見えてい ない」。理研量子コンピュータ研究センター(RQC) でセンター長を務める中村泰信は、穏やかなトーン で、しかしながら、はっきりと語った。 量子コンピューターが本当に真価を発揮できる問 題はどんなものなのか。量子力学という共通言語に よって多分野の人材を集め、エンジニアリングの進歩 と、それによって生まれる新しい物理が互いを加速さ せる量子情報分野の今後、そしてRQCが生み出した い世界について話を伺った。
■Q & A 形式で分かる 量子コンピューターの 基礎知識
次世代コンピューティング技術として注目される量子コンピューター。原理や 実装方式など、量子コンピューター関連記事を読む上でのガイドとなる基礎 知識をQ&A 形式でまとめた。
■グーグルはなぜ量子コンピューターに投資するのか?
2019年 10 月、グーグルは「量子超越性を実証した」とする論文を発表した。この発表が意味することは何か。なぜ、グーグルが量子コンピューターに長期に投資を続けるのか。 発表当時、サンダー・ピチャイCEO(最高経営責任者)が、 MITテクノロジーレビューの独占インタビューに応じた記事を掲載する。
■量子技術集団 QunaSys が巨大企業から 注目される理由
創業からわずか4年。量子コンピューター向けソフトウェアの開発で業界をリードし、名だたる巨大企業か ら引っ張りだこのスタートアップが、楊天任最高経営責任者(CEO)率いる「キュナシス(QunaSys)」だ。 2022 年3月にはシリーズBラウンドで12 億4000 万円の資金を調達し、事業拡大を加速している。社員30 人ほどの小さなスタートアップになぜ巨大企業が注目するのか。楊CEOとのインタビューで、キュナシスの 強みや現在の取り組み、今後のビジョンなどを伺い、その理由を探った。