人工生殖細胞で変わる
子どもの作り方
「火の鳥」の世界に近づくか
科学者たちは近いうちに、ヒトの皮膚や血液の細胞から卵子や精子を作れるようになるかもしれない。子どもを授かるための新しい方法になるとの歓迎する声もある一方、それが将来どのような意味を持つのか? 議論すべき点は多い。 by Jessica Hamzelou2022.12.12
もしかしたら、子どもを作る方法が変わる瞬間なのかもしれない。
- この記事はマガジン「世界を変えるU35イノベーター2022年版」に収録されています。 マガジンの紹介
精子が卵子に出会うと、胚ができる。しかし、その他の細胞―血液や皮膚生検の標本から「人工」精子や卵子を作ることができるとしたら? 子どもを作るのに必要なものが、たったそれだけだとしたら?
これが、ある急進的な生殖のアプローチが約束するものだ。科学者たちはすでにマウス細胞から人工卵子と精子を作ることに成功しており、それらを用いて仔マウスもつくっている。次は人工ヒト生殖細胞の番だ。
こうした科学の進歩は不妊の終わりを告げるかもしれない。研究室で新しい卵子や精子を作ることができれば、健康な卵子・精子の不足に悩む必要はなくなる。また、従来とは違った形で親となる道も開かれるだろう。同性カップルも遺伝的なつながりのある子どもを持つことができるようになる。シスジェンダーの女性が自分の精細胞を作ることができれば、それを用いてパートナーの卵子を受精させることができるのだ。同様に、シスジェンダーの男性が自分の卵細胞を作って、パートナーの精子で受精させることができるようになる。それだけではない。この技術は、たとえば4人の親からそれぞれの遺伝的貢献度が等しい1人の赤ちゃんを作ることも可能にする。あるいは、1人の人から精子・卵子の両方を作り、それらから胚を作ることもできる。
少なくともこれが、この10年間の研究結果がもたらす興味深いビジョンだ。やり方は分かりつつある。問題は実現に漕ぎ着けること、そしておそらくもっと難しいことかもしれないが、その過程で現れる、ぐちゃぐちゃにもつれた倫理的問題を解きほぐすことだ。
ヒト生殖細胞の作製はマウスの精子・卵子に比べてはるかに難しいことが明らかになっている。何年も挑戦してきた研究者たちの一部が、あきらめ始めているほどだ。これは手間暇のかかる作業で、細胞が精子・卵子に分化する仕組みやヒト胚の発達の仕組みの専門知識が要求される。しかし、その詳細なメカニズムはまだよく分かっていない。
一番の問題は、有望な研究結果から、我々の生殖の仕方を容認可能で安全な形に変えることができる時が来るかどうかだ。精子や卵子がどのように形成されるのかは、まだ多くの点で深い謎に包まれている。そして、その知識がなければ、研究室でつくられた卵細胞・精子細胞には、それらからできた赤ちゃんが生まれるときまで、あるいはその子の人生のずっと後になるまで現れないかもしれない、破滅的な病気のリスクを抱える可能性があるのだ。
楽天的な向きは、IVF(体外受精)も当初は同様の懸念が指摘されたと主張するかもしれない。近年では、IVFなどの生殖補助技術によって、米国だけでも毎年約7万3000人の赤ちゃんが生まれている。安全な方法を発見できれば、人工生殖細胞は生殖をさらに劇的に変えてしまうかもしれず、生物学的な親であることの意味が再定義される可能性がある。
しかしこれは、あくまでも「もし発見できれば」という、仮定の話だ。
精子と卵子を作るレシピ
京都大学で発生生物学を研究する斎藤通紀教授は、過去10年以上にわたり、実験室で人工卵子・精子を作り出す「試験管内配偶子形成」と呼ばれる分野で極めて画期的な研究を主導してきた。研究の大部分は2006年に開発された、成熟細胞を幹細胞に変えることを可能にするノーベル賞受賞技術に依拠している。幹細胞とは心筋細胞、肝細胞、脳細胞といった、体内のほぼどんな特殊細胞も作れる細胞だ。幹細胞を卵細胞や精細胞に誘導するにはコツがある。
マウスにおいては、培養皿の上で、マウス胚から採取した細胞の脇に幹細胞を並べるとうまくいくようだ。細胞はまず始原前駆細胞へと変化した後、やがて卵細胞に発達する。これらの卵子は、精子で受精させて胚を作製することも可能だ。
2012年には、斎藤教授と林克彦准教授(当時)のチームがこのアプローチを用いて初めてマウスの始原卵細胞を研究室で作製した。2016年には同チームは成熟卵細胞を作製した。チームが用いた幹細胞の一部はマウス胚から採取したものだが、それ以外はマウスの尻尾の細胞を使って作製された。
これらの卵子を熟成させたのち精子で受精させて作製された胚を雌マウス体内に移植すると、明らかに健康な仔マウスが生まれた。この偉業はいかなる基準からしても目覚ましいブレイクスルーであり、人間の生殖ががらりと変わろうとしていると世界中の報道機関が急ぎ報じた。
斎藤教授と林准教授のチームに加え、他のチームも、マウス精子で同様の成功を収めている。
そして今、ヒト細胞で同じことをするための競争が始まっている。研究者たちは未熟生殖細胞の作製に成功し、これらを胚の作製に利用できるよう細胞をさらに先に進めようと取り組んでいる。斎藤教授は現在、卵子に集中している。教授のチームはヒト細胞を4カ月間研究室で培養し、卵子の前段階である卵原細胞にまで進めることに成功した。
一方、かつて斎藤教授の教えを受けたペンシルバニア大学の佐々木恒太郎助教授は2015年、男性の血液細胞を幹細胞に変え、精子へとつながる始原細胞を作製した。「初期(生殖)細胞を作る、いわばレシピのようなものです」と、佐々木助教授は言う。以来、同チームはこれらの始原細胞を研究室で精子へと成熟させる試みに取り組んでいる。直近では、同チームは精細胞の前駆体である、精原細胞と呼ばれる細胞の作製に成功した。「培養皿での精子作製に一歩近づきました」と、佐々木助教授は言う。
しかし、卵・精細胞の両方において、肝要となる最後のステップが今のところ並外れて困難であることが示されている。成熟した卵子と精子は染色体の数が他の体細胞の半分しかない。このことは極めて重要だ。これにより2つの細胞が合わさり、染色体が完全に揃った胚の形成が可能となるからだ。前駆細胞は染色体を半減させるため、減数分裂と呼ばれる特殊な細胞分裂を行なう必要がある。これをヒト細胞で人工的に再現することに成功した人はまだいない。
佐々木助教授は、その一歩手前まで迫っていると考えている。未発表の研究で未熟精細胞を成熟に一歩近づけることに成功したとし、これらの細胞が減数分裂を開始したと主張している。減数分裂が完了すれば、精子が完全に成熟していなくても卵子の受精に用いることが可能となる。
しかし他にもハードルはある。いくつかはあまりに困難で、多くの科学者がギブアップしたほどだ。まず一つの点として、幹細胞を正しい方向に促すのは独特なさじ加減と専門技能を要するようだ。誰でも人工卵・精細胞を作製できるわけではないのだと、斎藤教授は話す。
トップシェフ
斎藤教授と、現在は大阪大学で教授を務める林は、驚異的な技能を要する世界的に有名なチームを率いている。両氏の功績は、たとえば大田浩准教授のよう …
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