イーサリアムの「ザ・マージ」が完了、6年越しでPoSへ移行
暗号通貨イーサリアムが6年越しで準備してきた大規模なアップグレード、「ザ・マージ」が完了した。この動きが業界に何をもたらすのか、正確なことは誰にも分からない。 by Rebecca Ackermann2022.09.16
暗号通貨プラットフォームのイーサリアム(Ethereum)が9月15日、「ザ・マージ(The Merge)」と呼ばれる6年間にわたる大型アップデートの作業をようやく完了させた。米東部標準時の15日午前2時43分現在、イーサリアムは、「プルーフ・オブ・ステーク(PoS)」と呼ばれる新しいトランザクション承認方法を使って運用されている。ブロックチェーンのエネルギー消費を99.9%削減するというこの新方式への移行は、ビットコインに次ぐ世界2位の暗号通貨であるイーサリアムの新時代を約束するものだ。
暗号通貨業界がこの移行でどれほど盛り上がっているかは、いくら強調してもしすぎることはないだろう。多くの業界関係者は、これによって暗号通貨に懐疑的な人たちの間での評判が向上し、イーサリアムの事業と開発者の巨大エコシステムの効率が改善されることを期待している。グーグルは、ザ・マージに関するミームにちなんで、白と黒の熊をモチーフにしたカウントダウン時計まで作成した。
イーサリアムはこれまでビットコインと同様に、ブロックチェーン上の新しいトランザクションを承認するために「プルーフ・オブ・ワーク(PoW)」と呼ばれる合意形成メカニズムを採用してきた。プルーフ・オブ・ワークは「採掘者(マイナー)」が膨大なコンピューティング能力を使って難解な数学問題を解く競争をして、その労力の報酬として暗号通貨を受け取るという方法だ。この方法は大量のエネルギーを消費するだけでなく、イーサリアムの大規模化の障壁となった。イーサリアムのネットワークが混雑することで、手数料は高くなる一方で処理速度が低下し、小規模なトランザクションは高すぎる、大規模なトランザクションはスケールが難しくなったためだ。
一方、プルーフ・オブ・ステークは、保有する暗号通貨の保有量、つまり「ステーク(イーサリアムの場合はイーサ・トークンのキャッシュ)」によって、トランザクションを承認して少額の報酬を得られる仕組みだ。トランザクションを承認する参加者は「検証者(バリデーター)」と呼ばれ、ステークが多ければ多いほど検証者に選ばれる確率は高くなる。言い換えれば、報酬を獲得できる見込みが増えるのだ。しかし、ステークしたイーサにはすべて利子が付く。要するに、ステークすることは、コンピューティング費用の負担がなく、株式や債券を買うようなものだ。
暗号通貨における非中央集権化とは、意思決定と統制を単一の権限として集中せずに分散させるべきという考え方で、イーサリアムのビジョンの鍵となっている。しかし、このビジョンをプルーフ・オブ・ワークで実現するのは困難だった。プルーフ・オブ・ワークは非中央集権化を促すように意図していたが、実際には強力なコンピューティング能力が手に入る個人や集団がプルーフ・オブ・ワークの採掘(マイニング)を支配し、利益を享受してきた。
参加に必要なオーバーヘッドが削減され、効率化によって手数料も削減される。プルーフ・オブ・ステークへの切り替えは、イーサリアムはより広範で多様な検証者とユーザーにトランザクションを分散するのに役立つかもしれない。しかし、力関係はまだ懸念対象だ。検証者になるためのステークの最低額は32イーサ(ETH)で、14日午後の時点で32イーサは約5万1000ドル相当となる。ただし、検証者になるための条件を満たすために(資力のない)個人はステーキング・プールに共同参加する方法もある。
イーサリアムの主要ネットワークが新しい合意形成メカニズムを使用するレイヤーと結合する瞬間、一言で言えばザ・マージがその革新的な約束を果たすかどうかは、すぐには分からない。支持者が大騒ぎしている大規模化による効率改善のいくつかは、この後に続くサージ(Surge)、バージ(Verge)、パージ(Purge)、スプラージ(Splurge)が終わるまでは実現しないだろう。これらは、イーサリアムのヴィタリック・ブテリン最高経営責任者(CEO)が約束している他のアップグレードのことで、2023年まで続く可能性が十分にある。ブテリンCEOは7月、イーサリアムはザ・マージの後も55%しか「完成」していないと考えていると述べた。
その間に、多くのことが起こる可能性がある。イーサリアムの暗号通貨であるイーサの価格は、(ザ・マージ後の期待感による)投機の初期安定期を経て上下にぶれる可能性があり、ソラナ(Solana)やポルカドット(Polkadot)といった他のプルーフ・オブ・ステークを採用している暗号通貨にも影響が及ぶとの予想もある。また、この変更により、イーサリアムは規制において一層のグレーゾーンに位置づけられるかもしれない。プルーフ・オブ・ステークを使用すると、暗号通貨が無記名証券として分類されるリスクが高くなると指摘する法学者もいる。検証者が報酬を期待してトランザクションを承認するために相互協力しているという実態が、「共同事業」と見なされる見込みがあるからだ。ただ、米国証券取引委員会(SEC)が問題を追究する上で、こうした主張は不十分だと考える専門家もいる。その他にも、ザ・マージによってイーサリアムのネットワークがより安全になるというブテリンCEOの主張に対して、今回の場合はその逆だと指摘する専門家もいる。そして、詐欺師がイーサリアムの旧ブロックチェーン上でトランザクションを記録し、許可なく新ブロックチェーンでそれを繰り返す「リプレイ攻撃」に注意するようユーザーに警告している。
ザ・マージ後のネットワーク上の取引は、他の金融取引とますます似たものに見えるはずだ。したがって、他に類を見ない、エネルギーを大量消費する暗号通貨のプロセスを敬遠していた伝統的な企業は、イーサリアムとプルーフ・オブ・ステークを採用する暗号通貨全般を見直す可能性がある。そうなれば、暗号産業の評判やユーザー層が一変する可能性があるだろう。
一方、採掘者を中心に構築された暗号通貨を扱うスタートアップ企業はイーサリアムのプロセスから切り離されるため、ビットコインや他のプルーフ・オブ・ワーク・ネットワークに方向転換するか、新たな対象として検討する必要がありそうだ。イーサリアム1の熱烈な支持者の中には、プルーフ・オブ・ワークのイーサリアムに固執する計画を立てている人もいる。ある著名な採掘者は、ブロックチェーン・ネットワークを「ハード・フォーク(ブロックチェーンを2つに分けて、それぞれで独自のコインを保有する)」し、コードを分離したブロックチェーンを維持すると話している(2016年にイーサリアムの旧来の姿を維持するためにそうした人がいたように)。この動きは、大手暗号通貨プラットフォームに認識されない限り、エコシステムに大きな影響を与える可能性はなさそうだ。NFTの最大の市場であるオープンシー(OpenSea)は、プルーフ・オブ・ステークのイーサリアムだけをサポートすると宣言している。
今後どうなるかはともかく、イーサリアムの待望のプルーフ・オブ・ステークへの移行は、詐欺や法的な調査などの相次ぐ報道、トークン価格の急落、定期的に繰り返される有名人の推奨や大げさな誇大広告など、芳しくない暗号通貨業界に新たな熱意と技術的な可能性を注ぐものだ。暗号通貨の主要プレイヤーの1つが、膨大な時間と資金を投資して、破壊的ではなく、効率的なエコシステムのための基礎を築いたという事実は、非常に大きな成果だと言える。このシグナルだけでも、Web3業界に変革をもたらすきっかけとなるかもしれない。Web3業界は依然として安定したベンチャーキャピタルからの投資を得ているが、世論が盛り上がることで、新たな燃料を見つけられるのかもしれない。
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レベッカ・アッカーマンはサンフランシスコを拠点とする作家、デザイナー、アーティスト。2022年に「Web3、NFTに沸く「暗号資産革命」の地味で不都合な正体」をMITテクノロジーレビューに寄稿。
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