バイデン政権は10月5日に、米国のテック企業との取引を禁止する中国軍需企業のリストを更新した。その際、ダーファ(Dahua)がこのリストに加えられたことに驚きはない。ハイクビジョン(Hikvision)に次ぐ世界第2位の監視カメラメーカーであるダーファは、世界180カ国以上で製品を販売している。このことは中国企業が、いかに映像監視産業の最前線に躍り出ているのか、そして世界、特に中国において、いかに多くの監視テクノロジーの導入を推進してきたかを示している。
過去10年間、中国は監視テクノロジーの分野で世界のリーダーとして台頭し、米国を中心とする西側諸国はその様子に警戒を強めてきた。実際、中国政府は、コンピュータービジョン、IoT、ハードウェア製造業の最先端研究を日々のガバナンスへ応用する方法を探る、最前線にいる。だがそれは、多くの基本的人権の侵害につながっている。中でも最も残忍なのは、新疆ウイグル自治区のイスラム系少数民族に対する監視だろう。その一方で中国は、誘拐された子どもの発見や、人口の多い都市における交通管制やゴミ管理の改善など、監視テクノロジーを良い方向にも役立てている。
ウォール・ストリート・ジャーナル紙のジョシュ・チン記者とライザ・リン記者は、2022年9月に出版された新著『Surveillance State(監視国家)』で 、中国政府は国民と新しい社会契約を結ぶことに成功したと論じている。国民は、より正確なガバナンスと引き換えに個人情報を放棄しているというのだ。理想的には、そのことが国民の生活をもっと安全で簡単なものにするという(実際には必ずしもそう簡単にいかないとしても)。
MITテクノロジーレビューは最近、書籍の形で実を結んだ2人の5年間の取材に関して、チンとリンの両記者に話を聞いた。掘り下げたテーマの1つは、中国ではプライバシーが重視されないという誤解についてだ。
「そのような疑問を抱いた場合、多くの外国メディアの報道は『中国人はプライバシーという概念を持っていないだけだ。彼らはそれを受け入れるよう洗脳されている』と一蹴するでしょう」とチンは言う。「それは、私たちとしてはあまりに安易な結論のように思えました。そこで、もっと掘り下げてみたいと思ったのです」。そうしてチンとリンは、プライバシーというものの認識が、実は当初見えていたよりも柔軟であることに気づいたという。
また、パンデミックが中国での監視テクノロジーの利用をどのように加速させたか、テクノロジーそのものは中立を保つことができるかどうか、そして諸外国がどの程度中国に追随しているかについても話を聞いた。
監視国家の台頭に世界がどう対応すべきかは、「現在、世界政治が直面している最も重要な課題のひとつかもしれません」とチンは言う。「なぜなら、これらのテクノロジーは、政府が人々とやり取りし、管理する方法を完全に変える可能性があるからです」。
ジョシュ・チンとライザ・リンとの会話から得られた重要なポイントを以下に紹介しよう。
中国は新しい社会契約を促進するため、プライバシーの定義を書き換えてきた
数十年にわたる2桁のGDP成長の後、中国の経済ブームは過去3年間で減速し、さらに強い逆風に直面することが予想されている(世界銀行の現在の予測では、中国の2022年の年間GDP成長率は2.8%に低下する)。そのため、権威主義的政府が主導する経済からのより良いリターンを約束した古い社会契約は緊迫し、新しい契約が必要とされている。
チンやリンが指摘するように、中国政府は現在、国民一人ひとりのデータを幅広く収集することで、彼らが何を望んでいるかを(国民へ票を与えることなく)探り、そのニーズに応える社会を構築できると提案している。
しかし世界中の人々と同じく、プライバシーの重要性への認識を高めている国民にこれを売り込むためには、中国は個人主義的理解から集団主義的理解へと、プライバシーの概念を巧みに再定義しなければならなかった。
プライバシーという考え方そのものが、「信じられないほど混乱を招きやすく、変化しやすい概念です」とチンは言う。「米国の法律 …