中国・インドで新型コロナの吸入型ワクチン、その効果は?
鼻や口から吸入する新型コロナワクチンが中国とインドで相次いで承認された。従来の注射型ワクチンとの併用による効果が期待されているが、まだ疑問点は多い。 by Jessica Hamzelou2022.09.26
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、まだ終わっていない。ワクチンを注射することで重症化は防げるが、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染から身を守ったり、他人への伝播を防いだりできるわけではない。
一方、鼻や口から吸入するタイプの新しいワクチンによって、それらが可能になるかもしれない。
9月上旬、中国とインドの規制当局は、吸入型の新型コロナウイルス感染症ワクチンを承認した。これらのワクチンを開発した企業は、すでにワクチン接種済の人の免疫反応を高めるものだと説明している。現時点で判明していることを以下にまとめた。
Q:新しいワクチンとは何か?
9月4日、中国の天津に拠点を置くバイオ製薬企業「カンシノバイオ(康希諾生物)」は、同社が開発した吸入型ワクチン「コンヴィデシア・エアー(Convidecia Air)」が中国国家食品薬品監督管理局からブースター(追加接種)用ワクチンとして承認されたと発表した。コンヴィデシア・エアーは口から吸入するタイプのクワチンで、同社は「たった1回吸入するだけで、(新型コロナウイルス感染症を引き起こす)新型コロナウイルスに対する包括的な免疫防御を効果的に誘導する」と説明する。
コンヴィデシア・エアーの承認直後に、インドで開発された別の吸入型ワクチンも承認された。9月6日、インド南部テランガナ州のハイデラバードに拠点を置くバラット・バイオテック(Bharat Biotech)は、経鼻ワクチン「インコヴァック(iNCOVACC)」が承認されたと発表した。インコヴァックは、注射型ワクチンを2回接種済みの人を対象としたブースター用で、「緊急時の限定使用」という条件付き承認となる。
Q:どのような仕組みなのか?
どちらのワクチンも、免疫学者が粘膜免疫と呼ぶ、気道粘膜の免疫反応を誘導することが期待されている。粘膜に抗体があれば、侵入してきたウイルスに対してよりすばやく反応できるはずだ。理論上は、新型コロナウイルスへの感染や他人への伝播を防げることにもなる。アイルランドのダブリン大学で免疫学者であるエド・ラヴェル教授は、「ウイルスが侵入してくる場所ですから、極めて迅速に効果を発揮できるのです」と言う。
Q:新しいワクチンは本当に必要か?
新型コロナウイルス感染症から身を守るより良い方法は必要だろう。確かに、新型コロナウイルスの感染者数は減少を続けている。実際、世界の週ごとの感染者数は、8月末から9月にかけての1週間では12%ほど減少した。それでも、新型コロナウイルス感染症によって亡くなる人の数は依然として多い。世界保健機関(WHO)のテドロス・アダノム・ゲブレイェスス事務局長は9月7日の記者会見で、44秒に1人が新型コロナウイルスで亡くなっていると話した。「そのほとんどは、避けられたはずの死です」。
Q:注射型から吸入型ワクチンに置き換わるのか?
これは間違いだ。注射型ワクチンは血液中や内臓の抗体産生を促進し、ウイルスが侵入してきた際の強い免疫反応をもたらす。ラヴェル教授は、注射型と吸入型のワクチンを併用する方法がもっとも効果的である可能性が高いと言う。
動物実験では、注射型ワクチンを接種した後に吸入型ワクチンを接種することで(「プライム・プル」と呼ばれる)、感染に対する最も強力な防御がもたらされる可能性が示されている。注射型ワクチンが免疫系を刺激し、吸入型ワクチンが追加の効果を引き出すというわけだ。しかし、ラヴェル教授は、このアプローチがヒトでも動物同様に有効かどうかはまだ分からないと強調する。
Q:鼻と口、どちらからの接種が優れているのか?
現時点では分からない。今回承認された2つの吸入型ワクチンは接種方法が異なり、1つは鼻から、もう1つは口から接種する。どちらの経路がベストなのかは、まだ分かっていない。理論上は、鼻から接種しても口から接種しても、鼻、口、肺を含む上気道において免疫が誘導されるはずだ。しかしラヴェル教授は、ワクチンが届く場所であればどこであっても、高い防御効果が得られるだろうと話す。
Q:吸入型ワクチンは、パンデミックを終わらせるのか?
これは最も難しい問題で、当然だが簡単には答えられない。理論上は、吸入型ワクチンが新型コロナウイルスの感染や伝播を防げるのであれば、新型コロナウイルス感染症を大きく抑えこむことにつながる可能性はある。
しかし、分かっていないことも多い。吸入型ワクチンでどれほどの防御効果が得られるのか、事前に接種した注射型ワクチンによって効果に差が出るのかなどは不明だ。ラヴェル教授は、「体内での免疫がどれほどの期間持続するのか、そしてその間にウイルスがどの程度変異するのかにもよります」と話す。
「吸入型ワクチンの有効性に関するすべてのデータが、明らかになっているわけではありません」(ラヴェル教授)。
世界保健機関(WHO)のトップたちも、ラヴェル教授と同様の考えを示している。WHO緊急事態部門の責任者を務めるマイク・ライアン博士は、経鼻ワクチンは新型コロナウイルスに対する「防御の最前線」を強化し、今後の感染を減らせる可能性があると9月7日の記者会見で語った。「しかし、それはまだ分かりません」(マイク・ライアン博士)。
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- ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
- 生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。