この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
エイラ・バシールちゃんは、両親いわく「奇跡」なのだそうだ。月齢15カ月になる、おしゃべりでいつも笑顔のこの子は、持病の遺伝子疾患の医学的治療を生まれる前に受け始めた、初めての人。そう、この分野の先駆者なのだ。
エイラは、遺伝子疾患を持つ胎児10人を対象に医学的療法をテストする臨床試験の、1人目の被験者だ。治療開始を早めることで、やがて子どもへと成長する胎児の生活の質(QOL:Quality Of Life)を改善できる可能性を高められる、というのがこの治療法の意図である。
だが、胎児を対象とした臨床試験は数多くの倫理的疑問を投げかける。同意ができない脆弱な胎児に対し、どのように治療を試みるべきだろうか? そして、これは妊婦にとって何を意味するのだろうか?
エイラを授かる前、両親はすでに2人の娘をポンペ病で亡くしていた。ポンペ病は心臓と筋肉に影響が及ぶ可能性がある、稀な遺伝子疾患だ。ザラは2歳で、サラは生後わずか6カ月で亡くなった。
「今回の妊娠では(両親は)別のことを試したいという気持ちを強く持っていました」。カリフォルニア大学サンフランシスコ校の小児科医・胎児外科医である、ティッピ・マッケンジー教授は語る。マッケンジー教授は現在、胎児を対象とした医学的療法を研究しており、他の複数の組織に散らばるメンバーとともに、ポンペ病のほか7種類の疾患を持つ胎児を対象とした小規模な臨床試験を実施している。
これらの8種類の疾患はすべて、ある酵素の欠損により生じる。ポンペ病の場合、不足している酵素が細胞から老廃物を排出するうえで非常に重要な役割を担う。この酵素がないと有害な物質の蓄積につながり、やがて臓器障害を引き起こす。ザラとサラは、2人とも心臓病を発症した。
この疾患を持つ赤ちゃんや子どもは、酵素補充療法という治療を施される。これは不足している酵素を人工的に作り、注入するものだ。大きな効果をもたらす可能性があるが、時に少しだけ遅すぎる場合がある。例えば、生まれた時点ですでに甚大な臓器障害を抱えている子どももいる。
また、出生前の治療開始を支持する議論として、胎児においては人工酵素へのアレルギー反応が生じる可能性が低いとの見方がある。胎児には免疫寛容と呼ばれるものがあり、「異物」に対して強い免疫反応を示す可能性が低い。
マッケンジー教授らのチームは、胎児酵素補充療法の可能性をマウス実験で探ってきた。そして先日、ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(The New England Journal of Medicine)で発表された症例報告によると、エイラの症例は現在、酵素補充 …