KADOKAWA Technology Review
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苦戦するWeChatのTikTokふう機能が「反検閲」でブレイクの皮肉
Kevin Frayer/Getty Images
WeChat wants people to use its video platform. So they did, for digital protests.

苦戦するWeChatのTikTokふう機能が「反検閲」でブレイクの皮肉

上海の都市封鎖に抗議する映像は、中国政府の検閲によってすぐに削除された。だが、中国の市民らはさまざまな手段で対抗した。中心となったのは、WeChat(ウィーチャット)のあるアプリだ。 by Zeyi Yang2022.04.26

4月22日の夜、中国では数百万人もの市民がスマートフォンで同じ映像を観ていた。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策で都市封鎖中の上海で録音された音声クリップを6分間にまとめたもので、タイトルは『4月の声(The Voice of April)』。都市封鎖による人的被害を訴える声が人々の共感を集め、ウィーチャット(WeChat)をはじめとするメッセージング・サイトで広く拡散された。だが、ほどなくして中国政府の検閲によって映像がプラットフォームから削除され始めたことで、市民らは検閲を巧妙にかわして次の視聴者に届ける方法を見つけ出すことになった。

今回のネット上のリレーで、中国の市民らは再び創造性を発揮し、パンデミック下における政府の検閲に対抗した。別のクリップに埋め込んで偽装したり、無関係の映像に音声をかぶせたり、QRコードで映像のリンクを共有したりと、あらゆる手法を駆使して検閲を回避しようとした。図らずとも抗議活動を盛り上げたのが、ウィーチャットがここ数年大々的にPRしてきたある映像共有機能だ。

4月22日の午前中にウィーチャットで初公開された『4月の声』は、上海の検疫官、住民、政府関係者ら20人以上の音声クリップを編集し、ドローンで空撮した上海のモノクロ動画に重ねて再生したものだ。そこには都市封鎖中の上海を象徴する場面が記録されている。意味のない隔離ルールに上海市民が憤慨する様子、市民やボランティアが助け合っている明るい側面の両方が盛り込まれている。

作者は上海を拠点とする映像作家で、「4月の声を残すべく、できる限り(暮らしを)客観的に手を加えず記録するためにこの映像を作りました」とのコメントを映像に添えている。検閲のリスクを予期していたのか、「保存したい方へ」として映像をダウンロードできるリンクも添えられていた。

個人的なコメントを一切挟まず、抑制的なトーンに徹したこの映像は、中立的で政治的に安全な都市生活の描写として受け止められた。とはいえ、中国の政治の現実では、このような「安全な」映像であっても、あまりに大勢に広まると混乱を引き起こすみなされる場合がある。

上海在住のコンサルタントであるヤオ(安全性の懸念から一部匿名を希望)は、「泣くだろうとは思っていましたが、号泣してしまいました」と話す。「この映像にパワーがあるのは、どれもが実際に起こった事実だからです。あまりにもリアルなのです」 。

おそらく検閲されるだろうと考えたヤオは、すぐにコピーの保存に動いた。国内のクラウドサービスであるバイドゥ・ワンパン(Baidu Wangpan)で映像をダウンロードできるリンクを見つけたが、検閲に引っかかった場合、スマホアプリに保存したコピーも消されることがある。そこでヤオは、映像を再生中の自分のスマホ画面を録画して残すことにした。

映像のリレー

投稿日の夕方になる前には作者は映像を削除した。「視聴者が、本来の意図以上の意味を込めてしまった可能性がある」ためだ。だが、映像はすでにウィーチャットやウェイボー(微博)などのソーシャル・プラットフォームで急速に広まっていた。映像のコピーはすぐに削除されていったが、それが市民の怒りに油を注いだ。

映像が検閲されると、市民らはリレーを途絶えさせないように工夫を凝らした。個人アカウントにコピーして再アップロードしたり、映像をブロックチェーンに保存したり、NFTとして発行したりした。アルゴリズムによる検閲を欺くため、党のプロパガンダや人気アニメの映像にオリジナルの音声を紛れ込ませる人もいた。

関係者によると、作者がアップロードしたオリジナル映像は、削除されるまでに500万回以上再生されたという。再アップロードされた回数も考慮すれば、この映像はその夜、さらに数百万人もの中国市民に届いた可能性がある。だが、映像のコピーも、映像への同情のコメントを寄せた投稿も、即座に政府に検閲されてしまった。

中国の元インターネット検閲官で、現在は米国を拠点とするメディア「チャイナ・デジタル・タイムズ(China Digital Times)」で働くエリック・リウは、中国の深夜にまで実施された検閲の厳しさに驚いたという。「投稿が(公開から)数秒以内に始まる検閲のスピードは想像を絶しています。大勢の(検閲の)従事者に長時間労働を強いているはずです」。

この映像に関連するコンテンツの削除を地方政府から指示されたことをリークする2枚のスクリーンショット画像もネット上に流出した。文言は異なるものの、どちらの指示もテック企業に対して、映像、スクリーンショット、派生コンテンツを「例外なく」「一掃する」ように依頼する内容だ。スクリーンショットの真偽のほどを確かめるのは難しいが、かつて検閲機関で働いた経験を持つリウは、使われている用語から、内容が事実である可能性は高いと指摘する。

ウィーチャットという予想外の展開

パンデミックが始まって以来、検閲をきっかけにネット上で激しい草の根の抗議行動が起こったのは、今回が初めてではない。内部告発した中国人医師のリ・ウェンリャン(李文亮)が死亡した夜にも、「警鐘を鳴らしてくれた」と称賛された同じく中国人医師のアイ・フェンについてのコンテンツが厳しい検閲にあったときにも抗議行動は激化した。

今回の抗議行動の特徴は、新しい映像が主に「ウィーチャット・チャンネル」を通じて広まったことだ。ウィーチャット・チャンネルはテンセントの新しい映像共有サービスだが、視聴者集めに苦慮している。同サービスを使うと、ユーザーは1時間以内の動画を投稿し、友人たちに共有したり、ウィーチャットのアルゴリズムによって一般に配信したりできる。

中国版ティックトック(TikTok)である「ドウイン(Douyin​)」の爆発的な人気ぶりを見て、2020年1月にリリースされた。以来2年間、テンセントは、クリエイターへの金銭的インセンティブの提供、大スターのコンサート生配信、すでに10億人以上が利用しているウィーチャットとの抱き合わせなど、あらゆるツールを使ってチャンネルの利用促進に努めてきた。

それでもチャンネルの普及はなかなか進まなかった。現在のユーザー数はドウインとほぼ同じだが、ユーザーが1日にチャンネルを使う平均時間は35分間で、107分間のドウインの3分の1にとどまっている。

だが4月22日の夜は、ウィーチャット・チャンネルが話題の中心になった。

皮肉なことに、便利な抗議ツールとして使われた理由は、テンセントのプロダクト設計にあった。新規ユーザーを集めるため、ウィーチャットはユーザーのチャンネル・アカウント登録をごく簡単にしている(一方、ウィーチャットの従来の投稿アカウントに登録するときは承認に数日かかる場合がある)。この仕組みを活用して、多くの人が一般公開アカウントを開設し、何百バージョンもの映像を短時間でアップロードできたのだ。

見知らぬ人とではなく友人同士で使うメッセージング・アプリ内の追加機能ということもあり、ウィーチャット・チャンネルには実質的な検閲チームが存在しなかった可能性がある。「閉鎖的なプラットフォームほど、検閲は緩いです」とリウは言う。対するドウインには大規模な検閲チームがあり、大半の映像が公開前の時点でチェックと承認を受けている。

大勢が何度も再投稿を試みたことで映像のネット上の寿命は多少は延びたかもしれないが、夜がふけるころには、結局検閲側が勝利を収めた。私が中国で話を聞いた限りでは、誰も驚きを示さなかった。そして、今回のできごとや過去のオンライン抗議行動が、中国の検閲機関やパンデミック防止対策に何らかの変化をもたらすかどうかは分からない。これらの抗議行動が残した最も大きな影響は、参加した人々の集合的記憶の中にある。

「誰もが最終的には検閲されることを分かっていたからこそ、集合的な感情、行動、そしてさまざまなバージョンの映像が生まれたのだと思います。すでに結末がわかっている状況での抗議形態です」とヤオは話す。「再投稿することで、自分も役に立てた、やっと何かできたという気持ちにもなったでしょう」。

その夜が明けると、人々は普段どおりに戻り、映像について内輪で話すだけになった。ウィーチャットは映像のほぼ全バージョンを削除したが、タイムライン上のデッドリンクまで消すことはできず、見た人にあの日に起きたことを思い出させている。「クリックしても何も表示されないだけで、投稿自体は残っています」とヤオは言う。「残された空白は今もここにあります」。

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ヤン・ズェイ [Zeyi Yang]米国版 中国担当記者
MITテクノロジーレビューで中国と東アジアのテクノロジーを担当する記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、プロトコル(Protocol)、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)、コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙、日経アジア(NIKKEI Asia)などで執筆していた。
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