最終判断、AIに託す 「安楽死カプセル」が問う 生死の倫理
知性を宿す機械

The messy morality of letting AI make life-and-death decisions 最終判断、AIに託す
「安楽死カプセル」が問う
生死の倫理

カプセル型の安楽死装置「サルコ(Sarco)」の開発者は、死を望む人の意思決定を支援するアルゴリズムを開発している。常軌を逸した発想に思えるが、生死を分ける決断にAIを巻き込もうとする動きは広がっている。 by Will Douglas Heaven2022.12.06

フィリップ・ニチキはオランダのロッテルダムにある工房で、自身が開発した安楽死装置の新型「サルコ(Sarco)」の最終テストを監督している。「ドクター・デス」「安楽死のイーロン・マスク」という異名を持つニチキによると、サルコはあと数回の最終テストが終わると、最初のユーザーが待つスイスに出荷されるという。

サルコはニチキが創設し理事長を務める非営利団体「エグジット・インターナショナル(Exit International)」が3Dプリンターで製作し、配線を施した3台目の試作機だ。1号機はドイツとポーランドで展示されている。「2号機は大失敗でした」とニチキ理事長は話す。そして今、2号機の作製上のミスを修正した3号機の出荷準備が整った。「これが実際に使われるサルコです」。

サルコはスタートレック風にデザインされた棺桶サイズのカプセルで、ニチキ理事長が25年にわたって訴えてきた、テクノロジーによる「死の非医療化」という構想の集大成だ。この密閉カプセルの中に入り死を選ぶ人は、「あなたは誰ですか?」「どこにいますか?」「そのボタンを押すと、何が起こるか分かっていますか?」という 3つの質問に答えなければならない。

何が起こるのか。ボタンを押すと、サルコ内部が窒素ガスで満たされる。カプセル内の人は1分以内に意識を失い、5分程度で窒息死する。

最後の短い面接でやり取りされる3つの質問の記録は、その後、スイス当局に渡される。ニチキはまだスイス政府に(安楽死の)承認を求めてはいないが、スイスは安楽死を合法化している数少ない国の1つだ。死を望む人が最後の行為を自ら実行する限り、自殺幇助は認められている。

ニチキ理事長は安楽死をできるだけ手助けをしないことで、自殺を選択した人が最期の瞬間まで自主性と尊厳を感じられるようにしたいと考えている。「本当に、死ぬのに医者なんて必要ありません」(ニチキ理事長)。

サルコは安楽死クリニックで通常使用されるバルビツール酸系催眠薬ではなく、広く入手可能な窒素ガスを使うため、医師が注射したり、致死薬の使用を承認したりする必要はない。

少なくとも理論上はそのように考えられるが、ニチキ理事長はまだ完全に医療を回避できたわけではない。ニチキ理事長の説明では、スイスでは安楽死希望者に知的能力の証明が求められており、通常、精神科医によって評価される。「死を望む人には、診断されていない何らかの精神疾患があるという思い込みがいまだにあります。人が死を求めるのは、合理的ではないという考え方です」。

しかし、ニチキ理事長は解決策があると考えている。解決策とは、人々がコンピューター上である種の精神医学的自己評価ができるようにすることだ。そして、エグジット・インターナショナルはそれを実現するアルゴリズムの開発に取り組んでいる。理論的には、このオンライン・テストに合格した人に、プログラムがサルコの作動を可能にする4桁のコードを提供する。「それが目標です」とニチキ理事長は言う。「そうは言っても、このプロジェクトが非常に困難であることは分かっています」。

ニチキ理事長の目標は、一部の人には極端で、常軌を逸しているようにさえ思えるかもしれない。また、ニチキ理事長のアルゴリズムの能力への信頼は過剰かもしれない。しかし、生死を分ける決断にテクノロジー、特に人工知能(AI)を巻き込もうとしているのはニチキ理事長だけではない。

ニチキ理事長が自ら死を選択をする能力を個人に与える手段としてAIをとらえている一方、AIがそうした選択の負担から人を解放するのに役立つのではないかと考える人もいる。すでにAIを患者のトリアージや治療に利用する医療分野は増えている。アルゴリズムが医療の重要な部分を占めるようになるのであれば、AIの役割は道徳的な決定ではなく、医療上の決定に限定されなければならない。

医療のリソースは限られている。患者は、検査や治療を受けるために予約をして待たなければならない。臓器移植が必要な人は、移植可能な心臓や腎臓を待たなければならない。ワクチンは、(ワクチンを保有している国の)最も脆弱な人に最初に提供されなければならない。そして、パンデミックの最悪の時期、病院がベッドと人工呼吸器の不足に直面したとき、医師はすぐに治療が必要な人、治療をしない人を迅速に決定しなければならなかった。悲劇的な結果を伴う決断だ。

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による危機の発生で、そのような選択の必要性に注目せざるを得なくなった。そして、アルゴリズムが役立つ場合もあり、多くの人を驚かせた。世界中の病院が、トリアージを支援するために新しくAIツールを購入したり、既存のAIツールを利用したりした。AIツールを使った胸部X線画像による診断を検討していた英国の一部の病院は、最も深刻な新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者を迅速で安価に特定する方法として、AIツールに飛びついた。インドのムンバイに拠点を置くクレーAI(Qure.ai)や韓国のソウルに拠点を置くルーニ(Lunit)など、医療AI技術を提供する企業は、欧州、米国、アフリカで契約を結んだ。イスラエル、インド、米国の病院にAIを基盤としたトリアージ・ツールを提供しているイスラエルの企業ダイアグナスティク・ロボティクス(Diagnostic Robotics)は、パンデミックの最初の年に同社のテクノロジーに対する需要が7倍に跳ね上がったと述べている。それ以来、医療AI分野でのビジネスは活況を呈 …

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