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脳への「優しい刺激」で高齢者の記憶力が向上、1カ月持続か
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Brain stimulation can improve the memory of older people

脳への「優しい刺激」で高齢者の記憶力が向上、1カ月持続か

年を取るとだれもが記憶力が低下することは避けられない。だが、脳の特定の部位に電気パルスを送ることで、高齢者の記憶力が向上することを示す研究成果がボストン大学の研究チームから発表された。 by Jessica Hamzelou2022.08.30

私たちの多くは、歳を重ねるにつれて、記憶力の低下に悩まされることになる。だが、新たな研究によると、脳を優しく刺激することで、記憶力の低下を改善できるかもしれないという。年配の人々の記憶力が向上し、単語のリストが覚えやすくなるようだ。

長期記憶の向上にも短期記憶の向上にも適用できる手法で、効果は少なくとも1カ月持続すると見られている。実験を実施した研究チームによると、この種の脳の刺激によって、ヒトの記憶力改善効果がこれほど長期的に持続することが示されたのは今回が初めてだとしている。

ニューヨーク市立大学シティカレッジで神経工学を研究するマロム・ビクソン教授は、「非常に短時間の介入で直ちに効果が現れ、同時に極めて長期的な効果もあることを示す結果です」と言う(同教授は今回の研究には関与していない)。「さらなる研究が必要ですが、うまくいけば、この機器はあらゆるクリニックに導入される可能性があります。最終的には、家庭で使われるようになるかもしれません」。

電気信号が行き交う脳

今回の研究を主導したボストン大学の神経科学者ロブ・ラインハート助教授は、「嫌なことではありますが、人生では避けられない事実として、歳を重ねるにつれて誰しも少し忘れっぽくなります」と話す。ラインハート助教授は、認知、注意、そして記憶などの脳のネットワークの機能や、こうした機能が老化や幾つかの疾患によってどのように低下していくかを研究している。

脳細胞は、電気パルスを用いて互いに情報をやり取りしている。そして、脳の各ネットワークや各部位には、それぞれ固有の電気活動のパルスがある。こうしたネットワークに電気刺激を与えることで、ネットワークの機能を変えられることを示す証拠が次々と明らかになっている。脳の部位間の接続を強化できる可能性さえある。

電気刺激を与える手法で記憶力を向上できるかどうか確認するために、ラインハート助教授の研究チームは、経頭蓋交流電気刺激(transcranial alternating current stimulation:tACS)と呼ばれる種類の刺激を脳に与えてみた。経頭蓋交流電気刺激とは、大雑把にいうとスイムキャップのような形をしたものをかぶり、そこに埋め込まれた電極から頭蓋骨に優しい電気パルスを送る手法だ。

経頭蓋交流電気刺では脳の各部位に電気を送るが、脳細胞の発火を誘発するほどの強力な電気を送るわけではなく、脳細胞がどのように発火するかを調整するくらいの電気を送るのだとラインハート助教授は言う。同助教授は、自身による経頭蓋交流電気刺激の使用法を、脳への刺激ではなく、脳の調整と呼ぶことを好み、「非侵襲的、安全、そして非常に少量の交流電流を使います」と説明する。

ラインハート助教授らは、高精度で制御可能なタイプの最新式の経頭蓋交流電気刺激装置を使用した。このタイプを使用することで、脳の小さな部位にターゲットを絞ることができる。研究チームは、記憶に関連することが知られている2つの脳の部位に焦点を絞ることを決めた。1つは、脳の前側にある前頭前皮質の一部だ。前頭前皮質は、長期記憶に関連している。もう1つは、脳の後ろ側にある下頭頂小葉だ。下頭頂小葉は、短期記憶に関連していると考えられている。

これら2つの脳部位の活動は、それぞれ特有のパターンの電気パルスに従っている。このパルスは、脳波とも呼ばれている。1つめの実験では、研究チームは、それぞれの部位に本来のリズムに合わせて電気パルスを送り込んだ。前頭前皮質には高周波、下頭頂小葉には低周波だ。

チクチク感、痒み、そして温感

研究では、65歳から88歳の被験者を60人集めて、3群に分けた。20個の単語を読み上げて、後ほど思い出すタスクを被験者に実行してもらいながら、3群のうち1群に対しては、脳の前頭前皮質に対して経頭蓋交流電気刺激による調整を実施した。ほかの1群に対しては、下頭頂小葉にターゲットを絞って電気パルスを送った。残りの1群は電極付きのキャップを着用したが、刺激は一切送らなかった。

ラインハート助教授によると、実際に刺激を脳に送られた人も、特に何かを強烈に感じたわけではなかったという。「電流が流れている間は、わずかにチクチクしたり、痒みを感じたり、突っつかれたように感じたり、温かさを感じたりするだけです」。

この20分のセッションは、4日連続して繰り返された。その4日間で脳に刺激を受けた被験者は、単語を覚えて思い出す能力が向上した。刺激を受けなかった人の間では、そのような向上は見られなかった。

どのような種類の記憶力が向上したかは、脳のどの部位が刺激されたかによって異なっていた。脳の前側に刺激を受けた被験者は、リストの冒頭付近の単語を覚えて思い出す能力がより高くなっていた。これは、長期記憶が向上したことを示唆する結果だ。下頭頂小葉に刺激を受けた被験者は、短期記憶に改善が見られた。

ラインハート助教授によると、実験の4日目が終わる頃には、脳に刺激を受けた被験者は単語を覚えて思い出す力が50%から65%ほども向上していたという。リストにある20個の単語のうち、平均して4個から6個も余分に覚えて思い出せていたのだ。サリー大学の認知神経科学者ロイ・コーエン・カドシュ教授は「これは大変驚くべき結果です」と話す(同教授は今回の研究には関与していない)。

「日を追うごとに、記憶力が累積的に高まっていることが見て取れます」(ラインハート助教授)。同助教授の研究チームによる知見は、科学雑誌『ネイチャー・ニューロサイエンス(Nature Neuroscience)』に8月22日付けで発表された

最も大きな改善が見られたのは、研究開始時点で認知機能が最も低かった被験者たちだ。ラインハート助教授は、今回の手法がいつの日か、アルツハイマー病やその他の認知症などの記憶障害を抱える人々を救うことになるかもしれないと考えている。

研究チームは、電気パルスの周波数を入れ替えた実験も実施した。つまり、脳の前側には低周波を、脳の後ろ側には高周波を送ったのだ。すると、短期記憶にも長期記憶にも改善は見られなかった。このことは、刺激が奏効するには、脳波の本来のパターンに合わせたタイプの刺激を送らなければならない可能性を示している。

研究チームは、実験後1カ月あけて被験者の記憶力を再確認しただけだ。そのため、その時点を超えて記憶力の向上効果が維持されたかどうかは分からない。さらに、今回の研究では、被験者が単語リストを覚えて思い出す能力が向上したことは確認できたものの、より一般的に記憶力全体が向上しているのかどうか、刺激によって日常生活に何らかの改善があったかどうかは、分からないという。

コーエン・カドシュ教授は、「効果は極めて特定のタスクで測定したものであり、より一般的に記憶力を向上させたいと考えている人々の役に立つようなものではありません」との見解を示す。カドシュ教授は、たとえば試験に向けて暗記をしたいという人は、読んだ内容の最初と最後を覚えるだけでは足りず、全てを覚えたいと考えているはずだと指摘し、「日常生活の機能において、本当に効果があるのかどうか確認する必要があります」と言う。

ビクソン教授も、こうした懸念は抱かれても当然だと同意する。「脳訓練」ゲームなるものの中には、プレイすると認知力が向上すると謳うものがあるが、実際にはそのゲームのプレイが上手くなるだけで、幅広い効果はないことが研究で示されている。しかし、ビクソン教授は、ラインハート助教授の今回の手法はそれとは異なると指摘し、「一般的に認知の何らかの側面に関与している脳のネットワークを刺激しているわけですので、より幅広く効果が得られる可能性があるという考えには信憑性があります」と述べている。

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ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。
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