死後に子孫を残す、「性細胞提供カード」が必要になる日
生命の再定義

We can now use cells from dead people to create new life. But who gets to decide? 死後に子孫を残す、「性細胞提供カード」が必要になる日

亡くなった人から採取した精子や卵子を使って子どもを作ることができる。だが、死後の人物がその意志を示すことはできない。どのようにすべきだろうか。 by Jessica Hamzelou2022.12.27

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

ピーター・チューはニューヨーク州ウエスト・ポイントでスキー中に事故に遭い、わずか19歳でこの世を去った。臓器提供意思表示カードから、チューが臓器提供を希望していたことは明白だった。一方、チューの両親も息子の精子を採取したいと考えていた。

両親はいずれピーターと遺伝的に関係のある子どもを作るために、その精子を使う可能性を残しておきたいと裁判所に伝えた。裁判所は両親の願いを認め、ピーターの遺体から精子が採取され、地元の精子バンクに保管された。

現在のテクノロジーでは、死んだ人の精子や、場合によっては卵子を使って胚を作り、最終的には赤ちゃんを作ることができる。そして、何百万もの卵子と胚、そしてさらに多くの精子が保管されており、すぐに使用できる状態にある。細胞を提供した人がピーターのように死んでしまったら、その扱いは誰が決めるのだろうか?

これは、私が11月23日に参加した、不妊症や遺伝的疾患を持つ人々のための英国の慈善団体「プログレス・エデュケーショナル・トラスト(Progress Educational Trust)」が開催したオンライン・イベントで提起された質問である。パネルディスカッションでは臨床医と弁護士2名が参加し、多くの難問に取り組んだが、具体的な回答はほとんど出なかった。

理論的には、卵子、精子、胚を提供した本人が決めることだ。場合によっては、提供した本人の希望がかなり明確なこともある。例えば、パートナーと一緒に赤ちゃんを作ろうとしている人は、自分の性細胞や胚を保管し、自分が死んだらパートナーがその細胞を使っても良いという内容の書類にサインをすることもあるだろう。

しかし、それ以外の場合では、本人の希望はあまり明確ではない。細胞の使用を希望するパートナーや家族は、故人が本当に子どもを欲しがっていたことを裁判所に納得させる証拠を集める必要があるかもしれない。さらに、故人が必ずしも自分が親になることなく、家系を継続させたいと考えていたことも証明する必要がある。

性細胞や胚は財産ではない。財産法の適用を受けず、家族に相続させることもできない。しかし、細胞を提供した本人には、ある程度の法的所有権がある。だが、その所有権を定義するのは困難だと、スコットランドを拠点とする家族法の専門家であるロバート・ギルモア弁護士は同オンラインイベントで語った。「この分野の法律は頭痛の種です」。

法律は場所によっても異なる。死後生殖を認めていない国もあるが、規制されていない国も多い。米国では、法律は州によって異なる。米国生殖医学会(ASRM:American Society for Reproductive Medicine)によると、相手の死後に妊娠した子どもはその人の子孫として法的に認めない米国州もあるという。ニューヨーク大学医学部の生命倫理学者であるグウェンドリン・クイン教授は、「米国には国としてのルールやポリシーはありません」と教えてくれた。

ASRMなどの団体が診療所向けにまとめたガイドラインはある。ただし、これも地域によって微妙に異なることがある。例えば、欧州ヒト生殖医学会(ESHRE:European Society of Human Reproduction and Embryology)のガイダンスでは、両親やその他の親族は故人の性細胞や胚を要求すべきではないと勧告している。これはピーター・チューの両親にも当てはまる。このような親族が「故人の記念となる子ども」や「故人を象徴する代わり」を望むことが懸念されるからだ。

死んだパートナーや家族の卵子、精子、胚の利用を望む人は、しばしば「利己的」だと見なされるが、ジェームス・ローフォード・デイヴィス弁護士の経験では、そうではない。英国を拠点とし、生殖テクノロジーと遺伝子テクノロジーを専門とするローフォード・デイヴィス弁護士は、これまで同様の事例に何度か関わってきた。「このような事例ではすべて、悲劇に直面した信じられないほど勇敢な人々が関わっていました」とローフォード・デイヴィス弁護士は語る。関与した人は皆、亡くなった人の望みを叶えたいと思っていた、とも付け加えた。

死後生殖は間違いなく曖昧な領域だが、私が話を聞いたり、インタビューをしたりした誰もが同意することが1つある。それは、個々の事例はユニークなものであり、個別に扱われるべきだということだ。「一般化するのは難しい」と、カリフォルニア州にあるスタンフォード大学の客員研究員である、生命倫理学者・法学者のシェリー・シマナは考える。

シマナ研究員は、死後に自分の卵子、精子、胚が使用される可能性について、より多くの人に考えてもらいたいと考えている。臓器提供について考えることが奨励されているのと同じように、私たちは皆、自分の性細胞を採取して使用してもよいかどうかを書き留めておくべきだとシマナ研究員は主張する。「人々に生物学的遺言書を書いてもらうことが理想です」。

クイン教授も同意見だ。「私たちはよく、家族と一緒に過ごす感謝祭が自分の希望を伝える良い機会だと話しています。それはとても難しい会話です。死について話すことを気まずいと感じる人は多いのですが、ほかに自分の希望を伝える方法がありますか?」

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