脳活動から「気分」を解読、 究極のうつ病治療法になるか
生命の再定義

Neuroscientists have created a mood decoder that can measure depression 脳活動から「気分」を解読、
究極のうつ病治療法になるか

うつ病を抱えるボランティアの脳に14本の電極を埋め込み、電極が出力する情報から人の「気分」を解き明かす研究が進んでいる。電気刺激を送り続けることで症状を抑える取り組みも進んでいるが、治療法として普及させるには課題も多い。 by Jessica Hamzelou2023.04.01

ジョン(仮名)の人生は、恋人と別れたことで永遠に変わってしまった。その別れで悪循環に陥ったジョンが初めてうつ病にかかったのは、27歳のときだった。「最初はただ、ものすごい悲しみに襲われて……そして眠れなくなるんです」。ジョンは匿名を条件にこう語った。彼は深刻な不安障害やパニック発作を起こすようになり、暗い思考に苛まれるようになり、ついには命を絶とうとするまでに追い込まれた。

ジョンには、薬が効かなかった。入手可能なほとんどの抗うつ剤、抗精神病薬、鎮静剤を試したという。最初のうつ症状からジョンを最終的に解放したのは、電気けいれん療法(頭の片側または両側に電気刺激を与える治療法)だ。だが、そのおよそ5年後に始まった2度目の症状に同じ治療法は効かなかった。

ジョンは現在、臨床試験の一環として、脳の奥深くに挿入した電極を通して定期的に電気のパルスを流すという実験的治療法の恩恵を受けている。以前から脳深部刺激は、てんかんの重症例やパーキンソン病などのいくつかの運動障害の治療に使われている。だが、うつ病はより複雑な病だ。うつ病が発症するときに脳内で何が起こっているのか、まだ完全に解明されていないというのがその理由の1つである。

ジョージア州アトランタにあるエモリー医科大学で神経科医を務めるパトリシオ・リヴァ・ポッセ准教授は、「うつ病は複雑な病気です」と話す(同准教授は前述の臨床試験には参加していない)。「1カ所の震えを治療しようとするのとは異なります。うつ病には、宇宙のようにさまざまな症状があるのです」。そこには、気分の落ち込み、自殺願望、喜べない状態、そしてやる気や睡眠、食欲の変化などが含まれる。

医師たちは何十年もの間、うつ病などの脳疾患に電気治療を利用している。脳の奥深くに設置した電極からの刺激で、一部の患者は症状から解放されることが研究で分かっている。ただ、結果はさまざまだ。神経科学者らは、ジョンのような症状を持つ人々の脳内で起こっていることをより深く理解すれば、治療の効果を高めることができると期待している。

ジョンは、臨床試験の一環として脳のプローブ検査を受けることに手を挙げた、5人の治験ボランティアの1人である。2020年の初め、脳全体に合計14本の電極が埋め込まれた。突起のあるケーブルを頭に巻いたジョンは病院に9日間滞在し、その間に神経科学者たちが彼の脳活動を測定して気分との相関関係を観察した。

試験に携わった研究者たちは、「気分解読機」を開発したと語っている。脳の活動を見るだけで、対象者の気分を知ることができる装置だ。研究者たちは、この解読機を使用すれば、患者のうつ病の深刻さを測定できるようになり、また気分への影響を最適化するための電極位置をより正確に決められるようになると期待している。試験チームはこれまでに、3人のボランティアを分析している。

試験を指揮しているのは、テキサス州ヒューストンにあるベイラー医科大学の神経外科医であるサミア・シェス教授だ。シェス教授は、これまでの発見について大変有望であると述べている。シェス教授のチームは、ボランティアの特定の脳活動を気分と結びつけることができただけでなく、気分が前向きになるよう刺激する方法も発見したのだ。「これらの脳領域で、人の気分を一貫して解読することに成功した初のデモンストレーションです」とシェス教授は言う。

うつ病の治療

脳深部刺激療法(DBS:Deep Brain Stimulation)では、脳深部に1つか2つの電極を埋め込み、特定の領域へ電気パルスを流すというのが一般的だ。これは、一部のパーキンソン病患者には非常に有効な手法となっている。運動を制御する脳領域を、DBS療法で刺激するのだ。研究者らは、強迫性障害、摂食障害、そしてうつ病などの精神疾患にもこれが役立つのではないかとみて、DBSの活用法を模索している。

2000年代前半から半ばにかけて実施されたいくつかの研究では、抗うつ剤などの典型的な治療法に反応しないうつ病患者に対し、DBSの有効性が示された。ところが、2つの大規模な臨床試験で期待外れの初期結果が出てしまい、試験は早い段階で中止となった。

これらの試験 …

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