「前例ない」パイプライン損傷、復旧に立ちはだかるこれだけの壁
ロシアとドイツを結ぶパイプライン「ノルドストリーム」の破裂によって、欧州はこれから迎える冬に危機感を抱いている。損傷の程度を把握してから修理に取りかかることになるが、前例のない損傷だけにいずれの方法も困難が伴う。 by Chris Stokel-Walker2022.10.12
ロシアのウクライナ侵攻まで、ガス・パイプラインのノルドストリーム1と2は、欧州の重要なエネルギー・インフラだった。2021年第4四半期、ノルドストリームは欧州全体のガス輸入量の18%を担っていた。ロシアが欧州に輸出するガスの半分がノルドストリーム1で提供されており、これは過去最高だった(ノルドストリーム2は完成しているが、ウクライナ侵攻後にドイツが認証を留保したため未稼働)。
その後、ノルドストリームは、侵攻後に科された経済制裁に報復するロシアの地政学的な駒となった。7月、ロシアは定期メンテナンスのためにパイプラインを使った供給を停止したが、その後もフル稼働には戻さなかった。8月、ロシアの国営エネルギー会社は計画外停止を宣言した。
9月下旬、予期せぬ損傷により海底パイプライン・システムに4カ所のガス漏れが発生した。ロシア以外の誰もがロシアによる破壊工作だと考えている。冬に向けてエネルギーが不足する欧州に対して、ロシアは供給を絞り込もうとしているのだ。すでに欧州各国は、エネルギー使用量の削減を計画している。
本格的な冬の到来前に、この重要なパイプラインを修理することが可能かどうかがいま問われている。ノルドストリームを運営するスイスの合弁事業会社(ロシアの国営エネルギー企業ガスプロム=Gazpromが51%の株を所有)は、修理できるかどうかは不透明としている。ロシア議会エネルギー委員会のパヴェル・ザヴァルニー委員長は、問題は6カ月以内に解決できると考えている。ロシアにとって都合のよいことに、最もガス供給を必要とする冬が終わった後のことである。
いま分かっているのは、石油ガス分野にとってどのミッションも前例のない挑戦となり、複雑なロボット工学と想像力を駆使したエンジニアリングが必要だということだ。
状況がどれほど悪いのかさえ判然としないが、損傷は大きいと予想されている。スウェーデン国立地震ネットワーク(Swedish National Seismic Network)によれば、パイプライン破裂の原因と考えられている9月26日の爆発は、ローカル・マグニチュード2.2を記録した。漏洩地点から最も近い国であるスウェーデンとデンマークの当局が率先して漏洩調査を進めており、破裂の原因は「数百キログラムの爆発物」に相当する爆発だと発表した。
「大規模な爆発で、(私たちが考えているよりも)長距離にわたってパイプラインに損傷を与えた可能性があります」。ジレス・ヴァン・デン・ボーケル博士は言う。シェルに25年間勤めた後、独立系のエネルギー・アナリストを経て、最近はハーグ戦略研究センター(Hague Centre for Strategic Studies)の主任地質学者を務めた人物だ。「おそらく、パイプラインはもはや元の位置にはないでしょう」。
欧州委員会のウルスラ・フォン・デア・ライエン委員長は、この事件を「欧州のエネルギー・インフラに対する効果的で計画的な破壊」と名付け、ジョー・バイデン米国大統領は「意図的な破壊工作」と見なした。考えられる犯人は明らかだが、ロシア大統領府の報道官は、ロシア人に非難の矛先を向けるのは「予想はしていたが愚かな行為」だと述べている。
ヴァン・デル・ベーケル博士は、誰によるものかは別として、これは意図的なものだと話す。「こういったパイプラインは、通常、破裂することはありません」。鋼鉄製のノルドストリーム・パイプの肉厚は4.1センチメートルで、その周囲は最大で約11センチメートルのコンクリートで覆われている。パイプラインは約10万本で構成されており、1本あたり24トンの重さがある。
「この種の漏洩は、10万年に一度の出来事と言ってよいでしょう」とヴァン・デル・ベーケル博士は話す。「このようなことが起きる唯一の原因は、破壊工作です」。
環境への影響は懸念されるものの、地政学的な状況によってパイプラインが稼働状態ではなかったため、それほど大きな問題とはならなかった。ドイツとデンマークの当局が記者団に語ったところによると、パイプラインから漏れたガスの推定量は、二酸化炭素換算で750万トンから1400万トン程度と見られる。ガスプロムの広報担当者は、9月30日の国連安全保障理事会で、破裂時にパイプラインには約8億立方メートルのガスがあったと考えていると述べ、推定されるガスの漏洩量の上限を示した。しかし、まだガスが漏洩している状況において、修理できる箇所を調査、特定するのは安全ではない。
調査員が安全に作業できるようになれば、問題に優先順位をつけ、解決策を見つけるという厄介な作業が始まる。「『パイプの状態はどうか、損傷の状況はどうか』と評価するのです」と語るのは、モナコに本社を置く石油・ガス・パイプライン修理会社3Xエンジニアリング(3X Engineering,)のジャン・フランソワ・リベットだ。同社はこれまでに、アルカイダなどによる破壊工作で損傷したイエメンのパイプラインを修理している。こうした評価は、検査ロボット、遠隔操作車、専門のダイバーによって実施される。
パイプラインは水深が深いため、ダイバーを送り込むのも大変だ。判明している漏洩箇所は水深50メートル前後の比較的浅い場所に集中しているものの、パイプラインの大部分は水深80~100メートルにある。そして、そのすべてに損傷がないかを調べる必要がある。
3Xエンジニアリングのオリヴィエ・マリン研究開発・技術主任は、「当社はその深さでの修理経験がありますが、飽和潜水の必要があります」と言う(飽和潜水とは深海に潜るときに使われる方法で、ダイバーは地上・船上で生活もできる特殊なタンク内で深海の高圧環境に慣れた後、下ろされたタンクと行き来して深海での作業を継続する。作業後の減圧も、1回だけで済む)。「10時間は作業できますが、そのためには1カ月は高気圧タンクに滞在しなければなりません」。
修理自体も簡単ではなく、多くの選択肢があるとリベットは話す。第一の方法は、損傷したパイプすべての交換だが、最も費用がかかる。「同じ直径、同じ種類の鋼鉄などが必要です」と彼は言う。また、重いパイプを水中から持ち上げるのに十分な強度を持つ船上クレーンを用意しなければならない。
第2の方法は、パイプの損傷部分を覆うクランプ(締め付け金具)を設置し、破裂部分を補修するというものだ。しかし、ノルドストリームのパイプラインは内径が1.153メートルもあるため、巨大なクランプが必要となる。さらにパイプラインの損傷部分を覆う「水中ケーソン」という、エンジニアが作業する気密室を一時的に設置しなければならない。
マリン主任は、クランプを使う方法が「最も簡単な解決策」だと考えている。しかし、パイプラインを十分に覆える大きさのクランプの調達には数カ月かかると話す。また、損傷が広範囲に及ぶと分かった場合、巨大な穴を十分に塞げる大きさのクランプを作ることは不可能なので、この方法は使えない。第3の方法は、これまでの2つの方法を組み合わせた複合的修理だ。パイプラインのうち最も損傷の激しい部分は交換し、損傷の少ない部分にはクランプを使うという方法だ。
リベットは、可能性は低いが第4の方法として、損傷箇所を迂回する新しいパイプライン区間を設置し、損傷箇所はそのまま残すことを提案している。ロシアのアナリストは、ノルドストリームのパイプライン4本のうち1本は影響を受けていないようだとも述べている。つまり、ガスの供給速度は低下するが、供給は続けられるということだ。
さらに修理を複雑化させる問題が、修理の合法性だ。ノルドストリーム1のパイプラインを運営する合弁事業会社ノルドストリームAG(Nord Stream AG)は、ノルドストリーム2のパイプラインを運営するノルドストリーム2AG(Nord Stream 2 AG)とは別の事業体だと主張している。ノルドストリーム2AGはロシアの侵攻後、国際的制裁の対象となっている。この制裁により、パイプライン修復が遅延する可能性が高いとロシアのザヴァルニー大臣は考えている。彼は、機材運搬を引き受ける船舶を見つけるのが、(制裁によって)難しくなるかもしれないとも話している。
制裁問題にどのように対処するつもりか、ノルドストリームAGの広報担当者に3回にわたってコメントを要請したが回答はなかった。
たとえ修理ができたとしても、ノルドストリームがすぐに供給を再開できる可能性は低い。考慮すべき大きな要素がもう1つあるからだ。パイプラインからガスが抜けると、海水が流れ込み、腐食の原因となる。「パイプラインの中に塩水が入るのが良くないことは、当然です」とヴァン・デン・ビューケル博士は言う。デンマークのエネルギー庁によれば、パイプラインからのガス漏洩が止まった今、「ピグ」を使って破裂によってできた穴に栓をしようとする取り組みが始まっている。ピグはパイプラインから不要なものを押し出すために使われ、通常は定期メンテナンスの一環としてパイプラインの清掃に用いられる。ピグをより速く損傷箇所に送り込めれば、長期的損害を抑えることができる。
最終的な解決策が何であれ、解決するのが難しく、多額の費用もかかる。
海底でこれほどの規模の問題が世界で発生したことがあるかとヴァン・デン・ビューケル博士に尋ねると、簡潔に「いいえ」と返ってきた。「破壊工作といえば、普通は陸上で、もっと小規模なものです。似たような問題が、これまでに起こったことはありません」。
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- クリス・ストークル・ウォーカー [Chris Stokel-Walker]米国版 寄稿者
- 米国在住のフリーランスのテクノロジー&カルチャー・ジャーナリスト。著書に『ティックトック・ブーム(TikTok Boom: China's Dynamite App and the Superpower Race for Social Media)』がある。