この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
ヒトの脳に電気を流すと、驚くような効果が得られることがある。脳に電極を埋め込んだパーキンソン病患者の映像を観るだけで、その可能性の大きさを感じられるはずだ。文字どおりスイッチを入れるだけで、歩行困難だった患者が、たちまち部屋の端から端まで堂々と歩けるようになるのだ。
脳の特定の部位を刺激すれば、意識を失わせたり取り戻させたりもできる。さらには、脳に微弱な電気パルスを流すことで、年配の人々の記憶力向上を助けられる手持ち型の機器さえある。
類似のアプローチを使用することで、私たちの気分を上げることもできるかもしれない。実現すれば、うつ病などの疾患の患者にとっては人生が大きく好転させるきっかけになるかもしれない。それも、単に一般的な刺激を脳に与えるわけではない。研究者たちが目標としているのは、患者個人の脳の活動を追跡して、それを最適化できる、パーソナライズされた機器の開発だ。
脳に刺激を与える治療法は、気分障害に対してすでに使用されている。電気けいれん療法(ECT:Electro Convulsive Therapy)は、1940年代から使用されている。確かに、極めて悪名高い治療法だ。しかし、悪名高くなったのは、『カッコーの巣の上で(原題:One Flew Over the Cuckoo’s Nest)
』などの映画でショッキングな形で映像化されたからという理由が大きい。一部の患者にとっては頼みの綱にもなりうる治療法だ。
より新たな形で脳に刺激を与える治療法にも、気分障害に対して治療効果が期待できるものがあるようだ。それは、脳の奥深くに外科的に電極を埋め込んで、電気パルスを届けるというものだ。これは、一部のうつ病患者に効果があるかもしれない。「有望」な治療法として受け止められているのだ。また、非侵襲的なアプローチとしては、磁場で脳の活動に影響を与えるという方法が、米国ではうつ病の治療法として承認されている。
これらの治療法はどれも、完璧なものではない。すべての患者に効果があるわけでもない。そのため、ひとり一人に合わせた形で脳を刺激するアプローチの方が優れている可能性がある。結局のところ、私たちの脳はひとり一人異なっており、年齢を重ねるごとに発達して成熟する中でも変化していく。また、脳の活動パターンは、気分の移り変わりに応じて、1日の中でも変化するものだ。その都度脳の中で何が起きているのかを分析して、それに合わせて脳の活動を調整する方が、より良いのではないだろうかということだ。
それを目指しているのが、南カリフォルニア大学のマリアム・シャネチ准教授だ。彼女は、これまでの自身の研究の進展を、このほどバーチャルで開催されたテクノロジーズ・フォー・ニューロエンジニアリング(Technologies for Neuroengineering)というネイチャー誌主催のカンファレンスで発表した。
興奮できる内容だ。数年前、シャネチ准教授とその共同研究者たちは、「気分解読機」を発表し、メディアの注目を浴びた。脳の活動を追跡することで、その人物の気分を分析できるツールだ。シャネチのチームは、てんかんを患う被験者たちの脳の活動を記録した。被験者となったのは、てんかん発作の原因を医師が調べられるよう、すでに一時的に電極が埋め込まれていた患者たちだ。
シャネチ准教授とその共同研究者たちは、こうした7人の被験者に対して、気分と、1日の中の気分の変化を数日にわたって記録するアンケートへの記入を依頼した。これによって、彼女たちは、どのような気分の時に脳はどのような活動を示すのか、その関係を明らかにできた。
シャネチ准教授たちは、この結果をもとに生み出された気分解読機を使って、被験者の脳の電極から読み取ったデータを分析することで、それぞれの被験者の気分を特定できるようになった。理論的には、このテクノロジーをより幅広く応用して、気分障害の人々の心の中や幸福感についても情報を引き出せるはずだ。
そして今、シャネチ准教授とその共同研究者たちは、「完結型」システムと呼ぶ新たなシステムの構築に取り組んでいる。脳の活動を追跡し、悪い方向に行きそうなときはその兆候を認識して、自動的に脳に刺激を与えることで、それぞれの人物にとって「通常」である状態に戻す、という一連の作業を1つの機器で処理するというものだ。こうした機器を使用すれば、気分を良好な状態に調整するのに役立つはずだ。シャネチ准教授は、「個人のニーズに合わせて、治療を個別化できないかと考えているのです」と言う。
現在、シャネチ准教授のチームは、脳からのデータを解読できるコンピューターモデルの開発に取り組んでいる。こうした機器を実用化するなら、それがどのような機器になるにしても、気分を解読するだけではなく、その個人にとって有益な脳の活動を復元するにはどうすればベストかも判断できなければならない。
シャネチ准教授は、最終的には無線の電極を脳に取り付けた状態で、こうしたモデルを使えるようにしたいと考えている。こうした仕組みが有効であることを窺わせるエビデンスもある。それを示すのは、サラという女性の例だ。サラは、うつ病の症状が特に悪化した際に出現するように思われる特定の脳の活動パターンを追跡するために、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のチームから類似の完結型のシステムを埋め込む処置を受けた。正確には気分解読機ではないが、少なくとも「神経センサー」とは呼べるものだ。この機器は、うつ病の悪化を感知すれば、電気パルスを送る。
そして、このシステムには効果があるようだ。サラは昨年、記者会見の場で、「うつ病が抑えられたことで、生きがいのある人生を立て直すことができました」と語った。
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サラについては、ニュース担当記者のシャーロット・ジーが、昨年詳しく伝えている。
脳への刺激については、さまざまな脳機能に対してどのような効果をもたらすか、調査が進められてきた。非侵襲的な刺激で、高齢者の記憶力を向上する効果さえも得られることは、以前紹介した研究によって示されている。
別の記事では「記憶補装具」について紹介した。脳が記憶を作る方法を真似られるよう設計された電極を複数埋め込むというものだ。
脳に埋め込む電極の多くは硬く、埋め込むと脳に瘢痕組織が生じることがある。そのため、ジュリア・スクラー編集者が2016年に報告しているとおり、ソフトメッシュ版の作成に取り組んでいる科学者もいる。
ネイサン・コープランドは、脳に埋め込んだ電極を通して、コンピューターを操作している。同様の電極を埋め込んだサルと、脳で操作する卓球をプレイすることを望んでいるという。アントニア・レガラード上級編集者が昨年報告している。
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