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バッタの脳を改造、人間のがんの「嗅ぎ分け」に成功
Getty
Scientists hacked a locust’s brain to sniff out human cancer

バッタの脳を改造、人間のがんの「嗅ぎ分け」に成功

米国の研究チームがバッタの脳を使って、「匂い」からがんを検出することに成功した。がんのスクリーニングやデバイスの開発に発展する可能性がある新研究だ。 by Jessica Hamzelou2022.06.24

改造した「バッタ」の脳を使って、人間のがんの兆候を発見する新研究が発表された。論文はまだ査読前だが、研究チームは、将来的に昆虫を使った呼気検査が、がんのスクリーニングや、同様の働きを持つ人工的なデバイスの開発に発展することを期待している。

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病気の人間の兆候を見つけるように動物を訓練するケースはこれまでにもあった。例えば犬は、飼い主の血糖値低下の兆候、がんや結核、さらには新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を患っているかどうかも訓練によって検出できるようになる。

いずれのケースでも、動物は人間の体臭や呼吸によって放出される化学物質を感知していると推測されている。化学物質の組み合わせは個人の代謝によって異なり、病気になると変化すると考えられている。ただ、犬は訓練するにも、飼うのにも相応のコストが必要だ。また、今回の研究に参加した科学者の1人であるミシガン州立大学のディブジット・サハ助教授(神経工学)は、犬の鼻を模したデバイスを作成するのは非常に難しいことが証明されていると言う。

「化学物質の変化は、ほぼ1兆分の1レベルです」(サハ助教授)。この極めて低い数字のせいで、変化を見付けるのは最先端テクノロジーを用いても難しいという。しかし、動物はこのような微かな変化を、臭いを通じて感じ取れるように進化してきた。そのため、サハ助教授と同僚たちは、代わりに動物の脳を「ハイジャック」することに決めたのだ。

研究チーム提供

研究チームは、近年よく研究されている昆虫であるバッタを使うことにした。準備段階として、研究チームは生きているバッタの脳を外科的手法を使って露出させた。次に、バッタが臭いを感じ取る触角からの信号を受け取る脳葉に電極を埋め込んだ。

研究チームはまた、3種類のヒト口腔がん細胞と、正常なヒト口腔細胞を培養した。それぞれの細胞から放出されるガスを捉えるデバイスを使って、それらのガスをバッタの触角へ送り出した。

バッタの脳は、それぞれの細胞に対して異なる反応を示した。脳の電気的な活動パターン記録は、ある細胞のガスが触角に吹き付けられた時、他とは明確に異なる動きを見せた。この記録だけでも、その細胞ががん細胞であるかどうかを正確に識別できたのだ。

生きた昆虫の脳ががんを検出するツールとして実験されたのは、これが初めてだとサハ助教授は話す。

ニュージーランドにあるヴィクトリア大学ウェリントン校でナノ材料を用いた健康センサーを開発しているナターシャ・プランク上級講師は、この研究を「とてもすばらしいもの」だと考えている。「何かに息を吹きかけるだけで、がんのリスクが分かるという可能性は(中略)本当に強力なものです」とプランク上級講師は言う。

実験では、複数のバッタの脳の記録を取り、それらの反応を組み合わせた。今のところ、明確な信号を得るためには、40個の神経細胞の記録が必要だ。つまり、このシステムは6〜10匹のバッタの脳が必須となる。しかし、サハ助教授はより多くの神経細胞から記録が取れる電極を使うことで、1匹のバッタの脳で間に合うようにしようと考えている。また、脳と触角を持ち運び可能なデバイスに搭載して、実際の人間でも実験したい考えだ。

英国のウォーリック大学でセンサーを開発しているエンジニアのジェームズ・コヴィントン教授は、このようなデバイスが、がんの診療現場で将来的に使われる可能性は低いと考えている。「科学的には本当に興味深いことです。しかし、がん検診に使うデバイスが認可を得るまでには、非常に多くの課題があります」。

別の懸念は、人々が昆虫をこのように扱うことについてどう感じるかという点だ。例えば、爆発物を検出するように訓練されたミツバチは、役目を終えた後に解放されることが多いとコヴィントン教授は指摘する。「ハチたちは、再びすてきな人生を送れるのです。しかし、この方法で使ったバッタはもう元には戻れません」。

サハ助教授は、バッタは疼痛を感じないため麻酔は必要ないと話す。しかし、いくつかの研究において、昆虫は人間が「痛み」と考えるものを感知して回避する可能性が指摘されている。つまり、脳を露出する手術後に慢性的な疼痛に似た感覚が増し続けるかもしれないのだ。「身体の機能という意味では、そのバッタは死んでいます。私たちはただ、バッタの脳を生かしているだけです」。

バッタの触角にあるどの受容体が、がんの検出に最も重要なのかを明らかにできれば、研究室で同様の受容体を作成し、バッタの代わりに使えるかもしれないとプランク上級講師は話す。自身は研究室で、ショウジョウバエの受容体を模して作成したタンパク質を使っている。「長期的に見れば、別の異なる方法がスクリーニング手法につながっていくかもしれません」とプランク上級講師は話す。

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ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。
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