テンセントが密かに進める
「手のひら」決済、
QR、顔に続く標準になるか
ウィーチャット・ペイ(WeChat Pay)を展開するテンセントが、中国の一部の都市で掌紋認識を利用した決済の実証実験を進めている。中国ですでに普及しているQRコードや顔認識を利用した決済に続く手段となるか。 by Zeyi Yang2022.12.01
1セントと引き換えに炭酸水のペットボトルをもらえるとしたら、あなたは受け取るだろうか?
この質問に「はい」と答える前に、落とし穴があるのに注意してほしい。ペットボトルを受け取るには、手のひらをスキャンして、その情報を中国の巨大テック企業と共有する必要があるのだ。
これは先日、実際にテンセント(Tencnet)が中国の一部消費者に向けて提案したものだ。その様子は、9月下旬に中国版のティックトックである抖音(ドウイン)に投稿された動画でも確認できる。
動画では、ウィーチャット(WeChat)の従業員と見られる人物が、炭酸水の特典と引き換えに、認証端末の前に手を置いて掌紋を登録するよう指示している音声が確認できる。「ウィーチャット・ペイの新機能です。皆様、ぜひ当社のサービスをお試しください。応援をお願いいたします」。
映像ではこの後、この機能はいつリリースされたのかと係員に尋ねている。それに対して、この機能は半年前からあるが、広州でも始まったのはつい最近のことだという返事が聞こえる。
MITテクノロジーレビューがソーシャルメディア上の投稿から集めた情報によると、決済システムのウィーチャット・ペイを所有するテンセントは、数カ月前から中国国内で掌紋決済端末をテスト運用していたことが明らかになった。
掌紋認識テクノロジーの推進派は、掌紋認識は他の生体認証テクノロジーよりも正確で安全性が高く、万が一掌紋の画像が流出しても個人の特定が困難であるといった利点を主張している。指紋や顔はこれまでにも本人確認の手段として幅広く利用されてきたが、表面のシワや皮膚の下の静脈などから手のひらを識別するテクノロジーは、生体認証の次のフロンティアとして一気に注目を浴びているのだ。
関連する複数の研究者によると、訓練データの不足がこのテクノロジーの発展を遅らせてきたが、現在では大規模な商業利用ができる準備はほぼ整いつつある、という。
「実を言うと、私たちは20年以上前から掌紋認識を研究してきました。そして実現までこぎつけたのです」と語るのは、掌紋認識研究の第一人者であり、深センを拠点に活動している香港中文大学データ科学学部のデイビッド・チャン教授だ。「今、私が注目し、注目しているのは、その応用方法です」
そこに参入してきたのがテンセントだ。この新たなテクノロジーは、支付宝(アリペイ)としのぎを削る同社にとって魅力的であることは間違いない。また、中国では現在もゼロコロナ政策が続いており、人々はマスクを着用し、身体的接触を避けている。したがって、顔や指紋よりも、カメラから数センチの距離に手をかざす方式の方がより好まれると考えられる。このように、テンセントは少額の金銭的報酬と引き換えに、ユーザーの参加とデータ提供を促すことで、掌紋認識の実用化と普及に一歩近づいたといえる。しかも、その規模は実に巨大だ。
米国の実店舗に掌紋スキャナーを正式に導入した最初の大手テック企業といえばアマゾンだが(2020年以降、約180店舗で導入)、このテクノロジーは近い将来、中国全土で一般的なものになるかもしれない。ウィーチャット・ペイがあらゆる業態の店舗で広く導入されており、中国ではすでに8億人を超える個人ユーザーと5,000万社以上の販売業者に利用されているからだ。
しかし、掌紋認識にはメリットがある一方で、ここまで広範囲に導入すると、現実面での障害はもちろんのこと、消費者のプライバシーに関するリスクも伴う。実際、アナリストやプライバシー保護活動家は、掌紋認識の決済利用について懐疑的に捉えており、導入された場合に生じる問題についても懸念している。
「小売業者は常にハッキングを受けています。一般的な小売業者がハッキングの被害に遭うと、最悪の場合、顧客はクレジットカードの番号を変更しなければなりません。しかし、掌紋情報が流出した場合、それ自体を変更することはできません」。監視技術監視プロジェクト(STOP)のアルバート・フォックス・カーン事務局長は指摘する。「したがって我々は、このテクノロジーを未来永劫にわたって生体情報のプライバシーを危険に晒すことと引き換えに、列に並ぶ時間をほんの数分短縮できる可能性を持ったものだと捉えているのです」。
ウィーチャットのひそかな試み
2021年後半、テンセントがユーザーの掌紋をスキャンする方式による決済システムを検討していると、中国メディアが初めて報じた。その当時、同社は、これはあくまで社内の研究プロジェクトであり、このテクノロジーを現実の場で応用する予定はないと回答していた。
しかしテンセントは、1年後には方針を転換し、本社がある深圳市とそこから100キロほど離れた広州市で、数ヶ月にわたって掌紋認識端末の実証実験を実施してきた。
7月頃からソーシャルメディアにアップされ始めた動画や、今月初めに筆者が初めて報じたように、テンセントのウィーチャット・ペイシステム用の掌紋決済端末はすでにカフェやベーカリー、スーパーマーケットなどで導入され始めている。多くの場合、WeChatはこの新機能を試して掌紋データを提供する顧客に対して、10元(1.37ドル)弱の少額割引サービスを実施している。この戦略は、アマゾンが昨年、掌紋決済システム「アマゾン・ワン」に登録したユーザーを対象に10ドル分のクレジットを提供したものと似たようなやり方だ。
映像で確認できる支払い端末は、アイパッド(iPad)ほどの大きさの白い箱で、指示が表示される画面が1つ、手のひらのデータをキャプチャーするカメラが1つある。端末はまだテスト段階のようで、「ウィーチャット掌紋スキャン決済のテスト拠点」あるいは「社内テスト/社外秘」との注意書きの文字がしばしば映像に写り込んでいるからだ。ネット上に投稿されたある写真では、端末の撮影が禁じられている旨の注意書きが確認できる。
テンセントが掌紋決済テクノロジーの正式リリースを間近に控えていることを示す証拠は他にもある。最近、同社は「微信刷掌(ウィーチャット手のひらスキャン)」や「ウィーパーム(WePalm)」などの商標を登録し、関連するカメラ機器の特許を取得した。また、10億人以上が利用するモンスターアプリのウィーチャットでは、先月、アプリ内で「ウィーチャット掌紋スキャン決済」という新機能がリリースされたが、この機能を利用できるのは、テンセントの店頭で掌紋スキャナーに登録した人のみとなる。
米国国内でホールフーズ・マーケットなどの小売店舗を何百軒も展開しているアマゾンに比べ、 …
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