中国がネット規制強化案、コメントや弾幕も事前検閲対象へ
中国でネットのコンテンツ規制をユーザーのコメントにまで拡大する新たな規制案が検討されている。「すべてのコメントを公開前に審査せよ」との要請はどこまで現実的か。 by Zeyi Yang2022.06.21
中国政府が検閲機構の手直しに取り組んでいる。毎日数十億件が投稿されるネット上のコメントの規制を強化する方針だ。
6月17日、インターネット規制当局である中国サイバースペース管理局(CAC)は、ネット上のコメントに対するプラットフォームとコンテンツ制作者の管理責任に関する改訂案の最新版を発表した。改訂案の中で際立っているのが、「すべてのネット上のコメントは公開前に事前審査を受けなければならない」という一文だ。ネットユーザーや観測筋は、この動きが中国における表現の自由をさらに締め付けるのに利用されるのではないかと懸念している。
今回変更されるのは、「インターネット投稿コメント・サービス管理規定」と呼ばれる、2017年に施行された規制。施行から5年経った今、CACは現状に合わせる必要があると考えているようだ。
「発表された改訂案の内容は、主として現在の『コメント規制』を更新し、例えば、個人情報保護、データ・セキュリティ、一般的なコンテンツ規則に関する新しい法律など、最近の当局の言葉使いや政策に合わせることが目的です」。こう話すのは、イェール大学法科大学院ポール・ツァイ中国センター(Paul Tsai China Center)のジェレミー・ダウム上級研究員だ。
改訂案では、フォーラムへの投稿、投稿に対するコメント、公開掲示板に書かれたメッセージ、「弾幕(日本版注:ニコニコ動画のように映像上にリアルタイムで表示するコメント)」など、広範囲にわたる「コメント」が対象となっている。また、テキスト、記号、GIF、画像、音声、映像などのあらゆる形式がこの規制の対象となる。
コメントは数が膨大であることから、記事や映像といったコンテンツに比べて厳密な検閲が困難だ。そのため、コメントだけを対象とした独自の規制が必要になる、と元ウェイボー(微博)の元検閲担当者でであるエリック・リウは話す。リウは現在、米国を拠点とするメディア「チャイナ・デジタル・タイムス(China Digital Times)」で中国の検閲を研究している。
「投稿に対するコメントや弾幕には誰も注意を払っていないというのが、検閲業界の人間にとっては常識でした。コメントに関しては、これまで最低限の労力で適当にモデレートしてきたのです」とリウは明かす。
しかし最近、ウェイボーの政府系アカウントで、政府の嘘を指摘したり、公式見解を否定したりするような厄介なコメントが数件あった。そのようなコメントが今回、規制当局が改訂案を作るきっかけになった可能性がある。
中国のソーシャル・プラットフォームは現在、検閲活動の最前線になっており、政府や他のユーザーの目に触れる前に積極的に投稿が削除されることも多い。ティックトック(TikTok)の運営会社であるバイトダンス(ByteDance)が数千人のコンテンツ審査係を雇用していることは有名で、同社の中で従業員の数が最も多い職種になっている。他社は、中国共産党機関紙『人民日報』傘下の企業などの「検閲請け負い」会社に外注をしている。 各プラットフォームは不注意によるミスなどで頻繁に処分を受けている。
中国政府は、ソーシャルメディアの管理に磨きをかけ、抜け穴を塞ぎ、絶えず新たな規制を導入している。だが、今回の曖昧な最新の改訂案に対しては、政府が現実的な課題を無視する可能性があるのではないかと懸念する声が多い。例えば、公開前の検閲を義務付ける新しいルールが厳密に実行された場合、中国のユーザーが毎日投稿する数十億件の公開前メッセージに目を通すために、プラットフォームはそれらを審査する従業員を大幅に増やさなくてはならない。厄介なのは、政府がこうした施策を即座に実施しようという意図を持っているのかどうか、誰にも分からないことだ。
改訂案では、中国の一部のソーシャルメディア・プラットフォームでの公開前コンテンツを審査する慣習的な検閲、「先审后发(シィェン・シェン・ホウ・ファ)」に具体的な1つの変更点があることが関心を集めている。ツイッターのようなサービスを提供し、中国で人気の高いウェイボーでは現在、これまでにコンテンツの検閲規則に違反したことがあるアカウントか、あるいは扱いの難しい繊細な話題に関する議論が白熱している場合にのみ、より厳格な管理措置を適用している。2017年版の規則では、そのような対応は「ニュース情報に対するコメント」に限定されており、一律に適用する必要はない。だが今回の改訂案では、この制限が取り払われている。
ソーシャルメディア上では、これによってネットのあらゆるコメントに検閲の範囲が拡大されるのではないかと一部の中国ユーザーから懸念の声が上がっている。例えばウェイボーでは「この規制って必要? 乱用されないという保証があればいいんだけど」というコメントが最も多くの高評価を得た。
すべてのコメントを検閲するとなれば、ソーシャルメディア・プラットフォームに天文学的なコストがかかることから、それは改訂案に対する極端な解釈だろうとリウは話す。中国政府が、全面的な公開前検閲を実施するまで踏み込む可能性は低い。しかし今回の改訂案は、これまで慣習的に無視してきたコメント欄のモデレートに、プラットフォームの責任を強化しようという意図がある可能性は高いとリウは話す。
公開前の事前検閲があるかどうかによって、ネットにおける社会的な抗議活動がどこで発生するかが決まることになる。例えば、4月に投稿された上海の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に伴うロックダウンに関する映像は、「ウィーチャット(WeChat)・チャンネル」で大きく拡散したが、中国版ティックトックである「ドウイン(Douyin)」では拡散されなかった。その理由の1つとして、ドウインはすべての映像を公開前に審査している一方で、その時点でウィーチャット・チャンネルは公開前審査をしていなかったことが挙げられる。
規制当局は現在、改訂案に対するパブリックコメントを2022年7月1日まで募集しており、施行までにはさらに数カ月かかるだろう。現時点では、この改訂がどの程度厳格に適用されるのかに関する議論は憶測の域を出ない。だが、中国がグレート・ファイアウォールと呼ばれる大規模なネット検閲の抜け穴を特定し、それに対処するために規制を更新しようとしているのは明らかだ。最新の変更は「中国が悪びれることなく続けてきた、コンテンツ規制を拡大する一環なのです。コンテンツ規制は主要メディアだけでなく、今やコメントやその他のインタラクティブな機能を通じて生み出されたユーザー・コンテンツにまで及ぼうとしています」とダウム上級研究員は言う。
今回の改訂案により、ネット上のコメントを検閲する人も大幅に増えることになる。現在、CACはプラットフォームに対し、コメントを検閲する権限をコンテンツ制作者、または中国のネット用語で言うところの「公開アカウント運営者」と共有するよう求めている。しかし、ウェイボーなどのサイトでは現在、すでに政府関連アカウントにその権限を与えている。今回の改訂案が法律になった場合、クリエイターも検閲機構の一部となり、「違法またはネガティブな」コンテンツを特定して報告する責任を負うことになる。
「中国のインターネットは世界的に見ても特に厳しい検閲が実施されています。しかし、それでもまだ繊細な話題に関する議論ができる余地はあります。人々は検閲者を相手に巧妙なイタチごっこを仕掛けており、投稿が検閲された際にはクリエイティブに対応しています」。中国の人権擁護団体「チャイニーズ・ヒューマンライツ・ディフェンダーズ(Chinese Human Rights Defenders:CHRD)」で研究および擁護コーディネーターを務めるウィリアムズ・ニーはこう話す。
「しかし、新しいシステムによりそれがほぼ不可能になります。すでに限定的なものになっている繊細な話題に関する表現の自由のための空間が、より厳しい締め付けを受ける可能性があるのです」。
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- ヤン・ズェイ [Zeyi Yang]米国版 中国担当記者
- MITテクノロジーレビューで中国と東アジアのテクノロジーを担当する記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、プロトコル(Protocol)、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)、コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙、日経アジア(NIKKEI Asia)などで執筆していた。