ゲームのやりすぎは悪か? オックスフォード大調査の意外な結果
「ゲームは有害」との懸念には十分なエビデンスがないにもかかわらず、保健当局や政府の政策に影響を与えてきた。ゲームメーカーから提供されたプレイ時間データに基づく調査は、新しい手がかりを得るのに役立つかもしれない。 by Rhiannon Williams2022.09.29
数十年もの間、議員、研究者、ジャーナリスト、そして保護者は、ビデオゲームは人々にとって悪いもの、つまり暴力行為を助長したり、メンタルヘルスを害したりするものだと考え、心配してきた。そうした懸念は、数百万人もの人々に影響を与える政策決定にも波及している。世界保健機関(WHO)は2019年、国際疾病分類(ICD)に「ゲーム障害(gaming disorder)」を追加。中国政府は、未成年者がゲーム中毒になるのを防ぐため、18歳未満の人が週に3時間以上ゲームをすることを制限している。
しかし近年、ビデオゲームは認識能力を向上させ、ストレスを軽減し、コミュニケーション能力を強化するなど、実際は人々にとって良いものであると主張する研究が増えている。
新しい研究は、ゲームが人々のウェルビーイング(幸福感)にどのように影響を与えるのか? もし与えるとしたらどのようなものか? ということをまったく把握できていない現実を示している。
英国王立協会オープン・サイエンスに7月に掲載された研究は、ゲームをすることと幸福感との間の因果関係を示す証拠はほとんど、あるいはまったく存在しないことを明らかにするものだ。言い換えれば、ビデオゲームに費やした時間は、プレイヤーの感情的な健康にマイナスにもプラスにも影響しないということになる。
オックスフォード大学インターネット研究所(OII)の研究者チームは、次の7種類のゲームについて、3万8935人がゲームのプレイに費やした時間を分析した。「あつまれ どうぶつの森」「Apex Legends(エーペックスレジェンズ)」「Eve Online(イヴ・オンライン)」「Forza Horizon 4(フォルツァ ホライゾン 4)」「グランツーリスモSPORT」「Outriders(アウトライダーズ)」「The Crew 2(ザ・クルー2)」の7種類である。プレイ時間のデータは、ゲームの発売元から直接提供されたものだ。ビデオゲームに関する研究の大半は、プレイ時間をプレイヤー本人の自己申告に頼っており、こうしたデータを使うことはまれだ。OIIの研究チームは、自己申告によるデータには偏りがあり、ほとんど正確ではないという。
プレイヤーの幸福感は、6週間にわたって2週間ごとに実施された3回の調査(電子メールによるアンケート)を通して評価された。調査対象者が「楽しい」「不快」などの感情を体験した頻度をランク付けし、自己係留尺度(self-anchoring scale)を使ってプレイヤーの全般的な幸福度を測定した。自己係留尺度とは、心理学者のハドレー・キャントリル博士が開発し、架空のハシゴ(最上段が最高の人生を表す)を使った主観的な自己評価を求める方法である。
さらに、プレイヤーは自身の体験やモチベーションに関する質問にも答えた。研究チームは、プレイヤーの気分や感情的な体験を通して情緒面における幸福感を調べることが、メンタルヘルスを評価するための足がかりになると話す。
調査参加者がゲームに費やした時間は、彼らの幸福度に影響を及ぼしたとしても限定的であることが示された。彼らがどのように感じたかは、ゲームに費やした時間の長さによって影響を受けなかったが、モチベーションは感情の状態に影響を及ぼした。例えば、ハイスコアを出すためにやらざるを得ないと感じてプレイしているのではなく、自分がハイスコアを出したいからという理由でプレイした参加者は、より高いレベルの幸福感を報告した。ただし、その関連性は小さかった。ゲーム時間が顕著な影響を及ぼすことを観察するには、1日の平均プレイ時間に加えてさらに10時間以上プレイする必要があることがわかった。
この研究は、同じチームが2020年に発表したより小規模な研究の成果をベースにしている。以前の研究では、ゲームプレイと幸福感の間には、わずかなプラスの関係があることが分かった。今回の新たな研究は、現実のゲームから収集された実際のプレイヤーの行動データに基づくものとしては最大規模だ。論文の著者は、ビデオゲームのプレイ時間の経過とともに、幸福度に影響を及ぼす現実世界との因果関係を明確化することを判断する第一歩だと話す。
この研究成果は、ビデオゲームがどのように、そしてなぜ人々に影響を与えるのかという理由について、明確な結論を出すことの複雑さを示している。ゲームを研究する科学は比較的新しく、その多様性ゆえに研究は難しい。スマートフォンの単純なパズルアプリと、無秩序に広がる大規模なマルチプレイヤー型オンラインゲームとでは大きく異なり、また、最新のゲームには膨大な量のデータが含まれている。研究を難しくしているもう1つの要因は、ゲーム業界のテクノロジーの進化が研究スピードよりも速いことだ。メンタルヘルスや攻撃性への影響を研究する方法論は、議論の的になる可能性がある。
今回の研究論文を共同執筆したOIIのアンドリュー・プリジビルスキー上級特別研究員は、WHOと中国当局が根拠としているエビデンスは「無価値」であり、それらに基づいて下されている決定とは著しく乖離していると話す。「ゲームを安全で、人々の生活を有意義なものにするため、国や保護者、規制当局が果たすべき非常に重要な役割はあります。ただし、ゲームを規制したり、保護者に助言を与えたりするには、その根拠となるエビデンスが曖昧だということです」。
ビデオゲームをめぐるモラル・パニックは、過去に存在したロック・ミュージックやテレビなどのエンターテインメントに起因するパニックとは違って定着している。しかし、そのエビデンスはない。
報道によると、1990年代半ば以降の銃乱射事件の加害者は熱心なゲーマーだったという。2000年代初頭から始まった多くの研究と相まって、暴力的なゲームが人々をより攻撃的にするという懸念を煽った。それらの研究報告では、調査参加者が暴力的なゲームをプレイした後に、攻撃性を測定するために課した行動の結果を挙げている。敵対する相手を「罰する」時間が長くなり、チリソースの味見役に対してより大量の辛いソースを与え、単語完成課題で「爆発する」などの攻撃的な単語を推測する傾向が強くなることが示された。しかし、他の研究者たちは当時から、これらの研究が暴力的な行動を測定するのに本当に有効であるのか疑問を呈していた。
王立協会オープンサイエンスに掲載された2020年のメタ分析では、過去数年間に発表された28件の研究を再検討し、攻撃的なビデオゲームと若者の攻撃性の間に長期的な関連性があることを示すエビデンスがないことが分かった。標準化された、あるいは十分に検証された評価基準を用いていない低品質の研究は、ゲームがプレイヤーの攻撃性に及ぼす影響を誇張している可能性がより高く、高品質の研究では、無視できる程度の小さな影響が示されることが多かった。
ビデオゲームとメンタルヘルスの不調を関連付けている研究に関しても、同じパターンが見られた。調査参加者の主観的な自己申告に頼るのではなく、(今回の研究のように)ゲーム時間に関する客観的なデータを用いる場合、報告される影響がより小さくなる傾向がある、と英国バース・スパ大学のピーター・エッチェルス教授(心理学・科学コミュニケーション)は話す。エッチェル教授は、過去20~30年のゲーム研究は、自分たちが何を測定しようとしているのか、あるいはどのように測定すればよいのかについて、一貫性がなかったと考えている。
「今回のような新しい研究は、『ビデオゲームは良いのか、悪いのか』という問題にけりをつけるのに役立つかもしれません。なぜなら、今も昔も、尋ねるべき正しい質問ではないからです」とエッチェル教授は言う。「『食事はお腹の出っ張りにとって悪いのか?』と尋ねるような、バカげた質問だからです」。
さらにエッチェル教授は、「私が望むのは、『ビデオゲームは良いのか、悪いのか』という観点で考えるのではなく、その中間のグレーゾーンについて考えるようにすることです」と付け加える。「なぜなら、そのグレーゾーンにこそ、興味深いすべてがあるからです」。
2016年、プリジビルスキー上級特別研究員をはじめとする学者グループは、研究基盤の質が低いこと、学者たちの間でコンセンサスが形成されていない事実を理由に、ICDガイドラインにゲーム障害を含めるのは「時期尚早」だと主張する意見書をWHOに送っている。6年経った今でも状況はあまり変わっていない。例えば、ゲーム中毒と、薬物やギャンブルの依存症がどの程度異なるのか、今でも研究者間で意見が割れている。
興味深い次のステップは、OIIの研究で問題のある行動を示した参加者に焦点を当て、どうすれば彼らを指導したり支援したりできるかを検討することかもしれない、とオランダのトリンボス研究所(Trimbos Institute)でゲームやギャンブル、デジタル・バランスを研究しているトニー・ヴァン・ルイ上級研究員は話す。また、ゲームメーカーがプレイヤーの行動に圧力をかけるために使う搾取的なビジネスモデルも、研究価値のあるもう1つの分野であると言う。搾取的なビジネスモデルとは、例えば、プレイヤーに思い通りにならないレベルをスキップするためにマイクロトランザクション(ゲーム中でバーチャル商品やサービスを少額で購入させるシステム)の利用を奨励したり、決まった時間にプレイさせたり、何かを見逃さないように毎日ログインさせたりすることだ。
「私たちの研究と経験では、ゲームから恩恵を受けている多数の『健康な』プレイヤーのグループがあることが分かっています」とヴァン・ルイ上級研究員は言う。「しかし、不健康なプレイ習慣を持つ少数のプレイヤーもいます。彼らは多くの場合、人生にさまざまな問題を抱えています。ゲームは必ずしもそれらの問題の原因ではありませんが、明らかに極端なゲームへののめり込みは、バランスを取り戻すために考慮される必要があります。この研究は非常に厳密でよくできていますが、これが最終目的地ではなく、出発点になることを望みます」。
プリジビルスキー上級特別研究員はゲーム会社に対し、プレイヤーが自分のプレイデータを独立した研究者ともっと簡単に共有できるように望んでいる。しかし、ゲーム業界はデータを引き渡すことに対する金銭的なインセンティブがなく、研究によって好ましくない結果がもたらされるリスクがあることを認めている。「すでに自分の遺伝子や健康情報を研究用に提供している人にとっては、ゲームの自分のプレイデータを取り出して提供できないなんて、まったくおかしな話だと思います」とプリジビルスキー上級特別研究員は言う。「法的にプレイデータはプレイヤーのものなのです。業界は広告を売ったり、プレイヤーをマネタイズする新しい方法を考え出したりするよりも、創造的な何かのためにツールを利用できるようにするべきでしょう」。
結局のところ、研究者の最善の努力にもかかわらず、ゲームを研究する学者たちは、ゲームが人間に与える影響について確固たる結論に達する可能性は低い、とイエマヤ・ハルブルックは話す。彼女は、アイルランドのリムリック大学レロeスポーツ科学研究所(Lero Esport Science Research Lab)で心理学を研究している。
「この10年ほどで少しずつ考え方が変わってきましたが、ビデオゲームの効果にプラスもマイナスもない、あるいはプラス効果しかないという広いコンセンサスが得られるとは思いません。ビデオゲームは私たちにとって悪いものであると決めつけ、偏った研究を引き合いに出す人たちは、これからも常にいるでしょう」とハルブルックは言う。「ゲームのすべてが悪いわけではない、と誘導できるかもしれません。しかし、たとえそれが完全な事実であるとしても、1つの結論に全員が合意することはないと思います。人間とは、そういうものではありませんから」。
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- リアノン・ウィリアムズ [Rhiannon Williams]米国版 ニュース担当記者
- 米国版ニュースレター「ザ・ダウンロード(The Download)」の執筆を担当。MITテクノロジーレビュー入社以前は、英国「i (アイ)」紙のテクノロジー特派員、テレグラフ紙のテクノロジー担当記者を務めた。2021年には英国ジャーナリズム賞の最終選考に残ったほか、専門家としてBBCにも定期的に出演している。