米国のジョー・バイデン大統領が8月16日に署名し、成立した「インフレ抑制法(IRA)」では、発電所や産業プラントから排出される二酸化炭素を回収するプロジェクトに対して、数百億ドル規模の資金が投入される。大規模な支出パッケージであるインフレ抑制法の中でも、特に議論を呼ぶ気候変動関連施策の1つとなることは間違いない。
反対論者らは、二酸化炭素の回収・貯留(CCS)に対する税額控除は、化石燃料産業を助けることになると主張する。太陽光や風力などのクリーンな電力源にできる限り早く移行する必要があるにもかかわらず、この補助金がエネルギー部門における石油やガスの採掘の継続を支援することになると懸念しているのだ。
しかし、二酸化炭素の回収・貯留技術が、さまざまな産業における排出削減を加速するための重要な役割を果たすことは、二酸化炭素回収をめぐる激しい議論においてしばしば見過ごされている。例えば、二酸化炭素の回収・貯留技術は、セメント・鉄鋼・肥料などの汚染度の高い産業セクターをクリーンにできる。低排出燃料や、二酸化炭素回収・貯留付きバイオエネルギー(BECCS)の開発にも役立つ。BECCSは、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が作成したモデルで、温暖化を2℃未満に抑えるために大きな貢献が期待されている技術でもある。
さらに、カーネギーメロン大学のパウリナ・ジャラミロ教授(工学・公共政策)によると、この補助金は、今後数十年間に増加する二酸化炭素の移動および確実な隔離に必要となる、二酸化炭素パイプラインと貯留施設の開発に拍車をかけるものになるという。
二酸化炭素パイプラインと貯留施設は、他の二酸化炭素回収の取り組みのコストを下げ、より多くの製品をより安価に浄化するために重要なものだ。また、温室効果ガスを大気から大規模に除去する取り組みも活発化しており、地球温暖化を抑制するために不可欠であるとの研究も増えてきている。このような取り組みに対しても、大きな後押しとなるだろう(大気から温室効果ガスを取り除く炭素除去技術は、発電所や工場から排出されるガスを排出前に回収する技術とは別物である)。
気候政策の影響をモデル化しているプリンストン大学の「リピート(Repeat)プロジェクト」は、インフレ抑制法によって、二酸化炭素の輸送・貯留プロジェクトおよび、二酸化炭素回収設備のある発電所への投資が約280億ドルに達すると推定する。その時点で、米国の施設は年間約2億トンの二酸化炭素を回収することになり、昨年11月に成立したインフラ法案で見込まれる量からは13倍の増加となる。分析によると、回収される二酸化炭素の量は2035年までにさらに2倍以上になるという(比較のため、2021年の米国の温室効果ガス排出量は約56億トンだった)。
「インフレ抑制法は、米国が(二酸化炭素の回収・貯留を)正しく実行するための機会を提供するものです」。炭素除去に特化した調査・投資・助言会社であるカーボン・ダイレクト(Carbon Direct)のジュリオ・フリードマン主任科学者は話す。「同法は、コミュニティにおける汚染を削減し、技術を育て、試験し、クリーンな雇用を創出して、貿易と技術で国際的競争力を持つための機会を提供するでしょう」。
詳細
インフレ抑制法には、研究開発への取り組み、再生可能エネルギー・プロジェクト、電気自動車の販売、クリーンエネルギー製造部門の立ち上げなどを推進するために設計された、数千億ドル規模の助成金、融資、連邦調達、税額控除が含まれる。それに加え、二酸化炭素の回収・貯蔵を加速させる施策も複数ある。
最も注目すべきは、二酸化炭素を回収・除去・貯留するプロジェクトのための、いわゆる「45Q税額控除」を増やすことである。このような大型の補助金があれば、特定のセクターの企業は、必要設備を追加して二酸化炭素を管理することによって収支を合わせたり、逆に利益を生んだりすることも可能になる。
法律事務所ギブソン・ダンの分析によると、地下深くの貯留層に二酸化炭素を永久的に隔離する産業プラントや発電所に対する税額控除は、1トンあたり50ドルから85ドルに引き上げられるという。また、大気から二酸化炭素を除去し、それを永久に貯留する(直接空気回収=DACと呼ばれる)施設への税額控除は、1トンあたり50ドルから180ドルへと引き上げられる。
さらに、増進回収法として知られる、回収した二酸化炭素を油田に送り込み、石油やガスを得るという、賛否両論あるプラントへの補助金も増額される。この補助金は現在、産業用施設には60ドル、直接空気回収プラントには130ドルとなっている。
この法律はまた、1年間に回収しなければならない二酸化炭素の最低量を引き下げ、新規プロジェクトの開始期限を6年間に延長することで、プロジェクトが融資を受けやすくし、補助金の受給資格を得やすくすることを目的としている。これらの追加的な変更により、開発事業者の税額控除を受けるための資金調達がより簡単になるため、プロジェクトの資金調達と建設が容易になるはずだと、業界観測筋は言う。
最後に、インフレ抑制法には燃料や他製品の原料となるクリーンな水素の製造を支援する補助金もいくつか含まれる。天然ガス、農作物、その他の植物性材料を起点とする水素製造プロセスは、その製造過程の排出の大部分が回収される限りにおいて、全て適格とされる。
今回の補助金増額はすべて、昨年11月に成立したインフラ法案において二酸化炭素除去・回収・貯留プロジェクト、パイプライン、貯留施設に対して連邦政府が盛り込んだ約120億ドルの支援に上乗せされるものである。
「偽りの解決策」
二酸化炭素回収に関する大きな懸念は、石炭や天然ガスを燃料とする発電所を延命させ、新規建設にインセンティブを与え、クリーンなエネルギー源の構築を遅らせる可能性があるということだ。
反対論者たちが特に懸念しているのは、石油増進回収法への税額控除である。石油増進回収法は、これまでに米国で実施されてきたほとんどの二酸化炭素回収プロジェクトにおいて、回収済みの二酸化炭素を利用するために用いてきた方法だ。技術的には、二酸化炭素が油井に注入された時に、適切にキャップがされていれば、二酸化炭素は閉じ込められたままであるはずだ。もしそうだとしたら、保証こそできないものの …