遺伝子編集で農作物の炭素回収能力を強化するプロジェクトが始動
地球温暖化の進行を遅らせるために、二酸化炭素を大量に吸収する農作物を作り出そうとする研究が始まった。遺伝子編集ツールのCRISPR(クリスパー)を使って光合成を微調整して植物の成長を早めたり、根系を大きく深くしたりするのだ。 by Casey Crownhart2022.06.16
植物は生来、二酸化炭素の回収工場である。遺伝子編集によって、植物のその機能を高めることを目指した研究プログラムが始まっている。
画期的な遺伝子編集ツールであるクリスパー(CRISPR)の共同発明者、ジェニファー・ダウドナ教授がカリフォルニア大学バークレー校に設立したイノベーティブ・ゲノミクス研究所(IGI)は、クリスパーを使って植物の二酸化炭素貯留の効率を高めることを目指す新しいプログラムを発表した。最初のプログラムは3年間で、マーク・ザッカーバーグの財団から1100万ドルの助成金を受ける。
気候変動の進行を遅らせるため、すでに大気中にある二酸化炭素を吸収する手段を探る科学者の取り組みが増えてきており、この研究はそのひとつである。植物が生来備えている二酸化炭素を取り込む能力を高めることができれば、温暖化が進む世界で気温の急激な上昇を抑えるのに役立つだろう。
二酸化炭素の回収に樹木を使おうとする人が多い中、IGIの研究は農作物に着目する。IGI所長のブラッド・リンガイセン博士は、今回の決定に至ったのは、時間が限られていることが主な理由だったという。樹木は寿命が長く、数十年、さらに数世紀にわたって炭素を閉じ込める可能性があるが、一般的に樹木よりも成長が早い作物を用いれば研究者は実験のプロセスを高速化できる。
IGIの研究の主な目的は、光合成を微調整して植物の成長を早めることだとリンガイセン所長は述べる。光合成に関係する酵素を改造することで、実際に二酸化炭素を放出するといったエネルギーを奪う副反応を抑制できると言う。
ただし、光合成だけでは話は終わらない。植物中の炭素は、通常、土壌微生物や動物、人間に食べられた後、再び大気中に戻るからだ。炭素を土壌に留めておいたり、他のやり方で貯留したりすることは、まずは炭素を回収することと同じかそれ以上に重要である。
植物の根系が大きく深くなるほど、土の中に蓄えられる炭素は増えるはずだ。植物が枯れても、一部が地中深くにあれば、その部分に含まれる炭素がすぐに大気中に戻ってくる可能性は低くなるからだ。貯留の方法として考えられるのは、根だけではないとリンガイセン所長は言う。植物からバイオ油やバイオ炭を作り、地中深くに送り込んで貯留することもできるかもしれない。
ミネソタ大学の遺伝子工学者で、IGIの科学諮問委員会のメンバーのダニエル・ボイタス教授は、植物を炭素除去に最適化することは容易ではないだろうと述べた。
研究者が改造を考えている植物の形質の多くは複数の遺伝子の影響を受けているため、精密な編集は難しいのではないかとボイタス教授は言う。広範囲に研究されているタバコやイネのような植物については研究者も微調整の方法をよく理解しているが、それ以外の植物の遺伝的特徴については分かっていないことも多い。
IGIが最初に着手する光合成と根系についての研究はイネに集中するとリンガイセン所長は言う。同時に、モロコシの高度な遺伝子編集手法の開発にも取り組む。モロコシは主食作物の中でも、特に研究者が解明にてこずっている作物だ。研究チームは、最終的には土壌微生物についても理解を深め、改造できるようになればと考えている。
「簡単ではありませんが、複雑さは想定内です」とリンガイセン所長は言い、気候変動に関して「植物や微生物、農業は、問題の原因というより、実は解決策のひとつになり得ます」と期待している。
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- ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
- MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。