「伝統医学を中傷」中国最大の健康情報サイトがSNSから消えた
中国最大の健康情報プラットフォームのSNSアカウントが突如停止された。ソーシャルメディアでは以前から、外国企業から資金援助を受けて中国の伝統医学を批判しているとの声が挙がっており、中国では科学や医療の議論がイデオロギーの対立となりつつある。 by Zeyi Yang2022.08.25
中国最大の健康情報プラットフォーム「DXY」のソーシャルメディア・アカウントが8月9日、突如停止に追い込まれた。ウェイボー(微博)の5つのDXYアカウントは「関連する法律と規制」に違反しているとの曖昧な説明で停止され、ウィーチャット(WeChat)とティックトック(TikTok)の国内版「ドウイン(Douyin)」のアカウントも公開が停止された。これらのアカウントのフォロワー数は合計8000万人以上に上る。
なぜ停止されたのか。DXYもソーシャルメディア・プラットフォームも公式には声明を発表していないが、日経アジアはアカウント停止は規制当局の命令に基づくもので、当局の正式な承認なしに解除されることはないだろうと報じている。
DXYは外国企業からの資金援助を受け、伝統中国医学や中国の保健医療制度を批判している、との反発が国粋主義者の間では以前から広がっており、ネット上では今回のアカウント停止についても嬉々とした反応が見られる。
DXYは、中国のデジタルヘルス・スタートアップ・シーンにおけるフロントランナーだ。医師が専門的な話題について議論し、交流するための中国最大のオンライン・コミュニティを運営している。一般向けの医療ニュース・サービスも提供しており、保健医療分野でもっとも影響力のある人気の科学情報サイトとして広く知られている。
国際保健人材について研究する中国人研究者で、オックスフォード大学の博士課程に在籍中のヂャオ・インシーは、「医療従事者と多少なりとも関わりがある人で、DXYのアカウントをフォローしていない人はいないと思います」と話す。自身もウィーチャットでDXYのアカウントをフォローしていたという。
二極化が進む中国のソーシャルメディア環境では、保健医療が論争の的になりつつある。今回のアカウント停止が、外国との関係と批判的な活動によって引き起こされたと人々がすぐに結論づけた現実は、保健医療に関する話題が中国でいかに政治的な問題になってきているかを物語っている。
2000年の創業以来、DXYはテンセントなどの著名企業やベンチャーキャピタルから5回にわたって資金調達を実施してきたが、今ではその商業的な成功さえも騒動の種になっている。DXYの主要株主の1人であるトラストブリッジ・ パートナーズ(Trustbridge Partners)は、コロンビア大学の基金やシンガポール国営の投資会社テマセク(Temasek)などから資金を調達している。この事実はDXYのアカウントが停止に追い込まれた後、DXYはずっと外国の影響下にあったと主張するブロガーたちによって明らかにされた。
今回のアカウント停止が衝撃的な理由の1つは、DXYが中国でもっとも信頼されている健康情報源として広く認識されていることだ。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック初期には症例数をまとめた症例マップを毎日更新し、中国国民が新型コロナの動向を追う際の最も頼れる情報源となった。DXYはまた、中国で有名な詐欺的な健康食品のいくつかをやり込めたことで、その名を知られるようになった。
デリケートな問題についても取り上げている。例えば、2019年のホモフォビア(同性愛嫌悪)、トランスフォビア(トランスジェンダー嫌悪)、バイフォビア(両性愛嫌悪)に反対する国際デーでは、転向療法(同性愛者への矯正治療)の被害者数人の証言を掲載し、実践されている治療法に医学的なコンセンサスの裏づけはないと主張した。
イェール大学法科大学院ポール・ツァイ中国センター(Paul Tsai China Center)のダリウス・ロンガリノ上級研究員は、「この記事は被害者の声を前面に押し出すことで、転向療法が依然として広く実施され、トップクラスの公立病院や学者でさえも推進しているという憂慮すべき現実からは目を背けています」と話す。
DXYのソーシャルメディア・アカウントの突然の停止は、そのフォロワーたちを驚かせた。ヂャオは「DXYが不適切なことをしたとは思いません」と言う。
しかしDXY反対派は、すぐに政治的な説明をこじつけた。ソーシャルメディアでは、DXYが伝統中国医学(TCM)の有効性に疑問を呈したのが理由だとして、アカウント停止を擁護する声もある。
2022年4月、DXYは中国政府が新型コロナ治療薬として配布している最新のTCM製品「リィェンファチンユェン(蓮花清遠)」の有効性を疑問視する記事を掲載した。現在は削除されているこの記事で、著者はこの薬が臨床試験できちんと検証されたことは一度もないと注意喚起し、成分の一部に外国では禁止されているものも含まれていると指摘した。
この記事は広く読まれ、拡散され、薬の発売元であるシジアズフアング・イリング(石家荘以嶺薬業)の時価総額が10億5000万ドル減少する原因となった。医療専門家にとって記事の内容は合理的で議論の余地はなかったが、DXYはTCM支持者の標的になってしまった。それ以来、DXYは新型コロナ治療薬のパキロビッドを製造するファイザーなどの欧米の製薬会社と共謀してTCMを中傷している、と非難されるようになった。8月9日にDXYのアカウントがソーシャルメディア全体で停止された後、TCM支持者らはDXYの悪事が証明されたとして祝福した。
米国同様、新型コロナウイルス感染症を含むある種の公衆衛生の話題が中国でも大きく政治化している。中国での科学的議論においてどちらかの側につくことは、中国と西側諸国の間で大きく隔たりのあるイデオロギーの問題に発展してしまうケースもめずらしくない。
DXYはその最も顕著な例だが、中国で人気のある科学情報発信源がソーシャルメディア運動の犠牲になったのはこれが初めてではない。エレファント・マガジンやペーパークリップなど、人気のあるデジタル科学出版物や動画チャンネルは、海外のNGOから資金を得て中国を悪く描くようなコンテンツを公開しているとされ、国粋主義のインフルエンサーたちの攻撃の的となっている。これらの情報サイトや動画チャンネルは検閲された後、閉鎖またはソーシャルメディアから姿を消している。
DXYの支持者は、同様の事態になることを恐れている。
「DXYは国内で最高の健康情報プラットフォームです。エビデンスに基づく医療の普及に大きく貢献しています」。ワン・ジアンはツイッターにこう書いた。彼は日本に移住する前の2019年に、ソーシャルメディア・アカウントを中国規制当局に検閲された中国人ジャーナリストだ。「DXYが生き残ることを願っています」。
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- ヤン・ズェイ [Zeyi Yang]米国版 中国担当記者
- MITテクノロジーレビューで中国と東アジアのテクノロジーを担当する記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、プロトコル(Protocol)、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)、コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙、日経アジア(NIKKEI Asia)などで執筆していた。