米国の連邦捜査官が保存した電子データにアクセスできるのは、30年前にできた法律に基づいているとしっているだろうか? 携帯電話でメールを送れるようになる前、多くの人にとっては、おそらく初めてパソコンで電子メールを送信したよりずっと前に発効した法律だ。
今年こそ、連邦議会はこの法律を改正するだろうか? 何度も改正に失敗しているが、法制度の改正を求める圧力は現在、かつてないレベルにまで高まっている。そこで米下院は先週修正案を可決した。ワシントンでどちらの方向に議論が展開しても、トランプ政権はおそらく、米国連邦捜査局(FBI)の権限を弱くするより強化する方を望むだろう。
1986年に電子通信プライバシー法(ECPA)を制定した議員は、現在のように、安価または無料のクラウド・サービスが普及するとは想像できなかっただろう。また、自分の物でもないデータ・サーバーに、人々がプライベートな情報を保管するとは予測できなかったはずだ。人権擁護活動家の主張では、ECPAの条文にはFBIに過大な権限を与える記述があり。捜査官は「サピーナ(裁判所からではなく、捜査機関が発行する文書提出令状のこと)」だけで、クラウドに保管された個人のメールなどの電子メッセージを閲覧できる(保管後半年以上の場合に限られる)。
人権擁護団体やグーグル、フェイスブック、マイクロソフト等のテック企業が強力に支持しているにもかかわらず、ECPAを時代に合わせて改正する超党派の動きは、議会で何度もとん挫している。昨年4月、保管された電子データにアクセスするのに令状を得ることを義務付ける改正案が下院で419対0票で通過したが、上院の審議では司法委員会の段階で廃案になった。ジェフ・セッションズ議員(現司法長官)の一派など、委員会所属の複数の共和党議員が法改正に反対する議論をリードしたのだ。
先週、下院では再び法案が通過した。以前と同様、今回も上院で廃案になるのだろうか? トランプ大統領はこの件について公式には見解を出していない。下院を通過した法案を上院がいつ審議するか、そもそも審議対象にするのかすら誰にもわからない。法案に対して、昨年同様上院で強い反対意見が出るかどうかもわからない。
しかし、7月に連邦控訴裁判所で司法省に不利な判決が出たため、今度こそ法改正が実現する可能性が高まっている。ECPA法に基づいて出された令状でも、マイクロソフトが海外(この場合アイルランド)に保管中のデータを開示する義務はないと判断されたのだ。(「マイクロソフト社長、プライバシー保護の守護神」参照)。
アメリカン大学の ジェニファー・ダスカル教授(法学)は、司法省は「少なくとも特定の場合において、令状の権限が及ぶ範囲を海外に保管されたデータに拡大する何らかの法改正」を議会に求めているのかもしれない、という。連邦下級判事の一人が今月初頭のマイクロソフトとアイルランドに関する判決に異議を唱えたが、ダスカル教授は(前国家安全保障担当司法次官補の顧問弁護士)は、「法改正は流動的です」という。
ダスカル教授は、議会がECPA法を改正する際、外国政府が米国内に保存している自国民に関するデータにアクセスする際の制限も緩和すべきだという。現行の法制度では米国企業が保管する情報の中身を諸外国政府に開示する場合には規制がかかっている。捜査のためにデータを入手する場合、外国の捜査官は米国政府に要望を出し、時間をかけて相互に法律上の協力手続きをふまなければならない。
面倒な手続きを回避するために、自国企業に対しデータのコピーを国内に保管するよう義務づける法律を制定する国もある。英国とブラジルはそれぞれ強力な監視法を制定し、国外に保管しているデータの開示を企業に義務付けている。ECPA法を改正しないと、より多くの国々が同様な法律を制定する誘惑にかられることになり、結果として世界共通のインターネットが分断されかねない。外国政府はマルウェアなどの「不正手段」を利用して欲しいデータを入手する可能性もある、とダスカル教授はいう。
ECPA法をどう改正するにしても、個別の条項ごと、あるいは法律全体を見直すことになる。たとえば外国諜報活動偵察法(FISA)の特定の条項を復活させる(今年改正されるはずだ)など、他の法律に条項を追加することもあり得る。とはいえ、もちろんワシントンのことだから、何も改正しないかもしれない。