この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
教室に戻った私は、プラスチック製の小さな椅子に座って、先生の言葉を注意深く書き留めていた。それは私にとって初めての保護者会だった。偶然にもその数日前、私は アムステルダムで開かれた会議で、親になるとはどういうことなのか? 科学者や倫理学者の議論を聴いたばかりだった。
新たな生殖技術によって家族の作り方が変わろうとしている今、この問いへの答えもまた変化しつつある。生殖技術について考えるとき、我々は新生児を念頭におく傾向がある。例えば、子どもが生まれる可能性はどの程度あるだろうか? 子どもの健康や幸福に何らかの影響を及ぼすだろうか? と。
しかし、生殖技術を求めるほとんどの人々の目標は、親になることだ。アムステルダムでの会議において、ウォーリック大学の生命倫理学者であるヘザー・ドレイパー教授がこう表現したように。「ほぼ間違いなく、受胎補助の主な目的は、子どもを作ることではなく、親を作ることなのです」。
生殖補助医療技術の進歩により、親になることの意味を、遺伝子レベルでも考え直さなければならなくなっている。体外受精(IVF)では、親になる人が他人から提供された卵子や精子を使うことが認められているし、提供者が生まれた子どもの人生に関与する場合もしない場合もある。だがこれは体外受精だけではない。遺伝的に3人の親を持つ子どもを作るテクノロジーはすでに実用化されている。近い将来、4人以上の遺伝的親を持つ子どもが誕生してもおかしくはない。
この種の進歩は、必然的に重要な問題を提起する。どのような遺伝的寄与があれば、ある人が親になったり、ならなかったりするのか? 子どもにとって理想的な親の人数は存在するのだろうか? そして、突き詰めれば、遺伝とは本当に重要なのだろうか?
親が3人?
この疑問は6年ほど前、ニューヨークの医師が新しいテクノロジーを使って「3人の親を持つ赤ちゃん」を誕生させたと明らかにしたことによって表面化した。この新生児の母親は、エネルギーを供給する細胞の構成要素であるミトコンドリアに、致命的な病気を発現する可能性のある遺伝子を有していた。これを回避するべく、この医師と同僚らは、ドナーから採取したミトコンドリアDNAと、女性の卵子、パートナーの精子を使用した。
その結果誕生した子どもには、厳密には親が3人いることになる。ただし、この子のDNA全体のうち、ミトコンドリアDNAが占めるのはごく一部に過ぎない。このことから、実際には「3人の親を持つ赤ちゃん」という言葉は当てはまらない、という科学者もいた。しかしこの主張は、子どものDNAのうち何割を提供すれば親とみなすことができるかという、何らかのしきい値があることを意味する。
現在、この手法は少数のクリニックが手掛けており、使用する理由のほとんどは親から子へのミトコンドリア病の遺伝を回避するためである。このようなケースでは、ほとんどの場合、ミトコンドリアDNAを提供するのは血縁関係を持たないドナーであり、生まれる子どもとそれ以上の接触を持つことはないだろう。
だが、ミトコンドリアDNAが子どもとの遺伝的つながりを示す重要な価値を有する場合もある。たとえば、2人の女性が一緒に子どもを産もうとする場合、どちらか片方の卵子とドナーの精子を使うかもしれない。そのような場合、子どもは片方の女性としか遺伝的なつながりを持たないこととなる。そこで、もう一人の女性のミトコンドリアDNAも含められれば、かなり小さいものではあるが、その女性も子どもとの遺伝的つながりを持てることになる。
親が4人以上?
さらに多くの人が子どもの遺伝的親という地位を共有できるようになるかもしれないテクノロジーには、ほかにも開発中のものがある。ヒトの皮膚や血液の細胞を卵子や精子の細胞に変化させようと、科学者たちは実験室で懸命に働いている。すでにマウスでは実現できている。もし人間で実現できれば、生物学的な親子関係を有する可能性はさらに広がる。
最初の用途としては、同性カップルが遺伝的つながりのある子どもを持てるようになることが考えられる。例えば、1人の男性の皮膚を卵細胞に変えて、パートナーの精子と受精させ、胚を作るといった具合だ。
だが、同じテクノロジーを使って、その胚から別の精子や卵細胞を作ることもできる。理論的には、2組のカップルの生殖細胞を使って同じことをすれば、最終的に4人の遺伝子を受け継ぐ胚を作ることができる。
さらに複雑なことに、4人の大人は実際には祖父母であって、工程の途中で作られた胚が子どもの両親となる。このような子どもは、厳密には親を持たずに出生するという科学者もいる。見方を変えれば、4人の親がいることになる。
もちろん、遺伝的なつながりがあれば親になれるというものではない。親とは、DNAを供給した者のことではない。子どもの世話をして、子どもの生育環境を提供する者が親である。
子どもの生物学的な親である必要はない。これは当然のことだが、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのヴァサンティ・ジャドヴァ講師が収集したデータによっても裏付けられている。ジャドヴァ講師らは、2000年前後に生まれた223人の子どもの生育状況を追跡調査した。調査対象者となった子どものうち80人が一般的な方法での妊娠、51人が卵子提供、50人が精子提供、42人が代理母による妊娠であった。だが、子どもたちの間に、子ども時代を通しての幸福度に実質的な差はなかった。
2歳までに、ドナーや代理母により生まれた子どもたちに、社会的、感情的、または認知的発達の面で違いは見られなかった。強いて言えば、むしろ一般的な方法で生まれた子どもたちよりも、親との関係は良好に保たれているようだ。
この子どもたちは、妊娠の状況についても特に気にしていなかった。アムステルダムの会議でジャドヴァ講師が述べたところによると、21歳になるまで子どもたちのほとんどは、卵子や精子提供、代理出産で生まれたことを気にしていなかったという。
遺伝的な親子関係を重要視している人もいるようだが、ウォーリック大学のドレイパー教授はこれを「理解できない」と述べた。また、「生物学的なつながりにこだわるあまり、生物学的でない親を第2の親とみなす風潮がありますが、これは実に失礼なことだと思います」と語った。
この言葉を聞いてから、私はずっと考えていた。ほとんどの点については同意できる。つまり、親として責任を果たすことは、子どもとDNAをどれだけ共有しているかとは何の関係もない。しかし、多くの人にとっては、生物学的な親子関係が重要であることも忘れてはならない。さらに、もし技術的に可能であれば、ジェンダーや性的指向、健康状態にかかわらず、すべての人が選択肢を持てるようにすべきではないだろうか。
厄介な問題だ。結論が出るまでの間、私は親としての自らの義務を果たすことに集中しよう。宿題を手伝ったり、加工食品やスマホ時間を制限したり、あるいは単に抱きしめる時間をもっと作ったり。娘の担任の先生には、「すでに科学に興味を示しています」と言われたので、ひとまずは上手く行っているとしよう。
MITテクノロジーレビューには、関連する記事が多数ある。
私は最近、ヒトの卵子と精子の細胞を作成する研究室間の競争について詳しく取材(リンク先は翻訳中)した。
これは、本誌のアントニオ・レガラード上級編集者が昨年書いた記事に続くものである。アントニオの記事は、生命工学企業であるコンセプション(Conception)の業務(社名である「受胎」を実現しようとしている)を取り上げている。
「3人の親を持つ赤ちゃん」の誕生から1年後の2017年、本誌のエミリー・マリン編集者(当時)は、事件の背景にいた医師が、同様のアプローチを用いて卵子を若返らせようとしていたことを詳述した。
トランスジェンダーの男性の卵子を実験室で成熟させる方法を研究している科学者もいる。実現すれば、このような男性が遺伝的につながりのある子どもを持てるようになるかもしれない…
そして、「3人の親」アプローチはこの場面でも役に立つかもしれない。
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その他の注目のWeb記事
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- 老化とは病気なのか? 議論は続いている。(MITテクノロジーレビュー)
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- テキサス州の公立学校は、子どもたちの家にDNAキットを送り始めようとしている。その趣旨は、緊急時に役立つ可能性のある情報を保護者に提供するためだ。しかしこの試みは、学校での銃乱射事件について一層の不安を子どもの家族に与えるだけかもしれない。(Motherboard)