この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
ウィーチャット(WeChat)を運営するテンセントが、掌紋認証を使った決済機能をひっそりと立ち上げていた。中国のテック系メディアが10月14日、このニュースを初めて報じると、瞬く間に話題になった。中国では8億人の個人ユーザー、1000万の加盟店舗がウィーチャット・ペイ(WeChat Pay)を利用している一方、市民の間では、自身の生体認証データを利便性のために差し出すのは本当に有益化(そして安全か)、すでに懐疑的な見方が広がっている。その後、他の中国メディアもこの件に関して独自の報道を開始した。
だが、テンセントが掌紋認識に基づく決済テクノロジーを実際に開発していたことを示す証拠は、それほど多くない。いくつかの低解像度の写真を除けば、裏付けとして浮上したのは、テンセントが2021年に「微信刷掌(ウィーチャット手のひらスキャン)」や「ウィーパーム(WePalm)」などの商標を登録し、関連する特許も申請していたという事実のみだ。「スキャンおよび支払い機器」に対して2021年12月に取得されている1件の特許には、「QRコード、掌紋情報、および掌の静脈の情報を含む、個人を特定できる情報の少なくとも2種類」を認識できるカメラを用いると記載されている。
ということで、テンセントは大きな新技術の導入に向けて、確かに準備を進めているようだ。ただ、テンセントによる掌紋認識の試みについては、類似の報道が2021年にも出ている。その際、テンセントは、掌紋認識は社内の研究プロジェクトに過ぎず、実際にリリースする計画はないと回答している。そもそも巨大テック企業は、次から次へと先回りして商標や特許を登録するのが一般的だ(アップルも以前に掌紋認識の特許を取得しているが、掌紋認識を用いた消費者向け製品は出していない)。では、今回のテンセントは本気なのかどうか、どうすれば確かめられるだろうか?
オシント(オープン・ソース・インテリジェンス)で確かめればいい。
私は中国のソーシャルメディア・プラットフォーム、特にドゥイン(Douyin)やウィーチャット・チャンネルなどの映像サービスを調べてみることにした。こうしたプラットフォームに絞ったのは、テンセントが掌紋認識を実際に店舗で試しているなら、その様子を目撃して撮影しているユーザーがいるかもしれないと考えたからだ。
すると複数の投稿において、ウィーチャット・ペイ向けの掌紋決済端末が、少なくとも7月以降、カフェやパン屋、スーパーでテストされていることを確認できる映像を見つけた。映像は、深センと広州のユーザーが投稿したものだ。深センは、テンセントが拠点を置く都市である。広州は、深センおよそ100キロメートル離れたところになる、これまた巨大都市だ。投稿によると、ウィーチャットは、ほとんどの場合、掌紋データを登録してレジでの支払いに使用した顧客に対して、少額の割引(10人民元以下)を提供しているようだ。
特に印象的だった映像がある。ウィーチャットの従業員と思われる人物が、認識端末の前に手を置いて、掌紋を記録するよう指示している声が聞こえる映像だ。「ウィーチャット・ペイの新機能です。皆様、ぜひ当社のサービスをお試しください。応援をお願いいたします」。手のひらをスキャンしたユーザーは、お礼として1セントで炭酸水がもらえる。
映像ではこの後、この機能はいつリリースされたのかと係員に尋ねている。それに対して、この機能は半年前からあるが、広州でも始まったのはつい最近のことだという返事が聞こえる。
映像で確認できる支払い端末は、アイパッド(iPad)ほどの大きさの白い箱で、指示が表示される画面が1つ、掌のデータをキャプチャーするカメラが1つある。この端末の目的が、掌紋認識テクノロジーの純粋なテストなのか、精度向上のためのデータ収集なのかは不明だ(その両方である可能性もある)。様子を写した映像では、いずれも顧客に対してデータをどのように使用するのか、説明する様子を確認できなかった。テンセントに対してコメントを求めたが、現時点で回答は得られなかった。
具体的な用途は不明にせよ、映像に写る端末はまだテスト段階のようだ。「ウィーチャット掌紋スキャン決済のテスト拠点」あるいは「社内テスト/社外秘」という注意書きの文字がしばしば映像に写り込んでいるからだ。ネット上に投稿されたある写真では、端末の撮影が禁じられている旨の注意書きが確認できる(注意書きがあっても、写真や映像を撮ったり、それをインターネットで公開したりする人がいたということだ)。
取材を進める中で、かなり以前から私が感じていたことの正しさを確認できた。それは、中国の中で何が起きているかを、中国の外からうかがい知ることは難しいということだ。背景には、強力な検閲体制、入国規制による中国入りの難しさが挙げられる。だが、ドゥインや快手(クアイショウ)などの中国の映像プラットフォームは、ウェイボー(Weibo)などの従来からあるサイトを抜かして、人々が自己表現をしたり自身の生活を記録したりする唯一の場所となりつつあり、これまで以上の情報を映像から得られるようになってきている。映像の内容は、テキストよりも検索が難しい。そのため、精査には苦労するが、わずか数秒の映像にテキストより多くの情報が記録されていることもめずしくない。
掌紋認識については、今回紹介したい内容以外にも多くの話題がある。顔認識が長年主流だったのに、なぜ今になって掌紋認識というテクノロジーが勢いづいているのか? パンデミックで多くの人がマスクを着用するようになったことで、掌紋認識の開発の方向性はどう変わったのか? データ・プライバシーについての認識が深まりつつある現状は、掌紋認識の見通しを明るいものにするのか? それとも暗いものにするのか? ほかにも、技術面や倫理面で、さらに数多くの興味深い観点から議論が必要だ。詳しくは近日公開する予定の完全版の記事で取り上げることにする。続報をお待ちいただきたい。
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中国関連の最新ニュース
1. 習近平が権力体制を固めている中国には、「内部報告」システムといって、国営メディアのジャーナリストが、機密情報を含む機微に関する報告を執筆し、検閲されずに指導部に送れる仕組みがある。この仕組みによって、極めて重要な情報が外に出る機会がますます減っている。(AP通信)
2. 中国のファストファッション通販サイトである「シーイン(Shein)」の今年度の売上高は240億ドルに達する見込みだ。2021年度の売上高が181億ドルだったH&M、276億ドルだったザラを、近いうちに追い抜くかもしれない。(ウォール・ストリート・ジャーナル紙 )
3. 従業員20万人以上を抱える中国最大のフォックスコンの工場が、新型コロナウイルス感染症によって封鎖されており、一部の従業員は隣接する都市に徒歩で逃亡している。(ロイター通信 )
- 一方の上海では、新型コロナウイルス感染症対策のため、ディズニーランドが突然封鎖された。一部の来園者は、PCR検査で陰性が確認できるまで帰れなかった。(ギズモード)
4. ウォール・ストリート・ジャーナル紙の報道によって、ファーウェイ幹部とカナダ人2人の囚人交換の舞台裏、囚人交換を実現するための米国、中国、カナダの3年間にわたる交渉の内情が明らかになった。(ウォール・ストリート・ジャーナル紙 )
5. ラテンアメリカのテック労働者たちの間で、中国系テック企業を渡り歩いて、キャリアアップを急ぐ動きがある。中国系企業は、各地域に合わせた体験を提供するため、多額の報酬を用意している。(レスト・オブ・ワールド)
6. ゼロコロナ政策と専制主義に抗議する複数の横断幕が北京市内に掲げられたことをきっかけにして、世界中の若い中国人たちが、ネット上や大学のキャンパスなどで同様のメッセージを発している。(ニューヨーク・タイムズ紙 $)
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7. 中国の新婚カップルたちに、地方政府から電話がかかっている。子どもをもうけるよう促す電話だ。(ロイター通信 $)
事前購入でガソリンを安く、人気クーポン企業のビジネスモデル
中国では、ガソリン価格が上昇を続けている。毎日経済新聞の報道によると、ガソリンスタンドのクーポンを販売する新たな企業がいくつも出現し、自動車オーナーの間で人気だという。ガソリンを割引価格で事前購入し、その後の数週間で購入分を指定のガソリンスタンドで給油できるというサービスだ。このビジネスモデルは大人気で、すでに業界では30社ほどが競合している。中には、投資家から数千万ドルを調達した企業もある。
こうした企業はどのようにして利益を出すのだろうか? クーポン企業は、ユーザーがクーポンを購入してから少なくとも1カ月経過してから、ガソリンスタンドに料金を支払う。この支払いまでの時間で、企業はプールしてある購入代金を高金利で貸し出すのだ。つまり、ただのクーポンアプリに見えて、実際は金融プラットフォームということだ。そのため、金融市場のボラタリティの影響を受けることになる。
あともう1つ
中国では最近、劉学坤(ジャン・ティエガン)というラッパーが人気だ。北西部の農村地帯出身の素朴な女性だが、英語の人気ラップソングを披露しており、流れも発音も完璧。昔ながらの服装でポーカーフェイス、中国の田舎町を背景に歌う。劉は、このように一般的なラッパーのイメージとはかけ離れており、そのおかげで映像はドゥインで大拡散されている。「外から見ればトラクター、でも中身はフェラーリ」だというコメントが、劉の映像に対して投稿されている。