脱炭素で後れを取る日本車メーカーはどこに向かうべきか?
カーボンニュートラルに向けて欧米の自動車業界がドラスティックな動きを見せている。これに対して、日本の自動車メーカー各社は好調な業績を収めつつも脱炭素化は遅々として進んでいない。欧米の動きを見ていくと、その進むべき道が見えてくる。 by Yumi Kawabata2022.09.15
日本に留まっているとピンと来ないかもしれないが、コロナ禍で世界が止まったかのように見えていた2年間を経て、自動車業界のカーボンニュートラルへの動きが活発化している。2022年8月にベントレー主催のサステナビリティに関するイベントに参加した際、紹介された同社の事業戦略「ビヨンド100」では、組織全体でのカーボンニュートラルの実現を掲げていた。ベントレーはすでに英国・クルー工場のカーボンニュートラル化を実現するなどの取り組みを実施してきたが、今後、2030年までにフルラインナップを電動化するなどの開発・販売も含めて、エンド・ツー・エンドにおけるカーボンニュートラルの達成を目指すとしている。
- この記事はマガジン「脱炭素イノベーション」に収録されています。 マガジンの紹介
この急速な動きに対して、正直なところ、日本国内の自動車産業界における危機感は乏しい。2022年3月期の決算発表で、軒並み過去最高益を挙げていることも、安全バイアスがかかっている要因になっているのだろう。トヨタ自動車は2.8兆円もの過去最高益を発表した。ホンダもリーマンショック前年に打ち立てた最高記録に続く過去2番目の営業利益となった。
自動車メーカーが好調なのは国外でも同様で、フォルクスワーゲンはグループ全体で200億ユーロ、ゼネラル・モーターズ(GM)は143億ドルという過去最高益を達成している。しかし興味深いことに、GMを率いるメアリー・バッラ最高経営責任者(CEO)は、最高益を発表したその日に、2022年の営業利益は前年並みの130億~150億ドルに低下すると予想した。
「目先の利益の最大化を目指すのではなく、長期的な視点から一部利益を事業の加速に再配分している」と最高財務責任者(CFO)であるポール・ジェイコブソンは説明する。
GMは、2022年にソフトウエア開発と電気自動車(EV)モデルの拡充に対して15億ドルを投じる計画で、物流と資源関連の追加コストを25億ドルと見込んでいる。
新聞やテレビで喧伝されている電動化の動きは、自動車産業が迫られている変革の一部に過ぎない。重要なのは、CASE(Connected、Automated、Shared & Service、Electrification)の流れが本格化し、モビリティの変革期に突入していることだ。さまざまな機器がネット接続する中、4G/5Gネットワークの普及により、高速で移動する自動車もインターネットにつながる時代になった。遅ればせながら、自動車とインターネットが融合したことで、自動車メーカーだけでなく、第三者が提供するサービスによってモビリティ産業が拡大する段階にあるわけだ。
カーボンニュートラルの流れが自動車産業に与える影響
クルマが通信でつながった上に、カーボンニュートラル推進の動きが加わったことで、自動車産業の変革は加速している。欧州では2010年頃から、2050年までにカーボンニュートラルを実現するための枠組みの交渉が水面下で進められていた。2020年以降にそれらが表面化するタイミングだったこともあって、ここにきて具体的な動きが進んでいる。欧州では、新型コロナ復興基金を通じて、約35兆円を気候変動対策に充当している。米国ではバイデン政権の任期中に、200兆円規模のクリーンエネルギー投資を公約。中国は2060年までのカーボンニュートラルを表明し、新エネルギー車や再生可能エネルギーへの投資で世界をリードする方針を打ち立てている。
日本も2020年10月、2050年のカーボンニュートラルを宣言しており、経済産業省がグリーン成長戦略を打ち出した。ただし、グリーンイノベーション基金の規模は2兆円だ。自動車分野では、「カーボンニュートラルに向けた自動車政策検討会」を設置し、エネルギーのカーボンニュートラル化、後述するLCAの導入、低廉な脱炭素エネルギーの安定供給、自動車の使い方の変革まで、自動車産業全体を俯瞰した形で議論がなされている。日本としては過去に類を見ない大規模な施策であり、気候変動対策を成長戦略と位置付けて、経済と環境の好循環を創出しようという意気込み自体は評価できる。
近年、国際的に盛んになりつつあるESG(環境、社会、ガバナンス)投資の観点から見て重要な施策と言える。国連が提唱するSDGsが地球上に住むすべての人々にとって持続可能な世界を実現するための目標であるのに対して、ESGは企業を経営する上で重視される要素であり、経済活動を通じてSDGsを達成するための手段である。
ESGをめぐっては注目すべき動きも出てきた。環境や社会的目標の達成状況に応じて金利が変動する「サステナビリティ・リンク債」と呼ばれる債権が近年、人気を集めている。その国債版ともいえる「ネイチャー・パフォーマンス債」が、国連生物多様性条約(CBD)第15回締約国会議や国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)で議論され、運用の枠組みが整備された点は見逃せない。この仕組みでは、各国政府が環境目標を達成すれば国債の金利を低くできるため、新興国はよりグリーンな仕組みを作る方向に経済政策を打ち出しやすくなる。
これは日本にとって、ひいては日本の自動車産業にとって脅威となり得る。なぜなら、日本車メーカーにとって、ESG投資視点を盛り込んだ企業改革が遅々として進まない最大の理由は、環境対応や社会責任は、あくまで社会貢献の一環であり、直接的には経営に関係ないと考えているからだ。これは、日本のモノづくり産業全体に言えることだが、経営層がいまだに「人件費が安い地域で作る」という意識から抜け出せていないことも一因となっている。ESG投資の観点から見れば、雇用は人件費が安い地域から、二酸化炭素の排出量が少ない地域へと移行していく流れになりつつある。日本が掲げたグリーン成長戦略は、ESG投資の観点が盛り込まれた世界基準に沿った施策ではあるものの、国際的な感覚では、投じる資金の規模感が小さく思える。もう一歩踏み込んだ大胆な戦略が望まれる。
自動車産業における2つの課題
世界の自動車メーカーの動きを追いながら、日本の自動車産業における課題を整理してみよう。論点は、大きく分けて2つある。1つは、自動車というプロダクトそのものの環境対応で、もう1つはモノづくり産業として俯瞰した産業全体の環境対応だ。
まずは、1つ目のプロダクトの環境対応についてだ。世界的なカーボンニュートラルの動きを受けて、自動車産業における電動化や再生エネルギーの利活用といった流れが加速している。欧州では、いち早くこの流れを見据えた戦略を立 …
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