深層学習の父、
ヤン・ルカンが思い描く
汎用人工知能への道筋
深層学習の生みの親の1人であるヤン・ルカンが、古い考え方を組み合わせて、AIが進むべき新たな道の構想を提唱した。汎用人工知能への出発点になる可能性があるとも述べており、AI研究者の間で物議を醸している。 by Will Douglas Heaven2022.07.06
約1年半前、ヤン・ルカンはある見当違いをしていたことに気づいた。
メタの人工知能(AI)ラボで主任科学者を務めるルカンは、世界で最も影響力のあるAI研究者の1人でもある。世界の仕組みについての基本的な理解、つまりある種の常識的判断を機械に理解させようと取り組んでいた。そのために、日常の事象の映像クリップで次に何が起こるかを予想できるように、ニューラル・ネットワークを訓練していた。しかし、映像の次の一連のフレームで何が起こるかをピクセル単位で予想するのは複雑すぎた。ルカンはここで、壁にぶつかってしまった。
その後、何カ月にもわたって、ルカンは何が足りないのかを解明しようと取り組みを進めた。そこで生まれたのが、次世代のAIの大胆な新ビジョンだ。MITテクノロジーレビューが入手した草稿段階の文書の中でルカンは、いつの日か機械が世界でうまくやっていくのに必要な常識的判断を持てるようにするためのアプローチの概要を示している。ルカンによると、この提案内容は人間のような理性思考と計画能力を持つ機械、つまり多くの人が汎用人工知能(AGI:Artificial General Intelligence)と呼ぶものを構築するための道筋の出発点になる可能性がある。さらに、ルカンのビジョンは、機械学習の分野の現在の最もホットなトレンドから離れて、もはや主流ではなくなっているいくつかの古い発想を復活させたものとなっている。
しかし、ルカンのビジョンは実際のところ、包括的なものと言うには程遠い。実際、提示している回答より多くの疑問を呼ぶものと言えるかもしれない。ルカン自身が認めていることなのだが、最大の問題とは、ルカン自身でさえ、自分が提示しているものをどうすれば構築できるのかわからないということだ。
この新たなアプローチで中心的な役割を担うのは、世界をさまざまなレベルの詳細度で見るように学習できるニューラル・ネットワークだ。提示されているネットワークは、ピクセル単位の完璧な予測を必要とせず、シーンの中で解くべきタスクに関連のある特徴のみに注目することになる。ルカンは、中核となるこのネットワークを「コンフィギュレーター」と呼ばれるネットワークと組み合わせることを提唱している。コンフィギュレーターとは、どのレベルの詳細度が必要であるかを決定し、それに合わせてシステム全体を調整する役割を担うものだ。
AGIは今後、私たちとテクノロジーの関わり合いの中で欠かせない要素になっていくと、ルカンは考えている。ルカンのビジョンは、勤務先であるメタのビジョンに色濃く影響されている。メタは、実質現実(VR)のメタバースの実現を目指している。ルカンによると、10年か15年後には、人々はポケットにスマホを持ち歩くことはなくなり、かわりに拡張現実(AR)のスマートグラスをかけて、バーチャルアシスタントが人々の日々の暮らしのガイド役を務めることになるという。「本当に役立つスマートグラスを作るには、基本的には人間とほぼ等しい知能を獲得させなければなりません」という。
モントリオール大学のAI研究者で、ミラ-ケベック研究所(Mila-Quebec Institute)で科学主任を務めるヨシュア・ベンジオ教授は、「ヤン・ルカンは、こうした考えの多くについて少し前から語っていました」と言う。「それが全て1つの大きな構想としてまとまってきているようで、期待が持てます」。ベンジオ教授は、ルカンの問題意識は的確なものだと考えている。ベンジオ教授はさらに、ルカンがまだほとんど答えが出ていない状況でこうした文書をまとめたことについて、その意欲を高く評価している。ベンジオ教授によると、この文書は明確な結果をまとめたものではなく、研究計画書のようなものだという。
ベンジオ教授は、「こうしたことについて仲間内で話す人はいますが、普通は一般に向けて発信することはありません」と言う。「リスキーだからです」。
常識的判断という難問
ルカンは、AIについて40年近く考察を深めてきた。2018年には、コンピューティング分野で最も権威あるチューリング賞を、ベンジオ教授およびジェフリー・ヒントン教授と共に受賞した。深層学習に関する先駆的取り組みが評価されての受賞だった。ルカンは、「私は人生を通して、機械を人間や動物のように振る舞わせる方法を探求してきました」と言う。
ルカンは、動物の脳は世界のある種のシミュレーションをしていると考えており、それを世界モデルと呼んでいる。世界モデルは生後間もなく学習され、そのおかげで(人間を含む)動物は周囲で何が起こっているかについて的確な推測ができる。ルカンによると、乳児は生後数カ月の間で、世界を観察しながら世界モデルの基本的な部分を学習するという。ボールが手から離れて落下するのを何度か見るだけで、乳児は重力の仕組みについての直感を得ることができるのだ。
この種の直感的な理性は全てまとめて、「常識的判断(Common sense)」と呼ばれている。常識的判断には、簡単な物理法則の理 …
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