ベースロード電源の未来
MIT発ベンチャーが挑む
「実用的」な核融合炉
超伝導材料を使った強力な磁石を開発したMIT発スタートアップ企業コモンウェルスは、実用的な核融合炉を2025年までに稼働できると考えている。だが、依然として課題も多い。 by James Temple2022.03.29
2021年12月初旬、曇り空の中、マサチューセッツ州ボストンから80キロメートルほど離れた旧陸軍基地跡地デベンズで、黄色い土木作業車が深い穴から土をすくい上げていた。
- この記事はマガジン「世界を変える10大技術 2022年版」に収録されています。 マガジンの紹介
ここは、核融合の原型炉である「スパーク(SPARC)」が将来的に拠点とする場所だ。ことが順調に運べば、物理学者たちがここ1世紀近く達成できずにいた目標を達成することになる。スパークは、太陽と同様の核融合反応を起こすことで、同反応を実現・維持するのに消費するエネルギーよりも多くのエネルギーを生み出すことができる。
コモンウェルス・フュージョン・システムズ(Commonwealth Fusion Systems)の科学者たちは、2025年までには、さらに進化したスパークが、消費エネルギーの10倍以上のエネルギーを作り出すと予想する。そして、2030年代初頭までに、小型の石炭火力発電所と同程度の電力を供給できる本格的規模の設備を開発できると言う。
核融合を制御する施設を作れれば、燃料は実質的に水から得られるため、二酸化炭素を排出しない安価なエネルギーを得られるはずだ。重要なのは、核融合によって常に安定した電力を生み出すことで、太陽光や風力発電が停止する数時間、数日、あるいは数週間の隙間を埋められるということだ。そうすれば、二酸化炭素を排出しないエネルギーへの道筋ができ、エネルギー貯蔵におけるブレークスルーや膨大な蓄電施設、あるいは電灯や企業需要に応えるために石炭および天然ガス火力発電所へ依存しなくても済む。
その一方で、核融合の実現に向けた複雑な技術と膨大なコストの壁は、科学者たちの希望を何度も打ち砕き、懐疑論者の姿勢を確固たるものにしてきた。1980年代に最初に構想された国際共同研究施設「イーター(ITER)」は、最終的に正味エネルギーを供給する核融合炉として最も有望視されてきた。だが、南フランスにある約0.4平方キロメートルのイーターの建設費用は、現時点で、少なくとも当初の予定の3倍以上の220億ドルに膨らんでいる。さらに、プロジェクトは10年以上遅れており、完成にはまだ数年かかる。イーターが最終的に稼働したとしても、イーターの核融合技術は、広く商業化するにはあまりにもコストがかかりすぎるかもしれない。
コモンウェルス・フュージョン・システムズは、小型で、建造に時間がかからず、はるかに安価な核融合装置を提供することで、イーターに対抗できると考えている。原型炉の費用は数百億ドルではなく数億ドル、建設にかかる時間は数十年ではなく数年になるはずだ。
カギとなるのは、コモンウェルスが開発した新しい磁石だ。同社の研究チームは、新しい超伝導材料を用いて、この種のものとしては最も強力な磁石を開発した。すでに議論の余地のないほどの科学的進歩を達成しており、この分野の研究者たちから特に注目されている。2021年9月のテストでは、20テスラの磁束密度を達成した。これは、イーターが装備する初期の超伝導材料を使用した磁石の約2倍の強さだ。
磁石は、核融合反応を起こす超高温のプラズマを閉じ込めるために使われる。磁石が強力であればあるほど、狭い空間の中でより多くの原子を衝突・反応させ、エネルギーを発生させられる。コモンウェルスの磁石を並べて作った核融合装置は、イーターの40分の1の大きさで、同程度のエネルギーを生み出せるはずだ。
とはいえ、コモンウェルスはまだ多くの課題を抱えている。少なくともスケジュールは野心的で、頓挫する可能性は否定できない。今のところ、核融合炉が正味エネルギーを生産した例はまだない。また、コモンウェルスの磁石は、稼働中の原子炉で試されてもいない。つまり、核融合は非常に実験的で、まだ立証されていない技術なのだ。
しかし、数十年間失望しつづけた今でも、うまくいくかもしれないという一筋の希望はある。少なくとも、コモンウェルスと支援者たちは、二酸化炭素を排出しないエネルギーへの移行において、今後数十年にわたり重要な役割を果たす商用核融合の実現に向けた軌道上にいると信じている。MITのプラズマ科学・核融合センターのセンター長を務め、コモンウェルス・フュージョンの共同創業者であるデニス・ホワイト教授は、「5年前に、このプロジェクト全体を構成したときは、常にスピードについて話していました」と言う。
「最大の差し迫った課題は、気候変動対策に間に合うのか、ということです。最大のリスクは、間に合わないことです」。
大きなハンマー
石炭火力や天然ガス火力の発電所とは異なり、核融合炉は気候変動の原因となる温室効果ガスを排出しない。燃料が枯渇する恐れもなく、燃料調達に伴う環境負荷も少ない。そのうえ、核分裂と異なり、放射性ウランを採掘したり、管理したりする必要もない。
コモンウェルスの装置は他の核融合炉と同様、重水素とトリチウム(三重水素)という水素の天然同位体を使用する。
海は重水素で満たされている。米国エネルギー省は、海水中の水素分子5000個のうち1個が重水素であり、重水素3.8リットルでガソリン1100リットル分のエネルギーを生み出せると報告している。
水から重水素を抽出する方法は確立され、工業化されている。原子核の中に1個の陽子と1個の中性子を持つ重水素に対し、1個の陽子と2個の中性子を持つトリチウムは自然界でははるかに希少だ。だが、リチウムから抽出できる。
風力や太陽光などの再生可能エネルギーと比較すると、核融合ははるかに小さな施設で多くのエネルギーを生み出せるうえに、天候や時間帯に左右されずに常時稼働できる電力源となり得る。最低限必要な電力量を供給する電源(「ベースロード電源」と呼ぶ)確保することは、電力の安定供給に不可欠であり、再生可能エネルギーは、その不安定さのせいで電力産業から化石燃料を切り離せずにいる。「現在の再生可能エネルギーも悪くないですし、必要ですが、それだけでは気候変動問題を解決できません」と言うのは、コモンウェルスの共同創業者兼最高科学者のブランドン・ソーボム博士だ。「現在の再生可能エネルギーに加え、クリーンなベースロード電源が必要です。人類が抱える問題は、核融合という大きなハンマーを必要とするほど大きいと私たちは考えています」。
数十年もの間、核分裂がベースロード電源の役割を果たすと考えられてきたし、今でもそう信じている人も多い。だが、核分裂炉の建設費は50億ドルを軽く超えるうえ、大量の放射性廃棄物発生への懸念など、広く知られた現実的な危険性から、多くの国が核分裂を避けるようになっている。一方、核融合はメルトダウンの危険性がなく、チェルノブイリやスリーマイル島、福島原発のような災害の脅威を回避できる。
もっとも、トリチウムは放射性物質であり、核融合プロセスでは中性子が放出される。そのため、取り扱いと最終的に廃炉にする場合には厳格な安全プロトコルが必要となる …
- 人気の記事ランキング
-
- Bringing the lofty ideas of pure math down to earth 崇高な理念を現実へ、 物理学者が学び直して感じた 「数学」を学ぶ意義
- Promotion Innovators Under 35 Japan × CROSS U 無料イベント「U35イノベーターと考える研究者のキャリア戦略」のご案内
- The 8 worst technology failures of 2024 MITTRが選ぶ、 2024年に「やらかした」 テクノロジー8選
- Google’s new Project Astra could be generative AI’s killer app 世界を驚かせたグーグルの「アストラ」、生成AIのキラーアプリとなるか
- AI’s search for more energy is growing more urgent 生成AIの隠れた代償、激増するデータセンターの環境負荷