米国政府がバッテリー産業に大規模投資、これまでとの違いは?
電気自動車の普及に欠かせないバッテリーの国内製造に米国が本腰を入れている。これまでも電池関連メーカーを対象とした助成金制度をいくつも用意してきたが、サプライチェーンの上流への投資を大幅に強化しているのが特徴だ。 by Casey Crownhart2022.11.15
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
米国は気候関連技術への支出を惜しまない。連邦政府はこの1年間、その政策を通じて、エネルギーと気候問題のために数千億ドルもの資金を確保してきた。現在、その資金の一部の交付が始まっている。
米国エネルギー省は、国内で電池の材料や部品を製造する企業に対する、約28億ドルの助成金を発表したばかりだ。前回の記事でも取り上げたが、今回はこの助成金が重要な理由をより深く掘り下げる。実際に資金を受け取った1社から、助成金が持つ意味について話を聞いた。
背景
米国内で電気自動車や電池を製造する企業による発表が、ここ数カ月相次いでいる。
これらの発表は、米国内での電池の製造を増やす過程における注目すべき第一歩だ。だが、これまでのところ、計画されているこれらの支援は、一見したところ電池のサプライチェーンにおけるごく小さな部分に過ぎないように見える。
電池の製造に必要なプロセスを簡単に復習してみよう。
- リチウムなどの原材料を採掘する。
- 原材料を加工・精製して、電池に使える形にする。
- 電池の部品(特に電極)を製造する。
- 電極をほかの部品と組み合わせて、電池セルを製造する。
- 電池セルを電池パックに組み立て、電池を電気自動車に搭載する。
これまでの投資の多くは、サプライチェーンの最後の数ステップに偏っていた。つまり、電池セルの製造、電池パックの組み立て、そして電池を電気自動車に搭載するステップである。
しかし、多くの専門家は、サプライチェーンのより上流部分も米国内に構築する必要があると考えている。最近の政策は、それを後押しすることを目的としている。インフレ抑制法における電気自動車に関する新たな税額控除では、電池や電気自動車が北米製であるだけでなく、鉱物や金属をどこから調達し、どこで加工するかについても要件を定めている(それらの税額控除については、この記事が説明している) 。
助成金交付先の傾向
2021年11月に可決された超党派インフラ法に基づく今回の助成金の目的は、後れをとっている電池サプライチェーンのより上流部分を支援することだ。この支出は、チェーンの中間プロセスを対象としている。つまり、原材料の精錬と電池部品の製造である。
助成金は19社の20のプロジェクトに対し支出され、合計で28億ドルとなる(リサイクル・精錬企業のアセンド・エレメンツ(Ascend Elements)は、異なる2つのステップで1件ずつ助成金を獲得し、合計で5億ドル近くの資金を得ている)。
今回の交付金では、以下の点が印象的だった。
- これらの助成金は、ほとんどが研究ではなく事業を対象とし、市場にすぐ影響を与えそうな要素を多く含んでいる。
- リチウム加工に力を入れているようで、この分野で4社に助成金が交付されている。ニッケルやグラファイトの加工もリストに入っている。
- リン酸鉄リチウム電池を製造している会社にも、数件の助成金が交付された。この電池は、リチウムイオン電池より低コストで、性能はやや劣る。市場でシェアを拡大しており、専門家が最も懸念している金属の1つであるコバルトを含んでいないことから重要性を増している。
- シリコン電極にも、数件の助成金が交付された。まだ電気自動車には広く使用されていないが、近い将来使われるようになる可能性があり、航続距離を伸ばすのに役立つであろう(これらの技術の詳細はこちら)。
助成を受けた1社
発表後、19社のうちの1社に選ばれたアメリカン・バッテリー・テクノロジー・カンパニー(ABTC:American Battery Technology Company)のライアン・メルサートCEOに話を聞いた。ABTCは、電池のリサイクルとリチウムの抽出・精錬に取り組む電池材料関連会社だ。
同社は、ネバダ州に商業用のリチウム加工施設を建設するために約5800万ドルを得た。プロジェクトはすでに進行中だったが、連邦政府から資金を得てスケジュールを短縮できたとメルサートCEOは言う。「追い風を吹かせてくれたことと、支援を受けたことに感謝しています」 。
採鉱事業を拡大するため、ABTCはさらなる資金調達の機会を狙っているとメルサートCEOは言う。特に、国防生産法に注目している。米国内での電池供給を促すことを目的として、バイデン大統領は今年、同法を発動した。主として採鉱に焦点を当てている。
しかし、問題は資金だけではない。「越えなければならないハードルがまだいくつもあると考えています」とメルサートCEOは言う。特に許認可プロセスは、同社を含む新しい採鉱プロジェクトにとっての障害になるかもしれない。
今後の展開
電池関連産業への資金は、他にもさまざまな法律に基づいて交付される。今後数カ月間において、超党派インフラ法に基づく助成金がさらに数十億ドル単位で電池企業に交付される予定だ。
半導体・科学法(CHIPS法)、インフレ抑制法、国防生産法からも資金が交付される。気候テック企業にクリスマスが訪れたようだ。
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気候変動関連の最近の話題
- ビル・ゲイツが設立した気候ファンド「ブレークスルー・エナジー(Breakthrough Energy)」は対象を拡大する。これまでは温室効果ガスの排出量削減を目的としたプロジェクトを中心に支援してきたが、今後は気候変動による被害の軽減・回避を狙いとする適応策プロジェクトへの資金提供を開始する(MITテクノロジーレビュー) 。
→本誌のジェームズ・テンプル上級編集者が、シアトルで開催されたブレイクスルー・エナジー・サミットの模様をレポートしている。ゲイツ、ジョン・ケリー気候特使、米国エネルギー省のジェニファー・グランホルム長官らの発言はこちらの記事で紹介している。 - 国連の気候変動会議(COP27)がエジプトで開催中だ。
→この1年間に発生した多くの大災害に鑑みて、各国が、特に米国のような裕福で排出量の多い国に対し、さまざまな対策を求めてくることが予想される。(インサイド・クライメート・ニュース) - → 国連が2022年10月27日に発表した報告書によると、各国が現在の誓約を変えない限り、温暖化は2.1~2.9°Cに達すると予想される。最悪の気候変動の被害を防げる1.5°Cの目標をはるかに上回る。(ニューヨーク・タイムズ)
→ 歴史を指標とするならば、今回の会議は大きな変化をもたらさないだろう。国連会議が果たすべき役割と、重要な変革が期待される場所については、ジェームズ・テンプル上級編集者が昨年の記事で書いている。(MITテクノロジーレビュー) - ハリケーン「イアン」によるフロリダ州の洪水で、海水によって数台の電気自動車のバッテリーが損傷し、火災が発生した。この火災によって安全性への懸念が高まり、電気自動車が政治的な標的になってしまっている。ただ、専門家によると、このような事故は比較的まれだという。(E&E ニュース)
- 10月にアイダホ州で始まったコバルトの採鉱は、米国鉱業の将来を予見させるものかもしれない。つまり西部で採鉱が盛んになり、それを巡る衝突が増えるかもしれない。(ハイ・カントリー・ニュース)
→研究者や企業がコバルトを使わない電池の製造に取り組んでいるが、最近発表されたある論文は、この金属がすぐに使われなくなることはないとしている。(ネイチャー・エナジー) - かつてグリーン自動車の先駆者とされたトヨタは、電気自動車では後れをとっている。トヨタは今、テスラなどの電気自動車メーカーに追いつくため、戦略の策定を急いでいる。(ロイター)
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- ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
- MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。