「遺伝子編集ベビー」誕生から3年、実刑の中国人科学者が釈放
フー・ジェンクイ元准教授は、世界で初めて遺伝子編集ベビーの誕生を主導した。その代償として、キャリアを失い、投獄され自由をも失う結果となった。その彼が、最近になって収監されていた刑務所から釈放された。 by Antonio Regalado2022.04.07
世界で初めて遺伝子編集された赤ちゃんを世に送り出した大胆な中国人生物物理学者が、中国での2年以上の刑務所生活を終えてようやく釈放された。
フー・ジェンクイ(賀建奎=当時は南方科技大学の准教授)は2018年、遺伝子編集した体外受精(IVF)胚を母親の子宮に戻し、双子の女の子を誕生させたという驚くべき主張を発表した。 翌年には3人目の赤ちゃんも誕生している。
この実験には世界中から非難が集中。フー元准教授は自宅軟禁状態となり、2019年12月に中国の裁判所から有罪判決を言い渡された。判決文には、フー元准教授は医療規制に「故意に違反」し、「遺伝子編集技術をヒトの生殖補助医療に軽率に適用した」と記されていた。
フー元准教授の出所は、事情に詳しい複数の人物によって確認されている。4月4日早朝、フー元准教授の携帯電話に連絡したところ、「今は話しづらい状況です」と言って電話を切られた。
深センにある南方科技大学のフー元准教授のチームは、クリスパー(CRISPR)と呼ばれる、多用途の遺伝子工学ツールを使って、生まれてくる赤ちゃんのDNAを編集した。HIV感染に耐性を持つ人間を作り出すためだった。
フー元准教授が、中国または国外で科学研究に戻る計画があるかどうかは不明だ。彼を知る複数の人物は、ライス大学およびスタンフォード大学で教育を受けたフー元准教授を、理想主義的で世間知らずな野心家だと評する。
世界から非難されるまでフー元准教授は、「HIVのエピデミック(局地的な流行)を制御する」新しい手法を打ち立て、ノーベル賞を受賞してもおかしくないと信じていた。
遺伝子編集ベビー・プロジェクトの存在は、2018年11月に香港で開催された国際ゲノム編集サミットの直前に、MITテクノロジーレビューの報道によって初めて明らかになった。報道直後、フー元准教授はユーチューブにいくつかの動画を投稿し、ルルとナナと呼ぶ双子の誕生を発表した。
遺伝子編集ベビーの誕生に対しては、中国国内を含め世界中から激しい非難の声が上がった。多くの科学者は、このような形でのゲノム編集は医療目的に当たらず、誕生した子どもたちのゲノムにエラーが紛れ込む可能性すらあると指摘した。
フー元准教授がこの実験についてまとめた論文は、どの科学雑誌にも掲載されなかった。その後、MITテクノロジーレビューは未公表論文の写しを入手した。論文に目を通した専門家らは、「科学的にも、倫理的にも重大な問題」が多数あると指摘した。
フー元准教授は、当局の監視下による数カ月間におよぶ自宅軟禁に加えて、およそ2年間という年月を刑務所で過ごした。出所してからは、中国および海外の知り合いの科学者仲間と連絡を取り合っているようだ。
実験の責任は、フー元准教授と研究チームの中国人メンバーが負うことになった。しかし、このプロジェクトのことを知っていて奨励した科学者は他にも大勢いた。例えば、実験に関与したライス大学のマイケル・ディーム元教授や、このテクノロジーの商用化を計画していたニューヨークの体外受精クリニックの経営者であるジョン・チャン医師らだ。
ディーム元教授は、2020年にライス大学を辞職した。ライス大学は、ディーム元教授が問題の新生児の誕生にどのように関与していたかについての調査結果や説明は一切していない。ディーン元教授のリンクトインによると、現在の勤務先は自身が立ち上げたエネルギー・コンサルティング企業になっている。
オーストラリアのディーキン大学アルフレッド・ディーキン研究所(Alfred Deakin Institute)のエベン・カークゼイ准教授は「フー元准教授と同僚の数人がこの実験が原因で投獄されたのは、通常では考えられない珍しいことです」と言う。カークゼイ准教授は、フー元准教授の実験について関係者へのインタビューを含む『The Mutant Project(ザ・ミュータント・プロジェクト)』(2020年刊、未邦訳)という書籍を執筆している。 「加えて、フー元准教授の海外における多くの協力者、例えば、マイケル・ディーム元教授やジョン・チャン医師は、実験に関与した件について法的な制裁を受けたり、公に非難されたりしていません」。
カークゼイ准教授は、「多くの点で、正義なき状況なのです」と言う。
最も大きな代償を払ったのは、フー元准教授だ。大学から解雇され、妻と幼い子どもたちから引き離され、故郷の深センから遠い刑務所で過ごさなければならなかった。
フー元准教授が罰せられたことで、少なくとも中国では、赤ちゃん誕生のための遺伝子編集に関する実験が遅れることになるのは間違いない。米国では、そのような遺伝子編集研究の承認を禁じる米国食品医薬品局(FDA)の法律があるため、実質的に禁止されている。
この実験の結果誕生した、身元が明らかになっていない3人の子どもたちに対する正義の問題もある。子どもたちの父親はHIVに感染しており、この実験の参加に同意しなければ中国の規則のもとでは、体外受精治療を受けられなかった。
ネイチャー誌のニュース報道によると、2月に実績のある中国人生命倫理学者2人が中国政府に対して、遺伝子編集ベビーの健康を監視する研究プログラムを立ち上げるよう呼びかけた。2人の学者はこの実験で誕生した赤ちゃんを「脆弱」に分類し、次世代に遺伝する可能性があるゲノムのエラーを持っているかどうか、遺伝学的解析によって確認すべきだと主張した。
カークゼイ准教授は、この研究に参加した親子は不当な扱いを受けていると言う。誕生する赤ちゃんに対する医療保険が両親には約束されていた。しかし、遺伝子編集ベビーに関する論争が加熱する中、「医療保険は締結されておらず、医療費は未払いのままです」とカークゼイ准教授は言う。
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- アントニオ・レガラード [Antonio Regalado]米国版 生物医学担当上級編集者
- MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。