KADOKAWA Technology Review
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ディープマインドCEO独白
「私がアルファ碁よりも
本当に作りたかったAI」
DeepMind Technologies
人工知能(AI) Insider Online限定
This is the reason Demis Hassabis started DeepMind

ディープマインドCEO独白
「私がアルファ碁よりも
本当に作りたかったAI」

アルファベット(グーグル)傘下の人工知能(AI)企業、ディープマインド。韓国のトップ棋士に勝利したことで世界を驚かせた後、同社は注力分野をゲームから科学へと転換した。それには、デミス・ハサビスCEOがディープマインドを立ち上げた理由と関係している。 by Will Douglas Heaven2022.04.04

2016年3月、ディープマインド(DeepMind)の最高経営責任者(CEO)兼共同創業者であるデミス・ハサビスは、韓国のソウルで、ディープマインドの人工知能(AI)の歴史的快挙を見守っていた。「アルファ碁(AlphaGo)」は、古代から伝わるボードゲームの碁を高度にプレイできるよう訓練されたコンピューター・プログラムだ。そのアルファ碁が、5ゲーム形式で、李 世乭(リ・セドル)との対局に挑んでいた。リ・セドルは、韓国のトップ棋士で、当時国際選手権での優勝回数で第2位につけていた実力者だ。碁は、世界で最も複雑なボードゲームであると考えられており、マスターするには何年もかかる。

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対局前、李はアルファ碁に「大差」で勝てるだろうと語っていたが、アルファ碁が4対1で勝利した。この勝利は、碁の専門家もAIの専門家も驚くものだった。AIの可能性に関して、世界の見方が変わるきっかけになる勝利となったのだ。

だが、ディープマインドのチームがお祝いムードの中、ハサビスCEOはすでにより大きな挑戦を見据えていた。ハサビスCEOは、アルファ碁の開発を率いたデビッド・シルバーと舞台裏で立ち話をしたのを覚えていると言う。「『今こそ、その時が来ましたね』と、私はデビッドに言いました」。

ディープマインドのアルファ碁のプレイを見守る中で、ハサビスCEOは、ディープマインドのテクノロジーが生物学で最も重要かつ最も複雑な問題のひとつに挑戦できる段階に達していることに気づいた。その問題とは、研究者らを50年にわたって悩ませてきた、タンパク質の構造予測である。

タンパク質が体内でどのように振る舞い、どのような相互作用を起こすかは、その3次元構造で決まる。しかし、生物学者がまだ構造を解明できていない重要なタンパク質が数多く残っている。AIを用いてタンパク質の構造を正確に予測できれば、がんから新型コロナウイルス感染症(COVID-19)まで、様々な疾患の理解につながる重要な知見が得られることになる。タンパク質は、多くの医薬品の主要標的であり、新薬開発においても1つの重要な化合物となっている。タンパク質の構造を素早く解明できれば、新薬や新たなワクチンの開発速度を大幅に向上できるだろう。

2020年、アルファベット(グーグル)傘下のディープマインドは、原子単位でタンパク質の形状を予測できるAIである「アルファフォールド(AlphaFold)2」を発表した。ハサビスCEOは、「これまでで最も複雑な開発作業となりました」と言う。

アルファフォールドの成功は、AIが対象分野をAI実験室へ方向転換する兆候を示しており、より大きな文脈における変化の一部でもある。ディープマインドは、注力分野をゲームから科学にシフトさせて、科学分野で現実世界により大きなインパクトをもたらそうと考えているのだ。科学的な問題に挑戦するというのは、まさにハサビスCEOが当初から目標にしていたことで、その目標が現実のものとなった形だ。ハサビスCEO自身、科学に貢献した人物として名を残したいと考えている。「これこそまさに、私がディープマインドを立ち上げた理由です。実際、このために全キャリアをAIに捧げてきたのです」。

ハサビスCEOは過去25年にわたって、タンパク質について時折考えてきた。ハサビスCEOがタンパク質の構造予測という問題に出会ったのは、1990年代、ケンブリッジ大学の学部生だった頃だ。ハサビスCEOは、「大学のある友人がこの問題に没頭していました」と言う。「この友人は、あらゆる折にタンパク質の構造予測問題について話していました。バーにいても、ビリヤードをしていてもです。タンパク質がどのように折り畳まれるかさえ解明できれば生物学に革新をもたらせると語っていました。この友人の情熱を、私は決して忘れる事がありませんでした」。

その友人とは、ティム・スティーブンス博士だ。現在、ケンブリッジ大学の研究者として、タンパク質の構造の解明に取り組んでいる。「タンパク質は、地球上の生命活動を駆動させる、分子レベルの機械のようなものです」と、スティーブンス博士は言う。

身体の働きのほとんどにおいて、タンパク質が重要な役割を果たしている。食品の消化、筋肉の収縮、ニューロンの発火、光の検知、免疫の応答など、挙げるときりがない。そのため、身体はどう機能するのか、機能しなくなるとどうなるのか、どうすれば治せるのかを理解するには、個々のタンパク質の働きを知ることが極めて重要となる。

タンパク質は、アミノ酸が鎖状につながったものだ。これに化学的な力が加わることで、タンパク質は複雑な捩れや捻りが入った結び目のような形状に折り畳まれる。こうして出来上がった3次元の形状で、そのタンパク質の働きが決まる。たとえば、血の赤い色の素となっているヘモグロビンは、体内に酸素を巡らせるタンパク質であり、その形状は小袋のようになっている。この形状のおかげで、肺で酸素を取り込めるのだ。新型コロナウイルスは、そのスパイクタンパク質の構造が原因で、ヒトの細胞にくっついてしまう。

そこで問題となるのが、アミノ酸の配列からタンパク質の構造、ひいてはその機能を解明することは難しいという事実だ。配列が折り畳まれると、10300通りもの形状を取る可能性があり、実際にどの形状になるかは折り畳まれるまでわからない。この総数は、碁で可能な手の数の総数と同等の桁数だ。

実験室でX線結晶構造解析などの手法でタンパク質の構造を予測することもできるが、これは骨の折れる作業となる。たった1つのタンパク質の折り畳まれ方を解明するのに、何人もの学生が博士課程の時間全てを捧げてきたほどだ。この作業を高速化しようと、1994年というかなり昔から「CASP(タンパク質構造予測精密評価)」というコンテストが開かれている。コンピューターによる様々な構造予測法を互いに競わせるコンテストで、開催は2年に1回だ。しかし、実験室での構造予測の正確性に少しでも迫れる手法は登場しなかった。2016年にもなると、10年間も進歩が止まったような状況になっていた。

その2016年に、アルファ碁の快挙からわずか数カ月で、ディープマインドは数人の生物学者を雇い、小さな学際研究チームを立ち上げて、タンパク質の折り畳み問題に挑戦し始めた。この取り組みの成果の光明が初めて見えたのは、2018年のことだった。ディープマインドがCASP13において、その他の手法を大きく引き離して優勝したのだ。しかし、生物学界隈を除くと、ほとんど誰からも大した注目は集まらなかった。

しかし、状況は、その2年後にアルファフォールド2が公開されて、一変した。アルファフォールド2は、AIとして初めて、実験室で作成した構造モデルに匹敵する正確性でタンパク質の構造を予測することに成功し、またもやCASPコンテストで優勝したのだ。予測の誤差はしばしば、わずか原子の直径ほどで、アルファフォールド2の能力は、生物学者も驚かせるものだった。

ハサビスCEOは、ソウルでアルファ碁の対局を見守っていた時に、「フォールドイット(FoldIt)」というオンラインゲームのことを思い出していたと言う。フォールドイットは、ワシントン大学のタンパク質研究の権威であるデビッド・ベイカー教授が率いる研究チームが2008年に公開したゲームだ。画面に3次元画像として表示されたタンパク質を様々に折り畳んでみることで、その構造を探るという内容だ。このゲームを作成した研究者らは、多くの人がプレイする中で、特定のタンパク質が取りうる形状に関して、何らかのデータが得られるのではないかと期待していた。その期待は的中した。フォールドイットのプレイヤーの貢献は、いくつかの新発見にもつながった。

ハサビスCEOは、マサチューセッツ工科大学(MIT)で博士研究員をしていた20代の頃、フォールドイットをプレイしてみた。そして、碁の手を考えるのであれ、フォールドイットで新たな折り畳み方を見つけるのであれ、人間の基本的な直感が実際のブレークスルーにつながり得るという事実に驚かされた。

ハサビスCEOは、「アルファ碁で私たちが実際には何に成功したのか、振り返って考えていました」と言う。「私たちは、熟練の碁の棋士の直感を模倣することに成功していました。碁の棋士の冴え渡った直感をAIで模倣できるのなら、タンパク質の構造予測にも応用できるのでは、と考えました」。

ある意味において、碁もタンパ …

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