セレブ限定「抗老化」会議に参加した記者が得たシンプルな結論
記者はスイス・アルプスの高級リゾート地で開かれた「長寿投資家会議」に参加した。研究者や起業家、投資家らが参加し、人間の寿命を延ばす方法について研究成果が発表された。しかし、老化に対抗する確実な技術は今のところ存在しない。 by Jessica Hamzelou2023.01.10
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
朝7時にグランド・ベルビュー・ホテルに到着した時、外はまだ暗く、雨が降っていた。しかし、私はその天気をものともせず、早朝の「長寿トレーニング」に参加することにした。絵はがきのように美しく、セレブたちに人気のアルプスの高級リゾート地、グシュタードで開かれる長寿カンファレンスの、最初のプログラムだ。45分間のトレーニングが長生きに役立つ可能性があるのなら、早朝から始める価値はある。
一番乗りだったので、カンファレンスが開かれるホテルを覗いてみた。とんでもなく豪華なホテルである。受付からジムまで歩く間に、化粧室や美容室のエリアと、巨大なテディ・ベアやボールプールのある大きな子ども用プレイルームを通り過ぎた。私がいつも行く科学カンファレンスの会場とはまったく違う。だが、これは典型的な科学カンファレンスではない。
「長寿投資家会議(Longevity Investors Conference)」には、学術関係者やバイオテック企業の関係者らとともに、莫大な資金を持つ投資家が集まる。億万長者やそれ以上のお金持ちのことだ。だから、こうしたしゃれた場所で開催するのも当然なのだ。
トレーニングに参加している10人の仲間のうち、誰が科学者で誰が投資家なのか、見分けるのは難しい。私たちは全員、予想以上に激しい運動で汗を流している。老化を遅らせるための遺伝子療法を開発している、あるバイオテック企業の創業者の1人がいることには気づいた。そして、自らを「長寿企業ビルダー」と称する組織の共同設立者も。途中、ある有名な学者が部屋を覗き込んだが、私たちの汗だくの顔を見てすぐに退散していった。
これから数日間にわたり、研究者、起業家、投資家たちが、長寿科学とアンチエイジング戦略についてそれぞれの考えや研究成果を発表する。世の中には有望なアプローチが多数存在する。メトホルミンという糖尿病治療薬が長生きに役立つ可能性があると信じている人たちがいるし、100歳を超えても健康に生きている人々のゲノムを模倣しようとする治療法を開発している人もいる。老化を遅らせたり逆転させたりすると称する、さまざまなサプリメントもある。
一部の主張は、理解するのが難しいかもしれない。その理由の1つは、ある治療法が本当に人の老化を遅らせたり逆転させたりしたかどうか、判断する良い方法がないことだ。これまでに得られた確かな証拠の多くは、マウスを使った実験によるものだ。マウスの寿命を延ばし、多くの老化関連疾患から守る方法は確立されている。
しかし、同じ治療法をヒトで試すには臨床試験が必要だ。それは何十年もの期間がかかり、非常に困難で、莫大な費用がかかるかもしれない。そこで、血液や細胞の中の化学的な手がかりによって、ヒトの老化のスピードを明らかにする可能性が模索されている。ヒトの実際の年齢ではなく、生物学的な年齢を示すとされる「老化時計」は、かなりの数が開発されている。しかし、抗老化薬の試験に使えるような信頼性の高いものは今のところ存在しない。
高級感ではやや劣るものの、それでも美しい自分のホテルに戻ろうとすると、ギフト・バッグを渡された。アンチエイジングのサプリメント、AI長寿アシスタントが入っていると書いてある箱、それに再生効果があると謳う歯磨き粉まで詰め込まれている。一見しただけでは、どれも確かな科学に基づくものなのかどうか、まったく分からない。プラシーボ(偽薬)に過ぎないのかもしれない。
結局のところ、これまでに得られた証拠から判断すると、ここで宣伝されているすべてのサプリメントや薬、さまざまな治療法の中で、最も効果がありそうなのは運動だ。当たり前のことだが、定期的な運動は健康寿命を延ばすための鍵である。筋肉を強化するように組み立てたトレーニングは、特に晩年の健康維持に有益と思われる。脳の若さを保つことに役立つ可能性さえある。
帰国後、このカンファレンスの詳細を伝える記事を書いた。以下の関連記事も併せてお読みいただきたい。
MITテクノロジーレビューの関連記事
2022年の春に、生物学的年齢について老化時計で分かることと分からないことについて書いた。記事はこちら。
抗老化薬を新型コロナウイルス感染症の治療薬として使う臨床試験が進行中だ。免疫機能を若返らせることによって、弱い高齢者を重症化から守れる可能性があるとのことだ。
長寿について研究している科学者たちは、飼い犬の寿命を延ばす研究に取り組んでいる。飼い犬の寿命を延ばせれば、飼い犬だけでなく飼い主にとっても恩恵がある。研究の最終的な目的は人間の寿命を延ばすことにあるのだ。この研究についての記事を書いた。
サウジアラビア王室は、抗老化研究への出資者の中でも最も重要な存在の一つになるかもしれない。本誌のアントニオ・レガラード編集者が手掛けたこちらの記事によると、サウジアラビア王室が設立した「ヘボリューション財団(Hevolution Foundation)」は、老化がどのように進むのかを調べる研究と、健康寿命を延ばす方法を調べる研究に、年間十億ドルも投資する計画を立てている。
資金集めの話といえば、抗老化研究の分野への投資のほとんどがアルトス・ラボ(Altos Labs)に流れ込んでいる。細胞を若さあふれる状態にリプログラミングして、老化に対抗する研究に取り組んでいる企業だ。アルトス・ラボは世界で最も裕福な人物たちからの資金提供を受けている。アントニオ・レガラード編集者が書いた記事によれば、ジェフ・ベゾスやユーリ・ミルナーもアルトス・ラボに出資している。
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その他の注目のWeb記事
- 実験的なアルツハイマー型認知症治療薬が認知機能の低下を遅らせるようだ。数十年にわたって治療の試みが失敗してきたことを考えると、これは大きなニュースだ。しかし、研究の全容はまだ公表されておらず、この薬が患者の生活にどの程度の影響を与えるか知ることは難しい。(STAT)
- 機械的な人工膵臓で1型糖尿病を治療できる可能性があることが、臨床試験の結果で明らかになった。腹部に装着するクレジットカードほどの大きさの装置で血糖値を常時監視し、必要な時にインスリンを投与できる。(MITテクノロジーレビュー)
- 米国の刑務所で認知症患者が急増している。高齢の受刑者は増える一方だが、米国の刑務所に彼らの世話をする余裕はない。(サイエンティフィック・アメリカン)
- ワクチンを接種していない人は、ジネオス(JYNNEOS)ワクチンの接種を受けた人よりもM痘(サル痘)を発症する可能性が14倍も高いことが米国疾病予防管理センター(CDC:Centers for Disease Control and Prevention)の調べで分かった。しかしCDCは、体調を崩した人の体内で、このワクチンがどのように働いて重症化を防ぐのか、そして少量のワクチン接種を受けた人と全量の接種を受けた人の間で、感染予防効果に違いがあるのかどうか、まだ情報を持っていない。(ニューヨーク・タイムズ)
- もう「ミニ脳」と呼ばないで! 以前の記事で、オルガノイドを取り上げた。オルガノイドは、完全に成長した臓器を模倣するように作られた、小さな細胞の塊である。これまでは主に研究用として使われてきたが、病気の治療のため動物への移植が始まっており、次は人間の番だ。最もよく知られていると言っても良いオルガノイドは脳細胞から作られたもので、「ミニ脳」と呼ばれている。この呼び方について、脳学界を代表する科学者たちのグループは、この細胞が思考能力や痛みを感じる能力など、複雑な精神機能を持つと誤解させてしまうと指摘する。代わりに、覚えにくいがもっと正確な言葉「神経オルガノイド」を使うように求めている。(ネイチャー)
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- ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
- 生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。