大学等での研究開発の成果を事業化し、社会実装を目指す「研究開発型スタートアップ」が日本でも増えつつある。2022年4月22日にオンライン開催された「Emerging Technology Nite #21」では、「先端宇宙テックベンチャーに聞く、研究開発型事業の作り方」と題して、ペールブルー(PaleBlue)代表取締役の浅川純氏と、レタラ代表取締役(Letara)ケンプス・ランドン氏が語り合った。
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浅川氏は2020年度、ケンプス氏は2021年度にそれぞれMITテクノロジーレビュー主催の「Innovators Under 35 Japan(35歳未満のイノベーター)」を受賞している宇宙ベンチャーの創業者だ。研究の道からからビジネスの世界へと舵を切った2人に、起業の経緯とその後の取り組みについて、モデレーターのsorano me代表・城戸彩乃氏が話を聞いた。
研究領域について世界で最もよく知る研究者が起業する意味
浅川氏が創業したペールブルーは、水を推進剤として用いた小型人工衛星用の推進機を社会実装することで宇宙空間における新たなモビリティ・インフラの構築を目指す、2020年4月創業の東京大学発スタートアップだ。一方のケンプス氏のレタラは、北海道大学発の宇宙スタートアップ。将来の主要宇宙輸送ハブ(地球、月、火星等)間のラストマイル輸送用推進系として、重要な存在となるハイブリッドキックモーターの事業化に取り組んでいる。浅川氏は創業前まで、ケンプス氏は現在も助教として大学にも籍を置いており、文字どおり「大学発の研究開発型スタートアップ」を経営する二人だ。
城戸氏からの最初の質問は、「大学での研究から起業への道を選んだ理由」。「起業となると経営者としてやらなければならないことが多く、研究にリソースを割けなくなるリスクもあるのではないか」と投げかけた。
大学時代に水を使った推進機の基礎研究をしながら、実利用に近い小型人工衛星の開発プロジェクトにも参加していた浅川氏は、「両方の経験を通じて、基礎研究と実利用では視点が全く違うということが分かった」と話した。
基礎研究では、一つ一つの物理現象のメカニズムを解明しようとする原理の究明の視点が中心であるのに対し、小型衛星の開発では推進機のシステム全体として狙いどおりに動くか、信頼性が高いかなどの点が重視される。「大学で基礎研究を続けても、実用化への道のりは遠いのではないかと思ったことが、起業を考え始めたきっかけです」と浅川氏は答えた。
ケンプス氏は「大切なことはいかに社会実装するかであって、会社はそのための道具」と前置きした上で、研究開発型スタートアップの選択肢を3つ示した。「大企業に所属して提案する」「技術をどこかの企業に提供して使ってもらう」「起業して自分で事業化を目指す」の3つだ。ケンプス氏はその中で、「一番スピード感をもって主導権を握りながら進められる選択肢として起業を選んだ」と話す。
これに対して浅川氏は「その選択はよく分かる」と同意。「博士課程を修めるまでになると、その人が世界で最先端、その研究対象について一番よく知っている状態になる。すると、社会実装するには『自分がやるしかない』という勝手な責任感が芽生える」のだという。
城戸氏は、「確かに、技術移転していくよりは自分でやるほうが、課題も一番分かっているし、より深掘っていくことができますよね」と、研究者が自身で起業することの利点を付け加えた。
研究成果を社会に還元するのは大学の責務
続けて城戸氏は、「実際に起業してみて気づいたこと、大変だったことやそれを乗り越えたエピソードがあれば教えてほしい」と尋ねた。
これに対して、浅川氏は「足りないものやリソースをどんどんかき集めてやりたいことを実現していくのは、大学よりも会社としての方がやりやすい」と回答した。
「大学であれば学生の協力なども得やすいのではないか」と城戸氏は投げかけたが、「大学は研究施設であり教育機関でもある。学生も一研究者なので、そこのバランスは大事にしなければいけない。実際に助教の立場で学生と接する際にも、フェアな関係性を意識していた」と浅川氏は答えた。
ケンプス氏は「起業して気づいたことはたくさんあるが、一番は大学の責任。納税者のお金で研究開発してきたので、成果を社会に還元することが大学の責務です」と付け加えた。一方で、「企業の場合はパートナー以外に共有してはいけないので、そこのバランスを取る必要があることを、知財戦略を学ぶうちに分かってきた」と話した。
研究よりも会社経営に対して多くのリソースを割く
城戸氏が「経営と研究に対し、どのように自身のリソースを割り当てているか」を尋ねたところ、浅川氏、ケンプス氏ともに経営に充てるリソースのほうがかなり多いことが分かった。
浅川氏は、「僕の場合は4:1くらいです。大学時代は週5日といわず週7日くらいで研究に没頭していましたが、起業後は代表がそれをやっていると会社が回らなくなります。とはいえ、研究開発が会社の根幹ですから、そこに代表が関わる必要もある。今は、週1日を研究に充てる日と決めて、他の日は経営者としての仕事をするような形でバランスを取っています」と話した。
これに対しケンプス氏は「ナイス・アイデアですね。私も週に1日は『エンジニアの帽子をかぶるからその日は邪魔しないで』という日を作ろうと思いました」と賛同しつつ、「自分が学生だった頃は辛いと思っていたが、いまは修士・博士課程の学生を見ると自分の好きな研究に集中できてうらやましいと思う」というジレンマを明かした。
「皆で事業をつくっていく」当事者意識を持つ仲間が大事
この後、話題はチーム・ビルディングへと移った。城戸氏は、「経営者としてやらなければならない仕事の結構な割合が、仲間集め、人を探してくることなのではないかと思う。どのように仲間集めをしているかをお聞きしたい」と尋ねた。
ペールブルーの創業メンバーは大学での研究仲間がほとんどで、就職活動の経験があるメンバーがほぼいなかったため、最初は面接のやり方も分からず苦労したという。「最初の半年は募集要項を作ったのに応募が全く来ない状態が続きました。ベンチャーキャピタルからの紹介でエンジニアの方が1人入ってくれてからは、大学時代やその他の伝手で来てもらうことが多くなりました」(浅川氏)。
しかしその後、メディアで取り上げられる機会が増えると、それを見て会社のWebサイトを訪れる人が増えたそうだ。「採用ページは特に力を入れて作っていたので、それを見てエンジニア以外の方も応募してくれるようになりました」と浅川氏は明かす。
ケンプス氏は、「レタラも現在募集しています。これを見ている方で興味がある方は宇宙関連の経験がなくてもぜひ気軽に連絡ください」とアピール。「最初のきっかけは『宇宙に興味がある』くらいがほとんどだと思う。今は専門家の人でも、研究室を選んだ時はそう。ただ、経験がないから手厚い研修があるという受け身の気持ちよりも、一緒に作っていこうというスタートアップの精神が必要ではないか」と、仲間に求めるマインドについて話した。
これには浅川氏も「一番重要だと僕も思います」と同意し、「スキルや能力よりも、一緒に作っていこうという思い、会社がやろうとしてることへの共感性が大事」と付け加えた。
城戸氏は、「その意味では、例えば経理や営業など、特定の仕事をずっとやってきた人よりは、柔軟に何でもやりますという人が来るのでしょうか」と尋ねると、浅川氏は、「そういうマインドセットを持ってくれている人が最初は多くなります」と答えた。
会社規模が小さく、やるべきことが多岐にわたるスタートアップでは、特定のタスクにかかわらず臨機応変に対応できる人が重宝されるということだ。「特に創業初期の研究開発型スタートアップにおいてはすごく重要な人になると思います」(浅川氏)。
大学とも企業ともパートナーシップが組みやすいのが利点
最後に城戸氏は、「大学発のベンチャーが政府機関や企業へ期待すること」について尋ねた。
ケンプス氏は、「資金、人、打ち上げ機会など、さまざまな面でパートナーシップを必要としている」と答えた。「宇宙開発の分野で、日本はすごく頑張っているように見えます。ただ、リードしてきたのは米国で、日本はそのフォロワーという位置づけ。今は日本企業でも打ち上げは海外でやることが多いが、今後は海外の人が日本へ打ち上げのために来るような仕組みがあったほうがいい」と語り、「リソースはありますし、やりたい人も多いので、ぜひ皆でやりましょう」と呼びかけた。
浅川氏は、「研究開発型ベンチャーは、すでにある市場のシェアを取りに行くのではなく、新しい市場を作っていくもの。そのために研究成果を社会に実装しようとしている」という前提を述べた上で、「協業する上でも、そういう考え方を持つ組織とパートナーシップを組めると嬉しい」と話した。
「いろいろな大学の先生や研究機関と連携が組みやすいことは、大学発ベンチャーの利点。それぞれに得意・不得意があり、それを補い合う連携が可能。また、会社が得意なことと大学が得意なこともそれぞれある。会社ではやりづらいことを、大学と共同研究の形をとりながら進められることも、会社の成長にとってプラスだと思う」と話し、多方面とのパートナーシップの重要性を改めて強調した。